6-5.
「じゃーんけーん! ぽんっ!」
明の掛け声に合わせて、俺と明はこぶしを振り下ろした。
結果は、一目瞭然。
「あ」
「……あー」
明と、俺。パーとグーで、明の勝ち。
いや、そうなるんじゃねえかなって気はしてた。じゃんけんって運勝負だし。明のほうが運はよさそうだ。いや、現にどうぶつの町のタイムを考えれば俺よりいいのか。
「だ、大丈夫?」
明が心配そうに俺を覗き込む。
俺にとって、冬のチャートは鬼門だ。ベストとワーストのタイム差が最も大きい……つまり、何度走っても安定しないチャートなのだ。
RTAにおいて、クリアタイムが安定しないのは、かなりのストレスになる。
それこそ、タイムが平均的に縮まってくれば、地味な練習にも、繰り返しの作業にも希望が持てる。だが、運よくタイムが縮まるときもあれば、運悪くタイムが長くなる、なんてことがあれば、練習が意味をなさないと言っているようなもんだ。モチベーションも下がる。
でも。
「ま、明がいれば大丈夫だろ」
俺は隣にいる、頼もしい仲間であり、最大のライバルを見て笑みを作った。
無理やりにでもそうして自分を鼓舞しなければ、大会に出る前に投げ出してしまいそうだ。
大丈夫、やれる。
自己暗示をかけて、気合を入れなおす。
「じゃあ、冬のチャートだな」
これ以上、明に気を遣わせないよう、俺は落胆を飲み込んで気持ちを切り替えた。
「うし、やるか」
俺がコントローラ―を持ち上げると、明もうなずく。
「ぼ、僕、が、頑張るね! あ、チャート、とか、い、一緒に見直すから!」
「だな。俺、冬のチャート、まじで安定しなくてさ。いい方法教えてほしいわ」
「っていっても、僕も、と、特別なことは、あんまり……で、でも、亮くんの、走ってるとこ、見れば、なんかわかる、かも。とりあえず、やってみる?」
「おけ」
俺はプレイデータをセーブして、どうぶつの町のソフトを終了させる。
スイッツのホーム画面に戻って、スイッツ本体の時間設定を変えていく。もはや手慣れた作業だ。
どうぶつの町では、スイッツ本体に設定された日時に合わせて季節が変動する、なんて、RTAを始めるまで知らなかった。
「まじですげえよな」
もはやその感動は薄れてしまったけれど。改めて呟けば、明が「へ?」と首をかしげる。
「いや、これに気づいたやつも、作ったやつもさ。RTAって、なんか、限界までゲーム楽しんでるって感じでいいよな」
その泥臭さは、俺にはなかった。適当に、楽にやるほうが簡単だから。与えられたものを、そのまま素直に受け取って使えばいいだけだから。
でも、RTAはそうじゃない。極限までゲームの仕様に向き合って、一分、一秒を削るために、一ピクセル、一ドットを研究しつくすのだ。
今じゃ、チャートを作ってWEBに公開してくれている人を素直に尊敬するし、憧れもする。
俺が設定を終え、もう一度どうぶつの町のソフトを立ち上げると、
「ぼ、僕も、そ、そういうとこが、好きなんだ」
と明が同意した。手にはボロボロになったノート。明が使っているチャートや攻略をまとめたものだ、と以前教えてもらった。
お前も、俺のすげえに含まれてんぞ。
いつか、こいつにちゃんと伝えなきゃな。
俺はそんなことを考えながら、すっかり冬の季節になった町の様子を眺める。
「あ、俺の推しいるじゃん!」
タイトルの後ろ、町を歩いている猫のキャラクターに翔太が嬉しそうな声を上げた。
「し、柴田くん、ね、猫、好きだよね」
「うん。めっちゃ好き。てか、この子、めっちゃまおちゃんに似ててさぁ。かわいくない?」
「う、うん……か、かわいい……かな」
「明、無理に合わせなくていいぞ。てか、今からマップリセット入るし」
「まじでさぁ、どうぶつの町のそれ、よくないよねえ。オープニングで期待させてさあ、実際始まったら出てこないじゃん?」
翔太の文句を無視して、俺はプレイボタンを押す。
お馴染みの効果音と共に画面が暗転し、もう何度見たかわからないイントロが流れた。
主人公が町へ引っ越してきた、という設定らしく、バスに揺られている間、乗り合わせた乗客に、名前は? 何町に行くの? と話しかけられる。プレイヤーが会話に合わせて、主人公の名前と町の名前を自然に決められる、というシステムはなかなかよくできている。
俺はいつも通り、手早く決定ボタンの近くにある文字を入力した。
明らかにおかしな名前だが、乗客はまったく気にした素振りもなく、システマチックに応答する。
やがて、バスが町へと滑り込んで、主人公――俺を町唯一のバス停に下ろして去って行く。
「……さ、やるか」
俺はコントローラーを握りなおした。
外を歩いている住人に声をかけ、見かけた家に入っていく。どうやら翔太の推しは俺の引っ越してきた町にはいなかったらしい。
役場へ向かって、まったく金がないのに、住宅を契約すれば、立派な借金の完成だ。
金がなければ体で返せばいい。そんな悪徳極まりないタヌキの店でアルバイトをはじめ……。
俺は明と翔太が見守る隣で、いつも通り、順調にチュートリアルを進めていく。
すべてのバイトが終わり、俺が店から出ると
「……出たな」
クリスマスイベントの案内が流れた。
俺にとっての鬼門、トナカイからのプレゼント集めだ。
クリスマスイベントではプレゼントを配るトナカイが出現するのだが、これが町のどこに現れるかわからない。しかも、借金を返済するためには、トナカイからのプレゼントを二回集める必要がある。つまり、どこにいるか分からないトナカイを二回も探す必要があるのだ。
ときには、住人の家の中にいることもあり、町中を散々走り回っても見つからない、なんてこともある。
俺はふぅ、と息を吐いて、画面に向き合う。
「行くぞ」
俺に応えるように、画面の中の、もう一人の俺が勢いよく走りだした。




