6-14.
全てのリハーサルが終了し、後は本番を待つだけ。
ビルの外はすでに暗くなっており、大会開始までの時間が長くはないことを告げていた。
そんな中、俺たちはまだ帰ってこない相棒の姿を探してエントランスを歩いている。
「やっぱ、俺、探しに行ってこようか」
しびれを切らした、というように圭介がビルの外を親指で示した。
「あー……だよねぇ」
翔太が歯切れ悪く、顔を曇らせる。
本番開始まで後十五分。俺たちは大会のトップバッタ―で、最初に大会運営者からの挨拶があるものの、すぐにスタンバイしなければならない。
そもそも、本来の予定ならば十五分前には待機していてほしいと言われていたのだ。
それを無理言って五分前には戻ってくるから、とエントランスまで飛び出してきたのがついさっきのこと。
俺たちはビルの外、それらしき人物がいないか目をこらす。
「そろそろ時間切れだな」
スマホの時間を見て、大斗が苦々しく呟いた。ビルの外にはまだ、明と春田っぽい二人組の姿は見えない。
てか、まじでどこ行ったんだよ。なにしてんの。またケンカ? 殴り合いとかしてねえよな? いや、明にそんなことできるわけないか。それにしても遅くね? 話し合い? 仲直りできた? できてねえ? それとも……。
様々な可能性が頭をよぎる。スマホに連絡の一つでも入れば安心できるのに、それすらない。いや、まあ、あの明のことだ。変に律儀で、真面目で、書庫室に閉じ込められてもスマホの存在を忘れるようなやつが、そんな気をきかせるはずもない。
「あんのバカ……」
呟いてから、「こら、暴言」と圭介に咎められ、俺はハッと我に返る。
焦燥に駆られていることに気づいて、ダメだ、と頭を振った。冷静でなくちゃいけない。世界一位を獲るって約束した以上、明のためにも、俺がそれを果たすしかないのだ。そのためには、本番で明がいなかろうと関係ない。落ち着いて、いつものプレイをするだけ。
俺は深呼吸を繰り返した。
けれど、気になるものは気になる。スマホの時計を見やれば、残り時間は少なくなっている。時間が増えることはないから、当たり前と言えば当たり前だが。
そろそろ、決断しなければいけない。
俺は拳を握りしめて、そこに覚悟を込める。
「圭介、悪い」
声をかければ、圭介はそれだけでわかったようだった。
「ん。オッケー、とりあえず近く見てくるわ」
軽くストレッチをこなしたかと思うと、軽やかな足取りで自動ドアをくぐる。
俺はそれを見送って、翔太と大斗にも「悪い」と声をかける。
「翔太と大斗は、先に戻っててくんね?」
「いいけどぉ……亮ちん、ほんと大丈夫?」
「俺は大丈夫。五分前には戻るわ」
「オッケー。ま、適当に翔太が繋ぐから」
「やば。全国放送、俺チャンネルってことぉ⁉」
「なんとかちゃんも見てんじゃね」
「まおちゃんね! 見てるかな⁉」
「じゃ」
「おう」
「また後でね、亮ちん!」
「ああ」
気楽な雰囲気を作ってくれた頼もしい翔太たちに手を挙げ、エレベーターホールへと向かっていく二人を見送る。
俺は祈るような気持ちでエントランスに立ち尽くす。なにができるわけでもない。もう、俺に残されたのは『お祈り』することだけだ。
まさか、大会本番に、リアルタイムアタックをすることになるとは思わなかったけれど。
時計の針が、一秒、一分と進んでいくのを見つめ、スマホが鳴るのを待ち、気を紛らわせるために脳内でシミュレーションをする。
明が戻ってきたら、すぐにでも、いつも通り……いや、いつも以上のパフォーマンスを発揮できるように。
――やがて、俺のスマホが五分前のアラームを響かせた。
俺はただそれを止め、息を吐き出す。ため息というよりも、陸上競技会の前、緊張をほぐすために、気合を入れるために、体の中を空っぽにするためにやっていたような、そんなつもりで。
「行くか」
仕方ない。これ以上は、待てない。
明は来なかった。戻ってこなかったけど。だからなんなんだ。俺は俺で、一位をとればいい。
明とは、またいくらでも遊べるし。これから何度だって一緒にゲームするチャンスもある。
そう言い聞かせなければ、自分の足が思うように動いてはくれなかった。
俺はエレベーターホールのボタンを押す。早く来てくれって気持ちと、もうしばらく到着しないでくれって気持ちとが混ざり合って、こんな気持ちでエレベーターを待つのも初めてだと思った。
明と出会ってから、初めてづくしだな。
ポーン。エレベーターが到着を告げる。
会場階のボタンを押して、もしかしたら、もしかするかもって、いつもなら速攻で押す扉を閉めるボタンを押さずに、成り行きに任せた。
漫画なら、ここで滑り込んできて、俺を呼ぶ声が聞こえて、明が走ってくるのが見えるところだろって。
……でも。
現実は、違った。エレベーターは無情にも無機質な機械音を立てて締まり、俺だけを乗せた箱は会場へ向けて上昇を始める。
俺はスマホを取り出して、メッセージアプリを起動した。
指先は無意識のうちに明とのチャットを開いている。
『まだ、待ってるぞ』
打ち込み終えた瞬間、エレベーターが到着を告げ、俺は送信ボタンを押す手を止める。
送ってどうすんだ。このせいで、明が変に気を遣ったりして、あの春田ってやつとかとこじれても嫌だろ。てか、今更送ったところで、間に合わねえし。
俺はスマホの電源ボタンを押して、スリープモードに切り替える。
エレベーターを降りれば、会場からひょこりと顔を出した翔太が「あ!」と声を上げた。
俺だけしかいないのを確認して、少し残念そうな顔をしたものの、すぐに
「亮ちん! よかった! とりあえず、本番は少しだけ時間余裕あるってぇ」
と笑みを作る。
俺はそんな翔太に軽くグータッチを交わす。形式的だけど、これだけでも気合は入れられる。
「ま、やろうぜ」
「だね、ヒロも待ってるよん」
「おっけ」
俺は案内されるがまま、会場にセッティングされた椅子へと座る。
目の前にはモニターと、俺の愛用のコントローラー。それに、観客用にと用意された見たこともないような大きいスクリーン。配信用の器材やマイクなんかも揃っている。
「……よろしく」
俺が大斗に手を出せば、大斗は軽く払って、続けざまグータッチを交わす。
「大道ほどじゃねえけど」
大斗が珍しく素直に笑った。おかげで緊張もとける。
俺の準備は整ったぞ、明。
俺はリモコンを握りしめて、姿勢を正した。




