6-9.
「やっぱり!」
明は目をキラキラと輝かせた。コントローラーを握っている手が震えているのは、興奮からだろう。
かくいう俺も、同じだった。
「まじかよ……」
トナカイに話しかけたあと、すぐに近くの建物に入って出る。
どうやら、この意味不明な行為は、トナカイの二度目のリスポーン地点を固定化できるらしい。
「これ、すごいよ⁉ 革命だよ! 亮くんのおかげで、世界中のいろんな人の記録が一気に塗り替わると思う!」
明はコントローラーを放りだし、勢いよく俺の手を掴む。
一秒どころではない。数十秒、いや、下手すれば数分単位で記録を塗り替えられるチャンスだ。
俺はまだその実感がわかずに、というよりも、そのことの大きさを理解しきれずに、明に握られた手のあたたかさだけを噛みしめていた。
「で、でも……ち、近くに建物ねえと、意味ねえ、よな」
「そ、それはそうだけど! でも! すごいよ! 充分すごい! 僕、全然気づかなかった! これ、もっと詰めよう! タイミングとか、どういう瞬間にならリスポーン地点が固定化できるのかとか、色々見極めていけば、多分、もっと確率もあげられるよ!」
明は矢継ぎ早に口を動かし、俺の手をさらに強く握る。明の手のあたたかさがより一層伝わってきて、ようやく俺の心を沸騰させた。
「まじかよ」
語彙力のなさにびびる。まじで、まじかよ、しかないんだけど。
だって、これ、一位とか、そういうレベルじゃねえじゃん。みんなが今まで必死に運に頼ってたたきだしてきたタイムを、簡単に塗り替えられる裏技を自分が見つけられるなんて思ってもいなかったし。てか、この仕様を利用して、一位がとれればもちろんだけど、まだ一位にはなってねえし。
でも。
「……すごくね?」
俺の発見がRTAにおいてどれほどの価値があるのか、理解できるようになるにつれ、じわじわと俺の手は汗ばんでいく。明の手があたたかいことだけが原因じゃないのは明白だ。どうにも俺の体温が上昇しているみたいだった。
「再現するか、やってみる?」
「だ、だな……。もしかしたら、たまたま、かもしんねえし」
確率を計算したわけじゃない。広いマップの中、トナカイが二回連続同じ座標に現れるなんてことが、どんな程度で起こるのか知らない。俺たちが知っているのは、そう多くはないってことだけだ。
だからこそ、これを確信に変えなくてはならない。
一位をとるためには、大会までにこの必殺技を完璧に使いこなせるようになってなくてはいけないのだ。
体の内側から湧き出して、俺を弾けさせようとする興奮を無理やり押さえつけて、明の手をほどく。
コントローラーを握るために、手をあける。
「……やるぞ」
もう一回。もう一回。
大斗と翔太が帰ってくるまで、俺と明はひたすら同じ動作を繰り返した。なんなら、晩ご飯を食べ終わったあとも、風呂からでたあとも、寝る直前まで。俺と明はトナカイを見つけては話しかけ、すぐに近場の建物へ入っては出て、を繰り返した。
「うん、間違いない」
明が断定したのは、深夜二時を回ってからのことで。
「タイミングとか、距離もだいたいわかったわ」
俺がこれなら使いこなせるかもしれない、と期待を膨らませたのも同じタイミングだった。
顔を見合わせ、どちらともなく拳をぶつけ合う。
これなら、いける。
まじで、いけるかもしれない。
俺たち、一位になれるかも。
言葉がなくても、そんな思いが手から伝わってくるみたいだった。
途端、安心して一気に緊張と興奮で出ていたアドレナリンが切れたとわかった。俺と明は同時にあくびして、笑いあう。
「寝るか」
「だね」
俺の提案に素直にうなずいた明は、コントローラーを丁寧にしまいこんだ。俺もゲームをセーブして、モニターを切る。
楽しい時間は、あっという間だ。
暗い画面に俺と明の顔が映る。画面越しにお互いの表情を窺った。眠くてしょうがないし、寝たいのに、このまま寝るのも、一日が終わってしまうことも惜しい。明もそんな顔をしているように思う。俺の思い過ごしじゃなければ、だけど。
「……亮くん」
明の優しいハスキーボイスが、静かな部屋に心地よく響いた。
「一位に、なろうね」
明が小指を立てる。指切りなんて、いつぶりだろうか。俺はそれをためらいもせずに小指で絡めとった。
「当たり前だろ」
明のやわらかな「ゆーびきーりげーんまん」と口ずさむ声に合わせて、小指を揺らす。
「ゆーびきった!」
指を離してもなお、俺と明の小指の間には、透明な糸があるように思えた。
閃光めいたものがずっと俺たちの間を行き来しているような、そんな感じ。
俺はその光を目に焼き付けて「寝るか」と立ち上がる。
窓の外に視線を投げれば、満月が雲間から顔をのぞかせていた。




