6-17.
「メイくんがついに火を吹く~! なんとぉ! ここにきて、ウーバーイーツは互角という展開ですぅ!」
翔太の解説が勢いに乗り始め、会場は俺と明の穏やかなるハイスピードスローライフアルバイト対決に盛り上がっていた。
三つの荷物をそれぞれ三人……もとい、三匹の動物へとお届けするウーバーイーツイベントは、二つの運要素が絡む。
一つ目は、出発地点であるタヌキの店から、お届け先のキャラまでの距離だ。これは単純明快、タヌキの店から近いキャラが選ばれるほどRTAにおいてタイムを縮める鍵となる。
二つ目は……、
「っとここでぇ、亮ちんは二連続、外にいるキャラを引くことができましたねぇ!」
そう、キャラの位置である。距離が同じでも、キャラが家の中にいるか、外にいるかでお届け時間が変わるのだ。
「おっ、メイくんは三つ目のお届け先ですねぇ」
「はい。あ、でも……このキャラはたしか、家の中に……」
明が苦々しく呟いた。
まさに、ここがRTAならではだ。外にいるキャラは直接話しかけられる分、余計な時間を使わずに荷物を渡すことができる。一方で、明のように家の中にいるキャラを引いた場合には……
「おっとぉ、それは残念! ここにきて、ロード時間で差がついてしまうのかぁ⁉」
翔太の言う通り、マップを読み込むためにロードが生まれてしまうのだ。
外から家の中へと入るとき、画面を切り替える都合上、どうしても一度画面を暗転させ、情報を読み込む必要がある。ロード時間の積み重ねでタイムがどんどん悪くなる仕様は、コンマ一秒を争う世界では致命的だ。
「日頃の行いの差だな」
「亮ちんは今の発言で間違いなく徳を失ったことでしょう……」
「おい、やめろ。てか、メイばっかひいきすんな。あ、あいつだ。いた」
「おわ! かわいい! 俺の推しキャラちゃんです! 最高! やっふぅ! 亮ちん、無事に三人目のかわい子ちゃんを見つけることができましたぁ!」
会場に拍手がわく。翔太の推しであり、俺にとっては三つ目の配達先であるキャラを見つけ、俺はコントローラーを操作する。これで荷物を渡し終え、タヌキの店へと戻ればアルバイトは終了だ。
そうなれば、いよいよチャートは大詰め。クリスマスイベントのトナカイ探しに移っていく。
「はぁ~ん、かわゆぃ~! あ、亮ちん! 終わったからってすぐ行かないでよ! まだ堪能してるのにぃ」
「待ってられるか。メイがすぐ追いついてくんだぞ」
「ぼ、僕も、配達完了しました」
「おっと、再び二人が並びそうですねぇ!」
「ほら見ろ」
「ぼ、僕も、負けないよ」
やっぱ早いか。家の中のキャラとはいえ、明のほうがキャラとの距離は近かったようだ。
俺は画面上にタヌキの店までの最短距離をイメージしながら走っていく。曲がり角はぶつからないギリギリを狙ってインコースを攻め、暗転明けのスタートダッシュは思っているよりも早く……。
タヌキの店に駆け込み、アルバイトを終えて、晴れて自由の身となったキャラクターのダンスを見つめる。
「さぁ、お二人ともバイトが終わりましたねぇ? いよいよお待ちかね! トナカイ探しが始まりますよぉ~! まずは、お店を出てぇ……」
俺と明の画面がほとんど同時に暗転する。ロードを待つ間、俺が翔太に視線を投げると、翔太が「あ、タイムね!」とうなずいた。
「さぁ、ここまでのタイムは……うわっ、二人とも、やばいよぉ! めっちゃいい感じ! まじで世界記録出ちゃうかも!」
翔太の声が跳ね上がる。会場からもざわめきが聞こえ、俺と明は互いにチラと視線を交わした。
まじで、いけるかも。
俺と明はそれぞれコントローラーを構えなおす。
と、画面が中央から明るくなっていき、町役場からのアナウンスが聞こえた。
「はい、来ましたぁ! ここで、クリスマスイベントです! 町の中にいるトナカイくんを探して、クリスマスプレゼントをなんとタダでゲットする、というこのイベント。しかも、トナカイくんがくれるプレゼントは超レアなので、高く売れるという、最高のイベントでぇす! もはや借金返済RTAのために生まれたといっても過言ではないでしょう!」
翔太のアナウンスに合わせ、俺と明は同時にトナカイ探しへと走りだした。
「さて、このトナカイくんから、二回アイテムをもらうことで借金返済ができるのですがぁ……お二人、トナカイくんは見つかりそうですかぁ?」
「まだ! つか煽んな!」
「あ!」
明の嬉しそうな声が聞こえる。どうやら見つけたらしい。会場も盛り上がり、
「ここにきて、メイくんがまずは一回目! 最高の滑り出しです! これはもしかして、もしかするかもぉ⁉」
翔太の解説にも熱がこもっていく。
「一方、亮ちん、まだ見つかっていません! 世界記録を出すには、もう時間がないよぉ! 会場の皆さん、お祈り、お願いします!」
「くそっ……」
やばい。焦るな。俺、落ち着け。コントローラーを握る手に汗がじわりと滲んでくるのがわかる。でも、ここで焦ったら負けだ。
世界記録目前で、ここさえすぐにクリアできれば、と思うと、どうしても力が入る。
俺は肩に力が入っていることを自覚して、ふぅ、と小さく息を吐いた。ダメだ。焦るな。大丈夫。絶対見つける。
白く積もった雪を蹴散らして、俺は町を駆ける。
トナカイ。トナカイ、トナカイ。呪文のように心の中で唱えながら、画面の隅々まで目をこらす。木々の影になっていると見落とすこともあるカラーリングなのだ。焦る気持ちを必死に抑えて、もう何度も見たサンタコスプレのトナカイを探す。
「あ!」
「やりました! 亮ちんも一回目のトナカイゲットです!」
あとは近くに建物があれば――俺は祈るようにトナカイの背中に手を伸ばし、
「うしっ!」
目の前の役場を見つけて、思わずガッツポーズを決めた。




