6-7.
バイト終わりの大斗と、部活終わりの圭介がそろって家に来たのは、俺と明がかれこれ十数回トナカイを追い回し、ゲーム内の主人公以上に疲弊していたころだった。
寒い寒い、と文句を言う大斗の鼻先は赤く、「雪降りそう」と圭介が笑う。
二人を中に招き入れると、
「バ先からもらってきた」
「母さんが持ってけってうるさくてさあ」
大斗と圭介がうまそうな匂いをさせた袋をそれぞれ掲げて見せた。
俺と明、翔太の三人はそれに飛びつかないよう、必死に自制して、大斗たちをリビングに通す。
俺たちは手分けして皿やジュースをテーブルに並べた。
四人家族用のテーブルは、五人で座るには少し狭くて、でも、俺たちはぎゅうぎゅうになって座る。
「す、すごい」
テーブルに並んだ総菜やジュース、おかしの数々に、明が感嘆の声を漏らした。
「ほ、ほんとに食べていいの⁉」
「お前、普段どんな食事してるわけ」
大斗に冷静にツッコまれ、明は恥ずかしそうに「わ、和食とか……」と答える。そういう意味じゃねえよ。俺が内心でツッコむと、大斗も「俺が悪かった」と肩をすくめた。
「ま、とりあえず食べようぜ」
「おなかすいたぁ! もうさぁ、亮ちんとだいどーくん、ずーっとゲームしてるわけぇ。信じらんないでしょぉ」
「し、柴田くんも、れ、練習、してくれて、ありがとう」
「ちょ! やめてよ! だいどーくん、それは言わない約束じゃん! はずいって!」
「なに? 翔太、解説やんの?」
「うん。世界デビュー」
「大げさ」
俺たちはそれぞれのコップに飲みたいジュースを注ぎ、誰が言うでもなくコップを持ち上げる。
「じゃ、亮と大道くんの世界一位を祈って?」
「それを言うなら、活躍を願って、じゃね?」
「俺はぁ? 俺の活躍も祈ってぇ!」
「はいはい。んじゃ、そういうことで」
「「乾杯!」」
いつもは四人のお泊り会だが、今回は五人だ。五つ分のコップがぶつかり、俺はその光景に目を細める。
隣に座っている明をチラと横目で見れば、明も嬉しそうに頬を染めて笑っていた。
「てかさぁ! やっぱ、だいどーくん、超すごいわけぇ! もう、びっくりしちゃって」
「なに? RTAの秘策?」
「秘策も秘策よ! だって、亮ちん、めーっちゃ言われてたもん!」
「そ、それは! お、怒ってるとか、そういうんじゃなくて……え、偉そう、だったかな」
「そういう意味じゃねえから。褒めてんだよ」
「へえ、そんなに? てか、RTAって、やっぱり練習方法とかちゃんとあんの?」
「ど、どうぶつの町は、ほとんど運だから……。で、でも、その分、基本操作で、少しでも速くしておかないと、タイムが安定しないから」
「いや、まじですげえよ。明の言ったこと守ったら、運要素以外はほとんどぶれねえの」
少なくとも、トナカイが見つからない、なんて不測の事態が起こらない限り、俺のタイムは見違えるほど安定してきた。十回やって、十五分後半から十六分前半が七回。今まででは考えられない。
「ほんと、ちっちゃいことでも積み重なるもんだよねぇ」
「ま、なんでも積み重ねだよなあ」
しみじみと呟く翔太に、バスケも同じだと言うように圭介が同意する。
積み重ね。何気ないその言葉がストンと腑に落ちて、俺はふと手を止めた。
そっか。俺、今まで、その場しのぎでやってきたのか。
長く続けたって思ってた陸上だって、毎日の練習は適当で、言われたことをやっている振りをして、怒られたことなんかその日のうちに忘れて、また同じようなことを言われて、ふてくされて、無視して。
そんなんで、一位になんかなれるわけなかったんだ。
継続している振りをしてきただけじゃねえか。
俺が自嘲すると、隣にいた明が気づいて不思議そうに俺を見る。
「ど、どうしたの?」
「いや、なんでもねえ」
俺、まじでだせぇな。
自覚すれば、決別は簡単で。
「……明日、ちょっと復習する時間くんね? 個人練習つか」
明に尋ねると、明は当たり前のように「もちろん」とうなずいた。
「亮ちんが復習とか言ってる! やばい! 明日雪かも!」
「うるせぇ。お前はとっととチャート暗記しろ」
「はは、それこそ明日雪じゃん」
「そのときは買い出しジャン負けな」
「ヒロ、じゃんけん強いからずるじゃん」
「翔太、今から何出すか考えといたほうがいいんじゃない?」
「男は黙って、グー」
「バーカ」
翔太をからかって、みんなで笑う。
と、翔太のスマホが震えて
「え、ちょっと待って」
スマホを見つめた翔太が窓に駆け寄った。
勝手に人の家のカーテン開けんなよって止める前に、翔太がリビングのカーテンを開け放つ。
「まじで雪!」
見れば、たしかに、窓の外、月明りにチラチラと白いなにかが反射している。
「げ、まじか」
顔をしかめる大斗を横目に、俺たちは一斉に立ち上がって翔太のもとへと集まった。
「うお、すげえ」
「寒かったもんなあ」
「てか、久々じゃない? 雪自体珍しいのにさぁ。十二月に降るとかいつぶり?」
「す、すごいねえ!」
俺たちがはしゃいでいると、大斗も観念したように俺たちの背後に立って、
「早く食おうぜ」
と俺たちを急かす。
惜しむように窓へ手を伸ばせば、指先からひやりと冷気が伝った。
ゲームのコントローラーを握るときと、同じ温度だ。
結局、俺たちはしばらくの間、ゆっくりと舞い落ちる雪を見つめていた。




