6-15.
「それでは、開場しまーす!」
スタッフの事務的な声が聞こえ、会場の扉が開かれる。
RTA大会を生で見ようと集まった観客たちの喧騒がドアの向こうから聞こえ、俺たちの後ろに並んだ観客席があっという間に埋まっていく。
新人で、無名な俺たちにも関わらず、『どうぶつの町 借金返済RTA』を見たいと思ってくれた人たちは多かった。もしかしたら、メイの名前のおかげかもしれないし、『どうぶつの町 借金返済RTA』という題目自体に知名度があるおかげかもしれない。興味をそそられる、という意味でもいい幕開けだろう。
配信を見ている人の数も、すでに数百人は超えている。あっという間に千人も超えそうだ。
「すげえな」
俺が呟けば、大斗も「想像以上」と呟いた。大斗にしては少し珍しく、その顔に緊張が見える。隣に座っている翔太も今は口数を減らし、俺と大斗の言葉にコクコクと首を振ってうなずいただけだった。
もちろん、観客席の様子もばっちりわかる。観客席側を映して配信しているカメラがあるおかげで、どんな人が見に来てくれているのか、俺たちは振り返らずとも配信をリアルタイムで映しているモニター越しにそれを知ることができるのだ。見れば、戻ってきた圭介とその弟、妹が一番前の席、ど真ん中を陣取ってモニターに映った俺たちに向かって手を振っている。俺が手を振り返すと、圭介の弟と妹は満面の笑みを見せた。かわいいやつらめ。
だが、どれだけ観客を見ても、やはり、観客と一緒に明が入ってくることはない。
チクリ。胸を刺す痛みを振り払うように、俺はリモコンを軽く操作して準備運動を始める。
あと五分もすれば本番開始だ。
スタッフから、開会にあたっての注意事項が説明されていく。この説明が終われば、いよいよ開会式だ。袖にはすでに、このRTA大会を主催している明の知り合いが待機している。
……明。
俺は心の中で、もう一度だけその名を呟いた。
一緒に、走りたかった。結果を出すなら、お前とだって、そう思っていた。でも。俺は自分によく似た春田と明が仲直りしてくれればいいと願ってもいて、その気持ちも嘘じゃない。後悔だって、多分、しない。
でも。でもさ。
やっぱ、俺、お前と一緒にゲームしたかったっぽい。
本番を前に、ドキドキと高鳴る鼓動より、明がいないことを思って痛む感覚のほうが大きく感じられるなんて。
「では、まもなく本番開始です。皆さま、楽しんでいってください!」
説明が終わり、スタッフが下がる。交代するように、待機していた主催者が登壇し、俺たちと観客の間へと歩いてくる。主催者はRTAにおけるレジェンド的存在の人らしく、観客席からは歓声や拍手が自然と湧いていた。
本番開始まで、後一分。
主催者がマイクを持ち、モニターに表示された時刻までの残り時間をカウントダウンし始める。
五十秒、四十秒、三十秒……二十、十九、十八……十、九、八、七……。
「五!」
やがて、会場のみんなの声が一斉にそろう。
「四!」
その一秒、一秒が長く、短く、俺は深呼吸をひとつ。
「三!」
二、一……。
「間に合いましたか⁉」
ハスキーな声が、「RTA大会、開幕です!」の声をかき消すように会場へと飛び込んできた。
瞬間、その場にいた全員の視線が扉のほうへと向けられる。当然、俺だって振り返った。
息を切らし、扉に手をついて体重を支えるようにした男が、その顔をゆっくりと上げる。
少し伸びた前髪、その奥に光るメガネと、ガラスレンズ越しに輝く、存外にも意思の強そうな瞳。
「……明」
俺がその名を呼べば、ゼェゼェと息を切らした明は状況を飲み込んだのか、次第に顔を真っ赤に染めた。
遅れて入ってきた春田が、ぎょっとしたように身構え、一歩後ずさったくらいには、今の会場の雰囲気はすごいものなのだ。
多分、放送事故ってやつ。
だが、いつもなら俯いているだろう明も、今回ばかりは俯くことなく、顔を上げたまま息を整え、俺を見つめ、やがて、会場全体に「すみませんでした」と丁寧に頭を下げた。そのまま俺の横までゆっくりと歩いてくる。
「ごめん、遅くなって……」
控えめな笑みを見れば、春田とはうまく仲直りできたんだってわかる。
だから、それだけで許してやろうって思った。
俺の隣に座っていた大斗も同じことを思ったのだろうか。ゆっくりと立ち上がり、文句ひとつ言わず、明に席を譲る。
「あっためといたぜ」
大斗が意地悪く笑うと、明はにへらと笑って「ありがとう」と頭を下げた。ごめんね、ではなく、感謝を述べた明に、俺と大斗は顔を見合わせる。でも、明の顔は清々しくて、俺たちはそんな明を最高だって思ったから、言及するのは野暮だって口を閉じた。
会場では、春田からの説明を受け、スタッフが主催者の元へ走っている。コメント欄はすでに『放送事故?』『乱入者?』などと炎上しかかっていた。だが、さすがに主催者も場慣れしているのだろう、すぐに開幕を再度宣言し、俺たちにマイクを向けた。
「さ、不要な挨拶はやめて、二人に話を聞きましょう」
俺はそのマイクを受け取る。コメント欄に書かれていく心無い言葉を払拭しようと考え――でも、いい言葉は思いつかなくて、俺は「んんっ」と咳払いをひとつ。
言いたいことが多すぎて、何から言えばいいかも、どう説明していいかもわからない。
だから、ひとまず、俺は今言うべきことだけを言おうと決めた。
「俺と一緒にゲームしようぜ、メイ」
瞬間、あのきらメモの世界記録保持者メイだとわかった観客たちが一斉にざわめいた。コメント欄も、驚きや祝福の声に先ほどまでの空気が上書きされていく。
俺がマイクを明に渡せば、明もまた、メイを憑依させて笑った。
「みんな、お待たせ。それから……今日も、一緒にゲーム、やろう!」
俺と明はコントローラーを握りしめる。
コントローラーを保持するため手首に巻いたストラップ、お揃いのキーホルダーが揺れていた。




