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その指先に閃光を  作者: 安井優
ステージ5.強くなってニューゲーム

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40/61

5-15.

「明」


 昼休みのチャイムと同時、俺は弁当を広げようとしている明に声をかけた。


 明は案の定、というか、俺が想像していた以上に露骨に驚きと焦燥を顔に出し、


「あ、えと、あっ、き、昨日はご、ごめん」


 と視線を逸らして呟く。消えかかった声から、どこか拒絶のニュアンスが含まれているように聞こえて、俺は考えてきた続きを言うべきか戸惑った。


 こんなに自分が傷つきやすい人間だったなんて、知らなかった。


 俺は弁当を持つ手に力を込め、白々しいくらいの笑みを作る。


「……別に、いいって」


 今までは何度も適当に吐き出していた言葉。そこに、自分ができるだけの精一杯で誠意を込める。本当に、いいんだって。これでいいじゃなくて、これがいいって。


 少しでも明に伝わればいいと、ただそれだけを祈った。


「昼飯、一緒に食おうぜ」


 続けて、なんとか本当に言いたかったことを絞り出す。


 明が驚こうが、困惑しようが、明自身の言葉で「嫌だ」って否定さえされなければ、大丈夫だ。


 俺は自分にそう言い聞かせて、明をじっと見つめる。


 返事までの間は長く、鼓動が妙に加速していく。


「……う、うん」


 やがて、明のか細い声が教室の喧騒に混ざった。


 肯定であったことに、俺は心の底からホッとする。自分でもわかるほどに自然と顔がほころんだ。


 その顔を見られるのが恥ずかしくて、


「行くぞ」


 俺は昨日、翔太たちと作戦を立てた通り、話すならここで、と決めた場所へ向かって歩き出す。と、明の「え、ここじゃないの⁉」と慌てた声が後ろから聞こえた。だが、廊下に出てすぐ、明が俺に追いついて隣に並ぶ。少しぎこちない様子で周囲を観察している明は、いつも以上に背を丸めて小さくなっていた。


 どこに行くのかを問うこともせず、明は俺に並んで歩く。それすら、ずいぶんと久しぶりのような気がした。


 歩くこと数分。


 明と初めて話した書庫室が見えて、俺は足を止める。すると、明も同じように足を止め、混乱したように俺を見つめた。


「え、こ、ここで? か、鍵とか……僕、も、持ってないよ」


 鍵はすでに大斗が開けてくれた、と簡単に説明して、俺は扉を押し開ける。


 途端、ふわっと香った紙の匂いと潮の匂いが、あの日のことを思い出させた。


「……な、なんか、懐かしいね」


 明がふっと笑ったのがわかった。


 俺は書庫室の隅に置かれていたパイプ椅子を二つ広げて、明を促す。


 ここに来るまでの時間で、明も状況を整理し、ある程度、様々なことを推測したのだろう。教室を出るときよりも落ち着いた様子で素直に腰かけ、膝の上に弁当を広げた。


 俺も弁当に箸をつけ、おかずをいくつか口に運びながら、タイミングを計る。


 明には明のタイミングがある。いきなりこちらの思いばかりをぶつけてもダメで、明の心にほんの少しの余裕が出来たときを見計らうべきだ。


 昨日、翔太たちと立てた作戦を思い出し、俺は小さく咳払いを一つした。予想した通り、それは明への合図にふさわしかった。


 食事の手を止めた明はゆっくりと顔を上げ、戸惑いや不安をほんのり漂わせた表情で俺を見つめる。


「……あー……あのさ」


 話のはじめは、ゆっくりと。相手が話したそうにしていれば、自分は黙って相手の出方を窺えばいい。相手が聞く姿勢なら、まずは、相手の興味を引き付けるような話をする。


 考えたチャートをなぞり、俺は明を観察する。明は気まずそうにしながらも、俺の口から言葉を待っていた。


 俺ははやる気持ちを抑えて、ポケットに忍ばせていたそれを取り出す。


「……これ」


 ゲームのコントローラーが描かれたアクリルのストラップ。昨日、終了間際のショッピングモールに駆け込んで見つけた代物――もとい、俺と明のお守りだ。


「お前に、渡そうと思って」


 俺がストラップを差し出すと、明は想像していなかったと言うように目を丸くした。


「……ぼ、僕に?」

「あー、その……今度の大会の、お守りっていうか……」


 俺が自分のスマホにつけた同じストラップを見せると、明の目がさらに大きく見開かれる。それ以上開いたら、眼球落っこちるんじゃねってくらい。


「嫌じゃなければ」


 受け取ってほしい、といつもより丁寧な言葉で念を押す。


 明はなぜか周囲を見回し、それから自分の手を見つめ、やがて、小さな手をゆっくりとストラップに伸ばした。


 星が瞬くときみたいな金属音を一つ残して、俺の手からそれが離れていく。


 軽くなったのは、心だった。


 明はじっと手のひらサイズのコントローラーを見つめる。


 ゲームと違って、好感度なんて見えないから、俺はただ明のささいな表情の変化を探すしかない。


 明が笑ってくれれば、それだけでよかった。


 だが、


「あ、ありがとう……」


 礼を言う明の声は震えていた。かと思えば、次の瞬間にはメガネの奥、澄んだ瞳から静かに涙がこぼれ落ちる。


「え」


 俺が戸惑うよりも先に、明が戸惑ったように「あ、ごめ」とメガネを外してゴシゴシと腕で顔を拭う。それでも涙が止まらないのか、明はますます慌てて「ごめん、ごめん」と何度も謝った。


 明が腕を動かすたびに、チャリ、チャリ、とストラップが音を立てる。


 ハートが増えている音ならいいのに、と思うけれど、これはゲームじゃないし、リアルはそんなに単純じゃない。


 多分、明自身も、ハートの増減なんてわからないほどせわしなく、いろんな感情がごちゃまぜになっているのだろう。


「……本当に、ごめん」


 俺に、というよりも自分自身に言い聞かせるような明のハスキーな声が、波のように揺れていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 泣かせはしましたが、多分これはイイ涙、の筈……ッ! 伝われ、彼の想いの全て……ッ! (*ノωノ)
[良い点] エモいってこういうことなんだろうなぁと。 月並みな言葉ですが感動しました。 いよいよ明くんが事情を話してくれるのか。 期待が高まります。
2024/04/04 19:43 退会済み
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