6-13.
「亮ちん、まじでやばかったねぇ! あっは、大丈夫ぅ?」
「緊張しすぎで草」
「はは、まあ、あれだけリハでやれば本番は逆に大丈夫じゃない?」
「お前ら、励ましてんのかよ」
「いやぁ~、おかげで俺のトークスキルが鍛えられちゃってぇ?」
「翔太も散々噛んでたけど」
「ま、いざとなれば大斗が代役できるってわかったんだし」
「だから、傷えぐんのやめろって」
俺は待合室兼休憩室と称された小さな会議室の椅子を並べてだらりと寝そべった。スマホを見ても、明からの着信やメッセージはない。
おい、リハ、終わっちまったじゃねえか。出なくてもいいよなって言ったのは俺だし、なんならまじで通信状態とか環境設定見るだけだからって大斗の代走でなんとかなっちまったし、明が春田ってやつと仲直りできるならそれが一番だけど。
だけどさ。
集中が欠けた俺は、ミスを多発するわ、必殺技を使う余裕すらないわで、散々なタイムだった。
スタッフの人たちや、他のプレイヤーたちは、初めては緊張するよね、とか、何が起こるかわかんないのがRTAの醍醐味だから、なんて優しいフォローを入れてくれたけど、そんなのは大した慰めにはならない。
俺が『別の意味で』やばいタイムをたたき出したことが、大会全体のスケジュールにも影響するかもってまことしやかに聞こえてきたときには、まじで土下座しようかと思ったくらいだ。
とにかく、過去稀に見る最悪のタイムをたたき出してしまったことに変わりはないし、本番に向けてなんとかしなくちゃいけない。
明が本番までに戻ってくる保証はなく、このまま大斗が代走することになっても、俺は冷静になって、いつもの調子で世界一位を狙わなければいけないのだ。
動揺している場合ではない。だが、俺の体は重く、上半身を起こしておくことさえ困難だった。
「それにしても、まじでだいどーくんどうすんのぉ? 大丈夫なわけぇ?」
「知らね」
「知らねって……亮がたきつけたんだろ?」
「でも、戻ってくるかわかんねえし」
「俺はお前を信じて待ってる、とかかっこつけたんだから、じっとしてろって」
「なっ! なんで大斗が知って……」
「まじでかっこつけてて草」
ニッと笑う大斗に、俺は失言だったと口を慌てて塞ぐ。大斗にはかなわない。俺はむっと大斗を睨むにとどめて、待合室の壁にかけられた時計に視線をやった。
大会開始まで、残り二時間。
明と春田は、今ごろ、どっかでちゃんと話しあえているのだろうか。それとも、あの妙な空気感のまま立ちすくんでいるのだろうか。
どちらにせよ、本番までは二時間もあるのだ。話すことがたっぷりあったって、大丈夫だろう。
そう自分に言い聞かせて見るものの、やはり不安はぬぐえなくて、俺の口からは自然とため息ばかりがこぼれる。
辛気臭いと翔太に睨まれても、俺はわざとらしいため息を吐くしかできない。
「……てか、まじで、来なかったらどうすんだよ」
戻って来いよ、明。
祈る気持ちとは裏腹に、幼少期から現実に裏切られてきたせいで完成してしまった皮肉な俺が俺を嘲笑う。
戻ってこないかも。もしかしたら、春田と仲直りして、俺のことなんてもういいやって思ってしまうかも。それとも、うまくいかなくて、もう戻ってこれないとか。春田との会話が硬直したまま、戻るに戻れないってこともある。
昔の俺が、耳元で囁く。
いいだろ、たかがRTAの大会くらい。
俺はそんな自分を必死で追い払うように顔を大きく横に振った。
「戻って、くるよな?」
たしかめるように声に出す。
明、俺、お前と一番になりたいんだよ。それでいいんだ。それが、いいから。だから。
刻一刻と休むことなく動き続ける時計の針を睨みつけて、こんなにも長くて短い二時間は初めてだな、と思う。
もう何度目か分からないため息を吐き出せば、俺の脇腹を翔太がつつく。
「おいっ!」
反射でガバリと身を起こせば、翔太がケラケラと笑った。
「戻ってこなかったら、またみんなで迎えにいけばいいじゃん?」
「そうだなあ。ま、亮は準備があるから厳しいかもだけど、俺とか別に応援してるだけだし」
「俺、パス。疲れるし」
「えぇ~、ヒロも行こうよぉ! だいどーくん、迎えにさぁ」
翔太と圭介が大斗をがっしりと捕まえ、大斗はウザそうに顔をしかめる。
相変わらず緊張感のない三人だ。
でも。
「……そっか」
俺は翔太の言葉に目からうろこが落ちた気分だった。
そうだ。もし、明が戻ってこなければ、俺たちは迎えに行けばいい。もしも、明とすれ違うなら、出くわすまで追いかけ続ければいいだけだ。
RTAでも、俺はずっと、そうやって明の背中を追いかけてきたんだから。
まだ、二時間もある。
それに……二人で約束した世界一位だ。すべてを捧げて、集中しなければ、明に合わせる顔だってない。
「……うし。俺、もっかい練習するわ」
俺は寝そべっていた椅子を片付けて立ち上がる。
本番まで、後二時間。
俺は心の中で、明に「戻って来いよ」ともう一度声をかけ、コントローラーを握りしめた。




