5-11.
「ねぇ~! お葬式なんですけどぉ!」
翔太の声がマイクをハウリングさせ、大斗と圭介は露骨に顔をしかめる。とはいえ、それはハウリングのせいだけではなかった。
主に、俺のせいで、さっきからみんな少なからず不満を表に出している。
「……てかさあ、まじで亮、なんで大道くんとケンカしてんの。俺、誘ってって言ったよな?」
「誘ったって! てか、ケンカじゃねえし。……いや、あれがケンカなんだったら……なんでか、俺が知りてえよ」
「ダサ」
「大斗はウザい」
「てかぁ、亮ちんがそんなんだと楽しくないんですけどぉ! まじで大道くんとこ行ってきてよぉ! だるすぎ!」
翔太がマイクを置いて、俺の脇腹をつつく。やめろ。俺は翔太の頭を無理やり押し返して、長いため息をついた。そのまま重力に体を預けると、硬くて冷たいカラオケのソファが俺の頬に現実を教える。
「……まじで、なんなんだよ、あいつ」
もうすぐ大会だってあんだぞ。練習、してんのかよ。てか、解説とかも頼まなきゃいけないかもって言ってたくね? どうしたんだよ。家の用事とかしてる場合かよ。
自分に問いかけたところで、その答えを知っているのは明だけ。
結局のところ、明のことをなんにも知らねえんだなって、そんな自分を責める以外、今の俺にできることはないのだ。
「ちゃんと話したら?」
「こっちは話してるだろ。向こうが勝手に逃げてんだって」
「亮のその態度が怖いんじゃね?」
「大斗に言われたくねえし。てか、俺、普通だろ」
「いやいや、亮ちんが普通だったらやばいっしょ。亮ちん、ヤクザみたいなときあんじゃん」
「え、まじ?」
「まじぃ」
嘘だろ。俺が絶句すると、圭介がポンと俺の肩を優しくたたく。おい、慰めやめろって。圭介の手を振り払うと、いつもの穏やかな笑い声が俺の耳をくすぐった。
「とりあえずさ、仲直りしてきたら?」
「仲直りって……」
別に、仲たがいもしてねえし。俺がどもると、今度は大斗が俺をじっと見つめる。
「賛成。てか、今から行こうぜ」
「は?」
「あ、いいねぇ! だいどーくん探し! レッツゴー!」
俺が状況を飲み込む前に、一体いつ結託したんだって速さで翔太たちが荷物をまとめ始める。
「いやいやいや、待てって」
カラオケを出ていこうとする三人の背を追えば、三人はくるりと振り返って俺を見つめる。なんで引き止めるんだって顔で全員が俺を見つめていた。え、待って。まじで、俺がおかしいわけ?
気圧されて、俺はひとまずリュックを掴む。
「なんで」
背負ってから問いかければ、三人は顔を見合わせた。
「なんでって、ねぇ?」
「おもしろそうだから」
「こら、大斗。そうじゃなくて、友達が困ってたら、助けるのが友達だろ?」
圭介のあっけらかんとした笑みにつられるように、翔太と大斗がにっと子供っぽいいたずらな笑みを浮かべる。
「いや……でも……」
こいつら、まじかよ。
「ほらぁ! いいから行こうよ! てか、カラオケでうじうじされてもうざいだけだしぃ。だいどーくんだって、ねぇ? 大事な友達なわけじゃん?」
「そうそう。亮だけじゃなくてさ、俺らにとっても友達だし?」
「俺はおもしろいから行くだけだけど」
「だから、大斗、言いかた」
「圭介が熱すぎるだけだろ」
言いながら歩き出した三人は、いよいよ俺を待つつもりなどないみたいだった。
もしも、俺がいかなくっても、こいつらは明を探すし、明と話すつもりでいるんだろう。
その証拠に、三人はすでにレジ前でレシートとスマホを見比べていて、圭介と翔太は大斗に金を払い始めている。
「ま、待てって」
俺も慌ててスマホを取り出す。
「なに。行くの? 行かねえの?」
大斗に聞かれ、俺は立ち止まる。気づけば足が動いていた。つまり、俺の体はもう、行く気になっているのだ。
あとはそれを、ちゃんと言葉にするだけ。
俺が「行く」とうなずけば、大斗はふんと鼻で笑った。
まだ金を払っていない、と大斗にスマホを差し出す。「いくら」と聞けば、大斗のだるそうな目が静かに俺を貫いた。
「いらね」
「いや、なんで」
「あいつ、どこから来てんだっけ」
俺の質問を無視して、大斗はスマホを仕舞い込む。完全に三人で割り勘にしたようだ。
「いや、おい。てか、あいつって誰」
「大道」
大斗はレシートをゴミ箱に捨てながら、当たり前のようにその名を口にした。レシートがなきゃ、いくらかわかんねえじゃん。そう思いながらも、ゴミ箱からそれを拾う気にはなれなくて、俺は仕方なくスマホをしまう。
大斗なりの不器用な励ましかたが今はありがたかった。礼の代わりに、
「茅ヶ崎」
と答えれば、大斗はにんまりと笑う。いつもの意地悪な笑いかただ。
「じゃ、そこまでの電車賃、亮のおごりな」
「え? マジ? サンキュ」
「やったぁ~! さすが亮ちん、太っ腹ぁ」
「は?」
俺が首をかしげると同時、カラオケの店を出た三人が、俺をからかうように走りだす。
……てか、茅ヶ崎までの交通費のほうが高けぇんじゃね?
やられた。
気づいた瞬間、俺も三人の背を追って駆け出す。
冬特有の乾いて軽くなった空気が俺の横を通り過ぎて、うじうじしていた数分前の俺をどこかへと連れ去っていった気がした。




