6-3.
来客を告げるインターフォンの音が、俺に冬休みの始まりを知らせる。
コントローラーを脇に置いて、慌てて玄関先へと向かう。慌てる必要なんてないのに、はやる気持ちがそうさせた。
扉を開ける。
すると、
「ほ、本日は、お日柄もよく! ね、年末の、お忙しいときに、お、お邪魔してしまいまして!」
と、緊張に緊張を重ねたような上擦った、けれどはっきりとした大きな声で、明がペコリと頭を下げた。
「……は?」
あまりの意味不明さに発声準備が間に合わず、俺の口から掠れた声が出る。その声で我に返ったのか、明がガバリと顔を上げ
「あ、りょ、亮くん!」
ようやく俺を視認した。
これでもかと大きな荷物を肩から下げた明は、俺を見るなり、先ほどまでの明瞭快活な声をいつもの早口に変えて「ごごご、ごめん、え、と、今の、なしで」とモゴモゴ取り繕う。
なしってなんだよ。っていうか、お日柄もよくって。
「どういう挨拶?」
「お、お邪魔、するのに、ご挨拶もなしで、って、お、お母さんが……言ってて……そ、それで、考えてきた、つもり、なんだけど……」
「ふはっ、まじか。もう挨拶する相手いねえし」
昨日の夜、連絡したじゃねえか。さてはこいつ、よっぽど緊張してんな。てか、荷物多くね。
俺は様々なツッコミを一度飲み込んで「とりあえず、上がれば」と明を招き入れる。
もう何度も来ているはずなのに、明はまるで初めて来ましたって顔をして、せわしなく家じゅうを見回した。
「ほ、ほんとに、だ、誰もいない……」
「だから、そうだって言ってんじゃん」
相変わらず変なやつ。俺が笑うと、明はほうっと感心したような息を吐いた。
「ぼ、僕、ほ、ほんとに初めてで……。その、えと、なんていうか……りょ、亮くんたちって、大人なんだね」
「はあ? 留守番くらい、今どきガキでもすんだろ」
「が、ガキ……」
何気なく放ったひと言が明に深く突き刺さったらしい。重たい荷物に引きずられるように、明がふらりとよろめく。
「ぼ、僕……留守番とか……し、したことない」
「は?」
「い、いつも、お、お母さんが、いるし。お、お父さんも、大体、いるから」
「まじ?」
「う、うん。そ、それが普通だって、思ってたから……お、お泊りとかも、したことないし。そ、その、子供だけって、いうのが、なんか……すごいね」
俺について部屋まであがった明は、部屋の隅に荷物を置いて、ぎこちなくいつもの場所に正座する。
しばらくすると、モニターに映っているのがどうぶつの町だとわかって、ようやく落ち着いたらしい。
「あ! も、もしかして、練習中だった?」
明は声のトーンを戻して俺を見た。
「あー、まあ。色々試してる最中っていうか」
俺はベッドに投げたコントローラーを拾い上げ、明の隣に座る。
こうして並んでゲームするのも久しぶりな気がして、俺は隣に明がいるっていう状況になつかしさと、少しの安心感を覚えた。
「……な、なんか、いいね」
明がヘラリと笑う。明も、俺と同じようなことを考えたのだろうとわかった。
「自己ベスト、いくつ?」
「ぼ、僕、あんまり、練習できてなくて……。い、一番いいのでも、まだ、十五分台って感じかな」
まじかよ。俺は相変わらず、こいつのゲームセンスってやっぱ半端ねえ、とRTAプレイヤーの腕前に苦笑する。
「りょ、亮くんは?」
「十五分五秒」
「え! す、すごい! そ、それ、世界三位とかじゃ……」
「四位な。でも、俺は結構練習してっし。なんなら、俺の場合、ほぼ運っていうか」
明みたいに、あんまり練習してなくて十五分台、とはとても言えない。
そもそも、あの十五分台が出て以降、俺の記録は伸び悩んでいる。もちろん、平均的に見れば早くなってきていると思う。操作にも慣れてきて、だんだんとミスも減ってきたし。
だが、運が悪ければニ十分台なんてこともあるし、得意な季節と苦手な季節ではそのタイム差も顕著だ。
「充分だよ! っていうか、本当にこれなら、世界一位も狙えるよね⁉」
「ま、そのための合宿だしな」
「ぼ、僕も、色々チャートとか、見直してきたんだ。ど、どの季節でやるかも、そろそろ決めないといけないし」
「だな。お前、何が得意?」
「ぼ、僕は割と冬のタイムがいいかな……。あ、でも、秋のチャートも好きだよ」
「まじか。俺、春だわ」
「そ、そこから、だね……」
大会まで後五日。
俺と明は顔を見合わせて、思っている以上にここからの合宿が果てしない地獄へ向かう始まりであると自覚する。
「これ、思ってたより、やばくね?」
二人とも、世界一位の記録をまだ一度も出せていない。どころか、最高は俺のたった一度の世界四位だ。
どちらかの苦手なチャートに合わせてベストをたたき出せるように、もう一度チャートを見直したり、操作方法を見直したりしなくちゃいけない。
運要素が絡む以上、どうしようもない部分もあるが、そのリカバリーをどうするかだけでも詰めておかなければ、放送事故だってあり得る。
大会は生放送で、世界中に配信されるのだし、本家の大会の裏番組といえど注目度は高いのだ。
明にとっては、メイとして活動する最後の機会でもあって。
それがまさか予定タイムをオーバーしてゴール、完走できない、なんてことだけは避けたいわけで……。
「……詰んでね?」
急に現実を直視して、俺は握ったコントローラーを落としそうになる。
「……そ、そういえば、か、解説も」
申し訳なさそうに呟いた明に「あ、そうだ」と考えていたことを提案しようとした瞬間、再び玄関先からインターフォンが鳴り響いた。
ちょうど考えていた人物がやってきたに違いない。うわさをすればなんとやら、だ。
俺と明は現実逃避をするように立ち上がり、伸びをひとつ。
「……と、とりあえず、が、頑張ろうね!」
控えめな明のガッツポーズにこたえて、俺もうなずく。
目標は、世界一位。
そのためには、なんだってやるしかない。
腹をくくり、俺は自らを奮い立たせるように「うし」と気合を入れた。




