5-13.
『……あ、あの』
今まさに探していた人物からの電話だった。
「……明?」
俺が問いかけると、電話向こうの青年は
『りょ、亮、くん』
と、オドオドとした、よわよわしい声で答える。それだけでわかった。明だ。
「なに、なんで」
『あ、あんまり、今、時間なくて……ご、ごめん』
「は?」
『今日のこと、謝りたくて……そ、それだけだから』
いきなり早口になったかと思うと、明は説明もなく謝罪を告げる。
「い、いや、待てよ。なに? どういうこと?」
この電話番号なんだよ、どっからかけてきてんだよ、てか、なんか……。
違和感を確かめようと、俺が口を開いた瞬間、
『明!』
電話の向こうで、俺の母さんがよく出すような金切り声が聞こえた。同時、『あっ』と焦ったような明の声が聞こえ、
『ご、ごめん、じゃあ』
言及する間もなく電話が切られる。
「は……?」
ツー、ツー、と無機質な音だけがスマホのスピーカーから流れてきて、俺は真っ暗になったスマホの画面を呆然と見つめた。
俺の電話に聞き耳を立てていたらしい翔太たちも、顔を見合わせて首をかしげる。
「今のって、だいどーくん、だよねぇ?」
「……多分」
「家電ってこと?」
「……かも」
大斗の質問を確かめるために、俺は着信履歴を開く。
表示された電話番号を調べれば、茅ヶ崎の市外局番だとネットは容易く教えてくれる。
「てことは、わざわざ家から電話かけてきたってことだよな」
「なんでぇ? いまどき家の電話使うとかなくない? わざわざぁ?」
そうだ。明はスマホを持っているし、俺とは普段、メッセージアプリでやり取りしている。そもそも、このスマホの番号だって、つい先日、RTAの大会に登録するのに必要なんだって明に言われて教えたのが初めてで、電話なんか一度も……。
俺は、そこまで考えて、「あ」と違和感に気づく。
「スマホ、取り上げられてるとかねえよな」
あの、怯えたような明の声は――直後の、かんしゃく玉が爆発したみたいな女の声は、多分、無関係ではないはずだ。
俺の導き出した推測を察したのは圭介で、
「……まじ?」
と神妙な顔になる。続いて、大斗と翔太もありえないって顔をしながらも、でも、とその可能性を否定しきれずに俯いた。
俺は電話越しの金切り声を思い出し、明の置かれている状況を想像する。
俺もよく知っている声だった。母さんが俺の成績を責めるときの声だ。なにをやらせてもパッとしない中途半端な成績で、一位のとれない俺を――
「あ」
俺の頭の中で、明に関する情報が、これまでの明の言動とつながる。
「明がさ、俺のこと避け始めたのって……中間テスト明けくらいだったよな」
それまでは毎日のように遊んでいたのに、なんでって。そう思ったような気がする。
兄貴が、大道くんの元気がない、なんて言い始めたのもそのころじゃなかったか。
「てか、そもそもあいつ、たしか、めっちゃ成績良かったんだよな」
一学期末。俺が二位だった英語のテスト。一位はあいつだったんだ。多分、あいつはそれ以外の教科の点数も悪くなかっただろう。だって、兄貴も褒めてたし。
途切れ途切れに発される俺の情報をつなぎ合わせた翔太が
「……じゃあ、亮ちんのお母さんみたいに、めっちゃ厳しいってこと?」
と推測を口にする。「かも」と俺が肯定すれば、大斗と圭介もその考えにたどりついたらしく、
「だとしても、成績下がったくらいでスマホ取り上げるとかやばすぎだろ」
「でも、それなら、固定電話でわざわざ電話してきたことも、一応、筋は通るっていうか……。あんまり、考えたくないけどさ」
それぞれに顔をしかめて、導き出した結論を共有した。
優秀な成績を取っていた息子の成績が急に悪化した。ともなれば、親がなにかしら対策をしようと考えてもおかしくはない。ある意味で俺は、一番になれないと親から諦められているからこそお小言ですんでいるのだ。はじめから期待しなければ、落ち込むこともない。
明の場合は期待まみれだったに違いないから、親のショックもでかいはずだ。
いや……、もしかしたらそれだけじゃなくて、
「俺のせいかも」
俺がそう呟くと、翔太たちは「あ」と顔をあげた。みな、同じことを考えたのだろう。とはいえ、俺の、っていうか、俺らのって思ったらしい。三人はフォローを含めて、口々に俺へと言葉をかけた。
「たしかに! 俺ら、勉強より遊び派だし!」
「てか、成績どうでもいい派じゃね?」
「まあ……効率よく点とれればいいかって感じだよなあ」
三人ともが反省したような顔で苦笑する。
明は多分、真面目にコツコツとやって点数をとってきたタイプだろうし、人それぞれ要領の良さもあるだろう。残念ながら、明は要領がいいタイプとは言えないだろうし。
もしも、それが事実だとすれば、
「あいつ、絶対、俺らのせいで、とは言えねえよな」
スマホを取り上げられようが、家に軟禁状態になろうが、多分、明はそんなことは言えないだろう。むしろ、親に俺たちを悪く言われ、勝手に責任を感じている、なんてことまでありえる。その意味のわからなさが、あいつらしいと言えばあいつらしいのだが。
「……てか」
明は、こうも言っていたはずだ。
RTAで一番をとることは、自分がいてもいいって、許されることだって。
それって。
「あいつ、俺と同じかも」
いやむしろ、俺以上か。
苦みとか、渋みとか、えぐみとか、そんなわけのわからないものが血液中にどっと流れ込んできて、体全身でそれを味わっているような感覚になる。
多分、明は一番でなきゃいけないって、そう言われて、生きてきたんだ。
そして、それを誰にも言えずに、ずっと一人で抱えている。
なんで、気づけなかったんだろう。あの自信のない態度も、いじめられた過去も、全部、昔からのことが、今に繋がってきているのに。
今更、そんなことを想像して、足から力が抜けそうになった。
自分がいかに大道明という人間を知らずにうわべだけで付き合ってきたか、思い知って悔しさが募る。
「亮ちん……」
どうする、と翔太が表情で俺に訊く。
どうするもなにも。
俺は腹をくくる。複雑な表情を見せる三人に、宣誓するつもりで口を開いた。
「……作戦会議。明攻略RTAだ」




