6-4.
「えぇっ⁉ まじで俺でいいのぉ⁉」
お泊りセットという名の荷物をこれでもかと俺のベッドに広げた翔太が、女子が着るようなモコモコのパジャマを片手に俺と明を見比べた。
「……やっぱやめっか」
「なんでぇ!」
「うざいから」
真顔で言えば、翔太はパジャマを放り投げて俺の肩をガシリと掴む。
「やめるって言われたら急にやりたくなるのが男の性じゃぁん! 亮ちぃん!」
グラグラと勢いよく揺らされ、俺は「うざい」とますます顔をしかめる。てか、思ってたよりやる気あんな、こいつ。
俺が翔太の手を軽くたたくと、翔太は揺さぶりをやめて、俺の首に両腕を回す。逃がさないぞ、と意思のこもったバックハグに、俺は翔太の執念を感じてゾッとした。
「そんなこだわると思わなかったわ」
「別にこだわってるわけじゃないけどぉ。ま、せっかくなら? 俺も一緒になんかやりたいし? っていうか、こういうの、だいたいヒロか圭ちゃんじゃん? 俺もスポットライト浴びたい的な? てか、世界配信でしょ? かっこよくない? 俺、有名人ってことじゃん? かわいい子からDMとか来たりしちゃったり? ゲーム女子的な?」
「……あ、そ」
後半はほとんど翔太の妄想、もとい、願望だったが、どうやらそちらが目当てらしい。翔太らしいといえば翔太らしい理由で、むしろ安心するけれど。
「じゃ、決まりでいいか?」
俺が明を見れば、明も大きくうなずいた。
「ぼ、僕は、いい、と思う。そ、その、し、柴田くん、しゃ、喋りも、面白いし、か、かっこいいし、みんな、すごく好きになると思う」
「まじぃ?」
「う、うん。あ、だ、台本とかは、ぼ、僕らが作れば、いいから、だいたいの流れは、た、多分、それで。あ、でも、し、柴田くんには、基本的なことは、やっぱり、覚えてもらわなくちゃいけなくて……」
「もちもち。全然オッケー、俺、暗記系は得意だから」
「理系が壊滅的すぎるだけじゃね?」
「うるさいなあ。亮ちんは黙ってて」
翔太は俺を睨みつつも、どこか楽しそうな表情だった。ワクワクしてる子供って感じ。これだけ乗り気なら、途中で投げ出すこともなさそうだ。
「ま、じゃ、頼むわ」
「バイト代でるぅ?」
「でねえよ」
翔太はケラケラと笑って、俺の首から腕をほどく。どうやら満足してくれたらしい。
「じゃ、じゃあ、走る季節が決まったら」
「待って、走るってなに?」
「あ、RTAをプレイすることを、は、走るって、言うんだよ。英語だと、スピードランって言って、それで……」
「なる。じゃあ、亮ちんとだいどーくんがどの季節プレイするか決まったら、色々教えてくれる感じってことねん?」
翔太はふむふむとスマホを手早く操作して、メモを取っていく。
やっぱ、こういう一直線なとこ、すげえよな。
自分が素直じゃないと自覚している分、翔太のいいところがより目立つ。
翔太を褒めるのは、ちょっとだけ癪だけど。
メモを取り終えた翔太がにぱっと満面の笑みで俺と明に手を挙げる。
「頑張ろうねぇ!」
「盛り上げ、期待してるわ」
俺がそのジェスチャーに軽いハイタッチで応えれば、明もそれに続いて翔太と控えめなハイタッチをかわした。
なんだかんだ、この二人は馬が合うらしい。犬っぽいところが似ているかもしれない。
落ち着いた場を仕切りなおすように、「で」と翔太が俺たちを見比べる。
「二人はどの季節でプレイするのぉ?」
「あー……それが一番の問題、だよなあ」
言われて思い出した、と俺と明は顔をしかめた。
世界一位を目指すためには、当然だが、自己ベストを超える必要がある。そのために、得意な季節で挑む、というのがセオリーなのだが……俺と明では得意な季節が違う。
運要素が強すぎる夏のチャートは外すとして、王道で平均的にタイムを出しやすい春か、それともバグ技を使って盛り上げられる秋か、もしくは、ハイリスクハイリターンな冬。
「……まじで、決めらんねえよな」
俺がうなると、明も困ったように押し黙った。
現在、世界一位の記録が冬のチャートである以上、冬を狙うべきなのかもしれない。だが、冬のチャートはリスクが大きいのだ。運要素が多いと言われている春のイースターイベント、もとい、卵ガチャ以上の運が必要になる。
おそらく、明が冬を得意とするのは、日頃の行いがいいからだろう。俺よりも運がいいのだ。多分。
かといって、秋はバグ技を使用する分、難易度が高い。しかも、バグ技を使ってもクリアまで行けない場合がある。
生放送で完走できないとなれば、大事故もいいところだ。
「とりま、秋は避けね?」
「う、うん。僕も、お、同じこと考えてた。バグ技は、お、面白いし、み、見てる人にも、楽しんでもらえたり、するんだけど……。こ、今回は、世界一位、だもんね」
そうだ。
目標は、世界一位。
クリアできないなんて論外だし、俺も明も、今回はガチだ。視聴者のために走るわけじゃない。
「……となると、春か、冬か」
俺と明のそれぞれの得意なチャート、どちらかしかない。
チラと明を見やれば、明も俺の反応を窺うように、チラと視線を投げた。盗み見するつもりが、お互いに視線が合って気まずさを覚える。
多分、これは――お互い、譲る気ねえよなってやつ。
唯一、チャートの重要性を理解していない翔太だけが退屈そうにあくびをひとつ。
「どっちでもよくない?」
「「よくない」」
俺と明の声が重なり、翔太が驚いたように「ご、ごめん」と後ずさった。
こうなれば……。
「なあ、明」
俺がにぎりこぶしを作って見せれば、明もまた同じようにこぶしをかまえてこちらを見つめる。
「やるしか、ない、よね……」
「遠慮なし、恨みっこなしな」
俺がかまえると、なにを察したか翔太がベッドから飛び降りた。
「ちょ、ちょ、待って待って待って、ストップストップ!」
翔太が慌てて俺たちの間に割って入る。
だが、俺と明はお構いなしにそのこぶしを高く振り上げた。




