6-6.
「十六分、二秒、だね」
「だぁーーーっ、くっそ!」
俺はコントローラーと一緒に体をベッドへと放り投げる。スマホを見ていた翔太が顔を上げ、「おつ~」と俺の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「煽ってんだろ」
「違いますぅ、労ってるんですぅ」
からかうように言われ、俺は「やっぱ煽ってんじゃねえか」と翔太の手を避ける。明はそんな俺たちを苦笑して、
「で、でも、うん、ま、まだ、速くなれるよ」
と真顔で俺を見つめた。
「まじ?」
「う、うん」
「まじか!」
俺はベッドから飛び起き、明の隣に並ぶ。明は早速ノートをめくって、俺に見せた。
「た、例えば、最初の、文字入力のところ、なんだけど……」
どうやら明は、どの文字を入力すれば、決定ボタンを押すまでのタイムが最も短くなるのか計測したらしい。
あ行から順番に五十音、ついで、数字、アルファベット、記号と並ぶ。それぞれの横には明らしい細々とした文字でタイムが書かれていた。
「じ、実は、この最初の名前入力のキーボードは、い、一回設定したら、固定されるんだ。だから、一番近いのは記号のアットマークかな。通常は、ひらがな配列のキーボードで、空白以外だと、句読点とかはてなマークとかが近いんだけど……」
「お前、まじかよ」
「だいどーくん、やば……」
俺と翔太は明の研究成果に言葉を失う。
「キーボードを使うって人もいるみたい」
「それ、アリ?」
「い、一応、ルール上に、キーボードは使っちゃだめ、とは書いてないから……暗黙の了解ってやつかな。で、でも、キーボードとコントローラーの持ち替えに結局時間がかかるから、リモコン操作に慣れてるなら、そのままで大丈夫だよ」
「おっけ、俺はリモコンでいいわ」
RTAは、最初に走った人がルールを決める。あとから、公平性とか、プレイ人数が増えてきてどんどんルールが細かく決められていくのだが、どうやら、明や他のプレイヤーはそのルールの穴までつくらしい。恐るべき執着だ。
「そ、それから……」
明はリュックからタブレットを取り出して見せた。こいつ、こんなもん持ってたのかよ。
「マップ、覚えるの、これが一番効率いいかも」
「スマホじゃなくて?」
「あ、ぼ、僕は、手書き、なんだけど……」
「まじかよ」
こいつ、まじでなにもん? 俺以上に翔太が引いている。ドン引きだ。だが、当の本人は照れくさそうにはにかんだだけで、タブレットを操作している。
やがて、明はタブレットの画面をこちらに見せた。
表示されていたのは、どうぶつの町のマップをモニター越しに撮影したもの。だが、その写真に手書きの文字が追加されている。
「こ、この間、知り合いの人に教えてもらったんだ。スマホで撮影すると早いけど、画面が小さいから、どの家に誰が住んでるか、とか、どこにいた、とか書きこめないでしょ? でも、タブレットなら、撮った写真にマーカーとかペンで書きこむ機能を使ってメモできるし、見やすいって」
たしかに、スマホの写真にそんな機能あったな。使ったことなかったけど。
「これぞまさに、文明の利器! って感じで、賢いよねぇ。僕、教えてもらったとき、絶対亮くんにやってもらおうって思って、た、タブレット、買ったんだ」
「これのために⁉」
俺より先に、翔太が驚いた。先ほどのドン引きに、更にドン引きを足しましたって感じで、体がのけぞっている。
「こ、これのため、ってだけじゃ、ないけど……。い、色々便利かなって……。お、お年玉とか、使って」
「……お前、まじですげえな」
「で、でも、亮くんも、スイッツ、すぐ買ってたから……。ぼ、僕も、頑張らなきゃって」
どうやら、俺を見習ったと言いたいらしい。明は「へへ」とにやけている。かくいう俺は翔太同様、やや引いてしまったのだが、それはそれとして、明の情報は有益だ。
「それ、まじで俺が使っていいのかよ」
「う、うん。僕、手書きのほうが覚えられるし……。そ、それに、亮くんに、世界一位、とってほしいから」
「いや、お前も目指せよ」
「ぼ、僕は、手書きで目指すよ」
明、お前、かっこよすぎかよ。
俺は言葉を必死に飲み込んで、差し出されたタブレットを受け取る。俺の知ってるタブレットより重たいような気がして、多分、明の思いがこもっているからだな、と苦笑した。
「あ、あとね」
「まだあんのかよ」
「基本的な操作のところとか、気になったところがいくつかあって。木にぶつかるのはやっぱりタイムロスだし、最初、店とか役場に行くまでの間も、見かけたどうぶつは積極的に話しかけたほうがいいかも。挨拶まわりの時間も短縮できるよ。そ、それから……」
そこから、明の怒涛の指導が止まらず、俺は早速借りたタブレットにそれらを急いでメモしていく。
しかも、だ。
「亮くんは、画面が暗転したあとの走りだしがいつも少し遅い気がする」
「え?」
明は、俺の気づいていない細かな癖ですら、見抜いていた。
「ほら、家とかお店に出入りしたあと、マップのロードが入るでしょ? その、ロード明け、少しだけ待つんだよね。次に動く方向を考えてから動き出してるって感じかな。ロード中にルートを決めておいて、暗転があけるまでに方向キーの入力をしちゃったほうがいいと思う」
明の的確な指導を聞いた途端、俺の脳が中学時代の陸上記録会の記憶を引きずり出した。
男子百メートルで、一位とコンマ数秒差で二位。俺の人生史上、最も一番に近い記録。
悔しがる俺に、コーチが言ったのだ。
『反応の差だったな』
ピストルの音が鳴ってから、蹴りだすまでの、ほんの一瞬。それだけだった、と。
「……まじか」
あのころから、なんにも変わってねえんだ。
あのときは、そんなの知るかよって思って悪態をついた。俺は、コーチの言葉に耳を貸さなかったんだ。
それが、まさか今になって、こんな場面で現れるとは。
「た、多分、だけどね。ほ、ほんとに、ちょっとしたことなんだけど……」
愕然とする俺を気遣ってか、明が慌ててフォローを入れる。
今度は、ちゃんと受け入れて、修正しなくちゃダメだ。あのころのままじゃ、ダメだ。
「いや、サンキュ。そういうの、もっと教えてくれ」
俺は明に向き直り、必死にメモを取る。
すべては、一位になるために。




