6-8.
朝から晩までゲーム漬けの合宿は、驚くほどあっという間に過ぎていった。
気づけば、もう大会は明後日で、俺と明はもちろん、解説をする翔太も妙な緊張と焦燥に駆られている。
「だいどーく……じゃなかった、メイくん……はぁ……」
「ほら、翔太。次のプレイ始まってんぞ」
俺と明の実際のプレイに合わせて実況練習をする翔太は、気を抜いたり、興奮したりすると明の本名を呼んでしまう癖が抜けないらしい。
大斗にドヤされ、ため息混じりに「メイくんはすでに二回目のトナカイ探しでぇす」と形だけの実況をつける。
「あー、くそ、家の中かよ」
「お、亮ちんもようやく一回目のトナカイを見つけましたねぇ」
俺の呟きにも、咄嗟に対応できるようになっているあたり、翔太の成長は感じられるが。
「い、家の中にいるの、見つけにくいよね」
「シンプルに時間もロスするしな」
俺と明はコントローラーを振り回しながら、島の中を駆けまわる。
俺たちの課題は、やはりトナカイ探しだ。
一回目、二回目とそれぞれ全く異なる場所にランダムで出現するトナカイを早く見つけるよい方法が見つからないまま、すでに二日を無駄にしている。
焦りが手に伝わって、家にスムーズに入ることすらできなくなってきた。
「だぁー、くそ」
やっぱり、二回目のトナカイ、いなくね?
俺はもう何度目か住人の家に押し入って、トナカイを探し、すぐに家を出る。現実世界でやろうものならとんでもない暴挙だが、どうぶつたちの心はとんでもなく広いらしい。
「あ、いた!」
「お、あ、俺も」
俺たちはほぼ同時にトナカイを見つけ、クリスマスの時期にしか手に入らないらしいレアな家具を受け取る。
あとは、店までの距離が勝負だ。
俺は画面にかじりつくようにして、視線を一点に集中し、家具を売り、役場へ走って、ATMに振り込み……。
「終わった!」
「……タイマーストップで」
「大道くん、十五分四十八秒。亮は十五分五十秒だな」
圭介からタイムを聞いた俺と明は顔を見合わせ、肩を落とした。
「まじかぁ」
「今のは、惜しかったね」
「また癖出てた?」
「あー、かな。最後の役場に入ったところとかは、やっぱり大道くんのほうが動きだしは早いかも」
「くそ……わかってても油断しちまうんだよな」
「亮ちんは最後のツメが甘いんだよねぇ」
「翔太は最初から最後まで甘いけどな」
「なにをぅ!」
大斗と翔太のいがみ合いを「はいはい」と制して、俺はコントローラーを置く。
残す練習時間は一日。
明後日には、みんなで朝から会場に移動しなければならない。昼からのリハーサルを追えたら、夜から本番だ。
「……まじで、時間足りねえ」
「たくさん練習しても、足りないよね」
すでにきらメモで経験のある明は、どこか余裕のある表情で苦笑する。
「でも、最後はやっぱり運だから」
世界一位になるのにも、運かよ。そうつっこむのもなんだか馬鹿らしくて、明のように割り切ることができたら、どれだけ楽なのだろうと思う。
運がなければ、世界一位になることはできない。その事実だけで俺の胃はもう充分痛いのに。
「運って、まじでどうやってためんの?」
「徳積めば?」
「善行?」
「やっぱ日頃の行いじゃない?」
「ぼ、僕は……あんまり、運、いいって、思ったことない、から……わかんないかな」
どれも参考にならず、ため息が出そうになる。今更、運だのなんだのって言っている時点でもうダメなのかもしれない。むしろ、そこまで実力がついてきた、と思うべきなのか。
――でも。
多分、あとは運だけだって、明みたいに割り切れないってことは、俺はまだやりきってないってことだよな。
「うし」
俺は姿勢を正して、再びコントローラーに手を伸ばす。
「え、亮ちんまだやるのぉ⁉」
「もう一回だけな。やっぱ、あとは運だけだったなって思えるようになるまでは、やりこまねえとダメだわ」
「俺、もう今日喉ガラガラなんですけどぉ」
「翔太はいいって。明、悪い、ちょっと見ててくんね。やっぱ、基本操作のとこで明と微妙に差つくの悔しいから」
「い、いいよ!」
俺がモニターに向き合うと、圭介も「付き合う」とタイマーを準備してくれる。
「翔太、買い物行こうぜ。晩飯」
「オッケー。亮ちんたち、なにがいい?」
「俺、ヤンニョムチキン」
「え、亮ちん、うざ。だる。なんでもいいって言ってよ」
「ぼ、僕、なんでもいいよ!」
「俺も。あ、麦茶切れてたからついでに買ってきてほしい」
「圭介、それ重いやつじゃん」
「まー、とりま、行きますかぁ。あとで手数料とるかんねぇ」
「サンキュ」
翔太と大斗が部屋を出て、俺と明、圭介はモニターと向き合う。
どうぶつの町のなごやかなBGMが響き、俺は一呼吸。
まだやれる。とことんまで、やるぞ。
「うし」
俺の合図と共に、タイマーがスタートする。俺は早速ボタンを連打した。
順調にイントロ、チュートリアル的なアルバイトをクリアしていく。途中、明に基本操作のアドバイスを受けながら、それを修正していく。
スタートダッシュは自分が思っているよりも早くボタンを押す。走るときは、できるだけインコースで走る。往復しなくてすむような最短ルートを頭で描きながらマップをまわる。
まるで、陸上をやっているときみたいだ。
島を走り回っているゲームの中の主人公に自分が重なっていくみたいで、町にただよう穏やかな潮風を感じる。
「あ」
一回目のトナカイは、想像以上にすぐ見つかった。
が、そのせいだろうか。油断した俺は
「やべ」
家具を売るために店へはいらねばならないところ、役場にツッコんでしまう。
「……まじか。最悪」
「だ、大丈夫だよ、まだ取り返せる!」
明の応援に、俺はコントローラーをもう一度握りなおす。
マップをロードするための暗転で、呼吸を整え――再び、役場を出て走りだし、
「あ?」
俺は目の前にトナカイがいるのを見つけて、思わず操作していた指の動きを止めた。
「こいつ、リスポーンしてなくね?」
さっき役場の前で見つけたばかりだ。だから、間違えて役場に入ってしまったのだし。なのに、トナカイは役場前をうろついている。つまり、さっきとほとんど同じ場所にいるのだ。
トナカイはランダムに出現するから、同じ場所に二連続で立っていることだって、ありえなくはないけれど……。
ひとまず、二回目のプレゼントを受け取り、俺はゲームを一度セーブする。
「なあ、明」
「う、うん。ぼ、僕も、ちょっと気になった、かな」
俺の言わんとすることをわかったらしい明がうなずいて、コントローラーを握る。
気になったら、とことん突き詰める。一秒でも削れるなら、その方法に駆ける。それが、RTAだ。
俺と明はもう一度ゲームを立ち上げ直して
「もう一回、やろう」
とお互いにコントローラーを振りかぶった。




