6-10.
大会当日はあっという間にやってきた。
会場は想像よりも大きく、立派で、高校生が普通に立ち入るには少しだけためらってしまうような都内のオフィスビルだった。
電車を降りて目の前、俺たちはそのビルの高さに息を飲み、周りにいる人たちの中にきっと大会関係者だなってグループを見つけ、それとなくその集団にならって歩く。
ガラス張りのドアを押し開ければ、吹き抜けのエントランスが俺たちを出迎えた。
「亮ちん、まじでここであってる?」
俺の裾を引く翔太がこわごわと周囲を見回す。誰が見たって俺たちは浮いていた。
「多分」
「そんなビビるほどのもんじゃなくね? てか、イベント規模考えたら普通だし」
慣れた様子で進んでいく大斗の冷静さが頼もしい。だが、そんな大斗に続く俺たちを止めたのは圭介だった。
「ちょい待ち」
圭介に促され振り向けば、明が俺たちのはるか後ろで足を止めている。
「明?」
どうしたよ。俺が駆けよれば、
「ほ、ほんとに……来ちゃった……」
と半分片言みたいな明の呟きが聞こえる。どうやら圧倒されたらしい。明は完全に固まっていた。
「明ぁ、おーい」
明の前でヒラヒラと手を振ってみる。だが、明は夢の世界にいるかのように天井からぶらさがる謎のオブジェを見つめたままだ。
「明」
俺がその視界を塞げば、明は「わっ⁉」と驚きで声を上げ、そのまま腰を抜かすのでは、と思うほどの勢いで後ずさった。
「お前、大丈夫か?」
「あ、ご、ごめん……そ、その、僕……こういう大会って、いつも、リモート参加で……だ、だから……その……」
言い終わる前に、明が胸を押さえてうずくまる。
「おいおいおい」
慌てて明の背に手を回して、肩に捕まらせると、明は「ご、ごめん」とまたしても泣きそうな声で謝った。
「き、緊張で、吐きそう」
「まじかよ」
頼むから俺の服に吐くなよ。俺はそう願いつつ、明を無理やり歩かせる。
「とりあえず、会場まで行こうぜ」
大会を行うのはこのビルの一室にある会議室で、実際はそこが会場だ。つまり、俺たちはまだ会場手前。こんなところで緊張していたらあとが持たない。いやまあ、ボス戦前にセーブするってのは基本中の基本だけど。現実世界にセーブポイントはないし、なんなら、時間制限がある。
俺はスマホの時計を見やって、集合時間までゆっくりもしていられない、と明を促した。
先にエレベーターを呼んでいてくれたらしい大斗が、俺たちの到着を見て
「行くぞ」
と無慈悲にエレベーターの扉を開ける。
明の覚悟など待たず、俺たちは時間と機械に誘導されるがまま案内メールに書かれた会議室へと向かう。
「……な、なんか、もう、や、やばいかも」
明が口元を押さえる。同時、エレベーターの軽い電子音が到着を告げた。
「あとちょっとだって」
明の緊張ぶりを見ていると、俺が緊張している暇なんてなくて。浮ついた気持ちですら、明をとりあえずトイレに連れていこうという焦りに変わる。これが不幸中の幸いってやつだろうか。
「翔太、悪い、先に受付しといて。俺、こいつトイレに連れてくわ」
「おっけー。ヒロ、案内よろ~」
「圭介、案内よろ~」
「だから、俺を盾にすんのやめろ」
圭介を前に、大斗と翔太が『RTA大会会場』と書かれた案内板に向かって歩いていく。
俺はそれを見送って、明と共に最も近いトイレに駆け込んだ。
顔面蒼白な明を個室に押し込む。「うぅ」とうめき声が聞こえた気がするが、もはや俺にできることはない。
俺は「外で待ってるぞ」と声をかけて、トイレの前でスマホを起動する。
翔太たちにメッセージを送り、それに既読がついて、『大丈夫そう~』と届いた返信を読む。ひとまず時間には間に合っているし、受付も問題なく済んだようだ。
あとは、明の気が済めば、本番を待つだけ。
その前にはリハーサルもあるし。
なにより、俺たちには秘策がある。『トナカイリスポーン地点固定化』という必殺技にしてはなんとも安直な技名だが、世界一位にぐっと近づいているのは間違いない。
大丈夫、大丈夫。
明を待っている間に、俺も体内から緊張がせりあがってくるのを感じて、呼吸を整える。
あれだけ練習したんだ。
世界一位になるには、あと、運だけあればいい。
俺はわざとらしいほど大きく深呼吸をして、スマホを閉じた。明を待つ。落ち着かなくてトイレを覗くと、まだ明の入った個室は扉が閉まったままだった。
急かしてもしょうがねえし……。まだ、時間あるし。
俺は緊張を忘れようと、チャートを思い出し、リスポーンを固定化するためのタイミングを脳内で何度もシミュレーションし、今までやってきた明とのプレイを頭に描きだす。
そうしていなければ、俺も吐いてしまいそうだった。
陸上記録会とか、何回も出てんのにな。
途中から一位を獲ることは諦めて開き直っていたから、これほどの緊張感は久しぶりだけれど。
俺は空中でリモコンを振る真似をして、手首の運動をする。ついでに体もストレッチして緊張をほぐす。だが、すぐに手持ち無沙汰になった。
明、遅ぇな。
と、トイレをもう一度覗き込んだところで、個室から水を流す音が聞こえた。多分、明だ。
俺が安堵すると同時、
「あ、すいません」
俺と同じくらいの年齢の男がトイレに入ってくる。
運営スタッフか。男が下げている胸元の名札をチラと見て、小さく会釈する。
マスクで半分顔を隠しているのに、その男はどこか華のある顔立ちだった。赤く染めた髪からピアスが覗いている。
ゲームを……特にRTAをやる人たちは明みたいなタイプが多いのかと思っていたが。俺みたいにチャラチャラしてるやつもいんだな、と俺は少しだけその見た目に親近感と安心感を覚える。
が、男を見送ってすぐ、個室から出てきた明を見つけ――明の変化に、俺は「え」と声が漏れた。
「……大道?」
「……は、はるた、くん」
トイレの手洗い場、明と春田と呼ばれたその男は、互いに目を見合わせている。
スッキリした、と書いていた明の表情が再び青ざめていくのが俺にもはっきりとわかった。




