5-15.
「明」
昼休みのチャイムと同時、俺は弁当を広げようとしている明に声をかけた。
明は案の定、というか、俺が想像していた以上に露骨に驚きと焦燥を顔に出し、
「あ、えと、あっ、き、昨日はご、ごめん」
と視線を逸らして呟く。消えかかった声から、どこか拒絶のニュアンスが含まれているように聞こえて、俺は考えてきた続きを言うべきか戸惑った。
こんなに自分が傷つきやすい人間だったなんて、知らなかった。
俺は弁当を持つ手に力を込め、白々しいくらいの笑みを作る。
「……別に、いいって」
今までは何度も適当に吐き出していた言葉。そこに、自分ができるだけの精一杯で誠意を込める。本当に、いいんだって。これでいいじゃなくて、これがいいって。
少しでも明に伝わればいいと、ただそれだけを祈った。
「昼飯、一緒に食おうぜ」
続けて、なんとか本当に言いたかったことを絞り出す。
明が驚こうが、困惑しようが、明自身の言葉で「嫌だ」って否定さえされなければ、大丈夫だ。
俺は自分にそう言い聞かせて、明をじっと見つめる。
返事までの間は長く、鼓動が妙に加速していく。
「……う、うん」
やがて、明のか細い声が教室の喧騒に混ざった。
肯定であったことに、俺は心の底からホッとする。自分でもわかるほどに自然と顔がほころんだ。
その顔を見られるのが恥ずかしくて、
「行くぞ」
俺は昨日、翔太たちと作戦を立てた通り、話すならここで、と決めた場所へ向かって歩き出す。と、明の「え、ここじゃないの⁉」と慌てた声が後ろから聞こえた。だが、廊下に出てすぐ、明が俺に追いついて隣に並ぶ。少しぎこちない様子で周囲を観察している明は、いつも以上に背を丸めて小さくなっていた。
どこに行くのかを問うこともせず、明は俺に並んで歩く。それすら、ずいぶんと久しぶりのような気がした。
歩くこと数分。
明と初めて話した書庫室が見えて、俺は足を止める。すると、明も同じように足を止め、混乱したように俺を見つめた。
「え、こ、ここで? か、鍵とか……僕、も、持ってないよ」
鍵はすでに大斗が開けてくれた、と簡単に説明して、俺は扉を押し開ける。
途端、ふわっと香った紙の匂いと潮の匂いが、あの日のことを思い出させた。
「……な、なんか、懐かしいね」
明がふっと笑ったのがわかった。
俺は書庫室の隅に置かれていたパイプ椅子を二つ広げて、明を促す。
ここに来るまでの時間で、明も状況を整理し、ある程度、様々なことを推測したのだろう。教室を出るときよりも落ち着いた様子で素直に腰かけ、膝の上に弁当を広げた。
俺も弁当に箸をつけ、おかずをいくつか口に運びながら、タイミングを計る。
明には明のタイミングがある。いきなりこちらの思いばかりをぶつけてもダメで、明の心にほんの少しの余裕が出来たときを見計らうべきだ。
昨日、翔太たちと立てた作戦を思い出し、俺は小さく咳払いを一つした。予想した通り、それは明への合図にふさわしかった。
食事の手を止めた明はゆっくりと顔を上げ、戸惑いや不安をほんのり漂わせた表情で俺を見つめる。
「……あー……あのさ」
話のはじめは、ゆっくりと。相手が話したそうにしていれば、自分は黙って相手の出方を窺えばいい。相手が聞く姿勢なら、まずは、相手の興味を引き付けるような話をする。
考えたチャートをなぞり、俺は明を観察する。明は気まずそうにしながらも、俺の口から言葉を待っていた。
俺ははやる気持ちを抑えて、ポケットに忍ばせていたそれを取り出す。
「……これ」
ゲームのコントローラーが描かれたアクリルのストラップ。昨日、終了間際のショッピングモールに駆け込んで見つけた代物――もとい、俺と明のお守りだ。
「お前に、渡そうと思って」
俺がストラップを差し出すと、明は想像していなかったと言うように目を丸くした。
「……ぼ、僕に?」
「あー、その……今度の大会の、お守りっていうか……」
俺が自分のスマホにつけた同じストラップを見せると、明の目がさらに大きく見開かれる。それ以上開いたら、眼球落っこちるんじゃねってくらい。
「嫌じゃなければ」
受け取ってほしい、といつもより丁寧な言葉で念を押す。
明はなぜか周囲を見回し、それから自分の手を見つめ、やがて、小さな手をゆっくりとストラップに伸ばした。
星が瞬くときみたいな金属音を一つ残して、俺の手からそれが離れていく。
軽くなったのは、心だった。
明はじっと手のひらサイズのコントローラーを見つめる。
ゲームと違って、好感度なんて見えないから、俺はただ明のささいな表情の変化を探すしかない。
明が笑ってくれれば、それだけでよかった。
だが、
「あ、ありがとう……」
礼を言う明の声は震えていた。かと思えば、次の瞬間にはメガネの奥、澄んだ瞳から静かに涙がこぼれ落ちる。
「え」
俺が戸惑うよりも先に、明が戸惑ったように「あ、ごめ」とメガネを外してゴシゴシと腕で顔を拭う。それでも涙が止まらないのか、明はますます慌てて「ごめん、ごめん」と何度も謝った。
明が腕を動かすたびに、チャリ、チャリ、とストラップが音を立てる。
ハートが増えている音ならいいのに、と思うけれど、これはゲームじゃないし、リアルはそんなに単純じゃない。
多分、明自身も、ハートの増減なんてわからないほどせわしなく、いろんな感情がごちゃまぜになっているのだろう。
「……本当に、ごめん」
俺に、というよりも自分自身に言い聞かせるような明のハスキーな声が、波のように揺れていた。




