5-12.
茅ヶ崎駅に着くと同時、兄貴からのメッセージを見た俺は、思わず足を止めた。
「なに」
大斗の短い問いかけに、俺はスマホの画面を見せる。
大斗はしばらくじっと画面を見つめ、やがて、少しでも明の居場所を特定しようと俺が兄貴に向けて送ったメッセージと、その返信を読み終えたのだろう。
「は?」
と短くも、不満げな声を発する。
「どしたの~?」
改札の向こうから翔太に呼ばれ、俺と大斗は少し重い足取りで改札をくぐった。
俺は翔太と圭介にも同じ画面を見せる。
『兄貴、今塾いる?』『いるよ、なんで?』『明、今日そっちいる?』
そんな端的なやり取りの、最後の一文。それを読み終えたらしい翔太と圭介は、驚いたように目を丸くした。
『大道くんなら、少し前に塾辞めたけど』
嘘だって、思いたかった。けれど。兄貴が嘘をつく理由は全くないし、もし万が一にあったとして、その場合は――……あまり、考えたくもなかった。
「これ、どういうこと?」
敏い圭介ですら、意味がわからないと首をかしげる。
「いや……わかんね……。塾やめたとか、聞いてねえし」
「だよねえ? てかさ、だいどーくんって、最近、家の用事? とか言って、亮のこと避けてんだっけ」
「翔太、言いかた」
「あ、ごめん」
事実を端的に言い表した翔太が圭介に咎められ、てへ、と俺に謝る。だが、俺はそれどころではなくて、大丈夫とも、うざい、とも、返事すらできずに兄貴からの返信をただ眺めるしかできなかった。
一体、なにが起こっているのかさっぱり理解できない。
たしかここ最近、塾が忙しくて、と誘いを断られたこともあったはずだ。家の用事か、塾。明が遊びを断るのはいつだってその二択だった。
そのうちの一方が嘘だったとわかった今、家の用事だって本当か怪しい。
いや、本当はわかっていた。今日だって、あれは、どう考えても嘘をついているようにしか見えなかったのだから。
でも――
「てかさ」
混乱する俺を、大斗の冷静な声が落ち着かせる。
「塾、辞めなきゃいけないくらい、家の用事ってやつがまじでやばいんじゃね」
その一石が俺たちの間に波紋を広げ、さざ波をたて、やがて、静かな沈黙を連れてきた。
みんながそれぞれ顔を見合わせて、自分たちが今やっていることがどれほど恥ずかしくて、明にとって負担になるのか、自覚しましたって言うみたいにすぐさま目をそらす。
だって、そうだ。
もしも、家の用事が本当にやばくて、俺たちの相手なんか、ゲームなんか、していられる状況になかったとしたら?
明の家まで仮に押し掛けたとして、どうするつもりだった?
俺たちはもう、仲直りしましょ、ゲームして遊びましょって、そんなバカみたいなことをなんにも考えずに言えるような年ではないのだ。
俺たちも、相談されたところでなにか助けられるようなことがあるとは限らない。
明だってそれをわかっているのかも。
友達なんだから頼れよって思うけど、例えば明に両親や祖父母の介護があったって、俺たちができるわけじゃない。
せめて話してくれればって思うけど、明のことだ。俺たちに気を遣わせないようにって考えているに決まっている。
俺たちは、みんなで一斉に顔を合わせて、どうする? って誰に向かってかもわからずに、俺たちのちょうど真ん中にその質問を投げかけた。
今度は、その一石が、沈黙ではなく、水音を呼んでくる。
「……介護、とか?」
圭介がぎこちなく口を開く。
「だよな」
俺もそれ思ったって、うなずく。
「急に家族が病気とかありえるもんね……」
翔太がしょんぼりと肩を落とすと、大斗は無言でうつむいた。
俺たちの中にいいアイデアは浮かばなくて、自分たちの浅はかさだけが露呈しているみたいで、四人そろってまたも沈黙を共有する。
でも。でもさ。
このまま、なにもできずに、ただ、明と距離を置いて、今までのことはなにもなかったんですって顔をして、元通りの生活に戻れって?
そんなの、今更できんのかよ。
俺も……、あいつも。
俺は奥歯を噛みしめ、ついで、自分の不甲斐なさをかみ殺す。今までだって、何度も、これ以上にダセエこと、いっぱいやってきたじゃねえか。今更、なにビビってんだよ。
後悔したくねえって、思ってるくせに。
なに、尻込みしてんだよ。
俺は、ゆっくりと息を吸って顔を上げる。
翔太たちも巻き込んで、このまま帰りましょうなんて、やっぱり無理だ。
「……だからって、このまま、なかったことにすんのは違うだろ」
声に悔しさが滲んでいるのが、自分でもよくわかった。
「このまま、明のことなんにも知らねえまま、遠くで黙ってみてるだけなんて、無理だ」
今までなら、そんな自分をダサイってバカにしていたと思う。
でも、今はこれでいいって、こういう自分がいいって、そう思う。
「俺、やっぱ、明と話すわ」
勢いのまま言い切って、三人の顔を見る。翔太も、大斗も、圭介も、驚いていて、けれど、少ししてから、俺を見つめ返して、小さくうなずいた。
「うん、だよね! 俺も賛成! だって、ねぇ?」
「困ってるときに助けるのが友達、だっけ?」
「おい、大斗、俺のセリフとんなよなあ」
三人の笑顔に、俺もつられて自然と笑みがこぼれた。
「……ほんと、お前ら」
やばすぎるっていつもの癖で言いかけて、咄嗟に口の形を変える。
「サンキュな」
俺の素直な礼に、三人の笑い声がピタリとやんだ。翔太は聞き間違えたんじゃないかって顔で俺を見て、大斗は雨でも降るんじゃないかって顔で空を仰いだ。圭介はやさしさをたっぷり含んだ笑みで俺を見つめる。
それはそれで失礼だろ。っていうか、からかわれるより恥ずかしいからやめろ。もう、何回かこんなやり取りしただろ。
どんな文句をぶつけようかと言葉の引き出しを開け閉めしていると、俺のスマホから着信音が鳴る。
スマホの画面には、電話のマークと見知らぬ電話番号が表示されていた。




