5-4.
「そういえばさ」
放課後、人もまばらになった教室の真ん中を陣取って、どうぶつの町の攻略動画を見ていた俺と明は、大斗の声にそろって顔を上げた。
先ほどまでアプリゲームに勤しんでいたはずの大斗は、いつの間にかその手を止めて、俺たちを観察していた。
「なに?」
俺が尋ねれば、大斗はスマホの画面を見せる。そこには、『RTA冬期大会、出場者募集のお知らせ』と書かれたSNSの告知画像が表示されている。
「お前ら、大会でねーの?」
「大会?」
俺が首をかしげると、明がチラと俺を見る。その瞳に期待が宿っていて、おい、そんな顔で見んな、それ、出たいって意味だろ、と俺は明の視線から逃げるようにスマホを操作して動画を一時停止した。
「冬にでかいのあんじゃん」
話のわかる明に向かって、大斗が淡々と話しかける。明はそんな大斗と俺を交互に見比べた。
「あ、ある、けど……ぼ、僕たち、まだ、なんにも、実績ない、から……」
難しいかも、と付け加えられた声は小さく、俺に対する遠慮みたいなものがそうさせているんだろうな、と思った。
どうやら、大斗が言っている冬のでかい大会というのは、明がメイとしてきらメモを走った夏のRTA大会の冬版らしい。
まったく同じゲームで出場できるかは別として、一度出ている明には出場資格があるということだ。
つまり、冬の大会に出られないのは完全に俺の実力不足。俺は素直にそれを認め、そのせいで明の足を引っ張っているんだろうな、ということも自覚して、けれど、それを顔には出さないように努める。
多分、俺が謝りでもしようもんなら、明のほうがすごい勢いでへこむのだろう。俺にプレッシャーを感じさせるようなことを、こいつは嫌がる。
「実績なあ」
俺が濁せば、大斗はケロリと「作ればいい」と答える。
「そんな簡単じゃねえよ」
俺が明らかに不満を見せれば、大斗がふっと笑みを見せた。どうやら俺を試していたらしい。
「謙虚じゃん」
「さすがにな。明だけなら出れるかもしれねえけど……俺は、まだ無理」
「亮が素直なの、まじでつまんな」
「うざ」
俺が笑うと、大斗も笑う。大斗の冗談は分かりにくいけれど、大会のことは話題にしただけで、本気ではなかったのだろう。
「でも、いつか出れるようになんのかな」
何気なく呟けば、明がそんな俺をじっと見つめて、考え込むような仕草を見せた。
「あー、明? 別に、気とか使わなくていいから。別に、一位とれりゃ、大会じゃなくてもいいんだろ? 配信とかで時間がちゃんと残ってればいいって言ってたよな?」
冗談だぞって俺が明に話しかければ、明はハッと我に返ったように俺を見つめる。
「そ、そうなんだけど」
言いよどんで、明はゆっくりと息を吐いた。なにかを窺うように、じっと俺を見つめる。
「なに」
俺が促せば、明は再び口を開く。
「そ、その……新野、くんは」
「亮でいいって」
「りょ、亮くん、は……大会とか、で、出たい?」
期待という名の熱をこめた目が、俺を捉えて離れなかった。俺のどんなことでも絶対に受け止める、そんな顔つきの明は、多分、今、俺よりずっと男前だ。
「いや、俺、初心者だし……」
出てみたい気持ちはある。明が出ていた夏の大会は面白かったし、現地であの熱を味わってみたいとも思った。目の前でRTAの神プレイが見れるってのもいい。だが、そんな簡単なもんじゃないことはさすがに知っていて、夢を見るのは、少し怖い。
俺が言葉を濁すと、明は再び考えこんで、俺と、それから少しだけ大斗を見て
「実は」
と切り出す。
「僕が、出た大会は、ほんとに、実績がないとダメなんだけど……。ふ、冬は……そ、それの裏で、あ、裏っていうのは、別の配信サイトで、同じ、時間帯で、ってことなんだけど、初心者でも出れるやつが、やってて……。ぼ、僕……その、運営の人と、少しだけ、し、知り合いで……」
自信とか、確証がないからだろうか。明の声はどんどんと小さくなっていく。
「だ、だから、も、もしかしたら、ダメかも、だけど……りょ、亮くんが出たいなら、き、聞いてみようかなって」
最後のほうは、もはや俺も大斗も耳を澄まさなければならなかった。
だが、
「「まじ?」」
俺と大斗の声がそろう。明はびっくりしたように、俺たち二人を見つめ、それから慌てて取り繕った。
「で、でも、む、無理かもしれないし、そ、その! 約束は、できなくて! そ、それでも、よければ……」
俺でも、出れんのか。
そう思ったら、
「やる」
俺の口がそう動いていた。俺の即答に、大斗がにやりと笑い、明がまばたきを繰り返す。
もう、後戻りなんてしない。
「やろうぜ。ダメで元々だし、頼んでくれたら助かる」
嘘じゃないぞって証明するために、もう一度繰り返せば、やがて、明の顔がぱっと晴れやかになった。
「ほ、ほんと⁉」
「ああ」
「そ、それじゃあ! 聞いてみる!」
大きな声が教室いっぱいに響いて、数人のクラスメイトがこちらを振り返った。俺と大斗は明の口を慌てて塞いで、クラスメイトに「わりい」と苦笑を浮かべる。
「じゃ、決まりな」
「翔太と圭介に報告しよっと」
大斗がメッセージを打ちこむと、すぐに二人から『まじ⁉ 俺、応援しよ~』『俺も応援行くわ』と返信が入る。
明も明で、真剣な顔つきでスマホにメッセージを打ちこんでいた。
「まじで、真剣にやんねえと」
俺の宣誓に、大斗が少し驚いたような顔をして、けれどすぐに意地悪な笑みを浮かべる。
「当たり前だろ。自慢したいから、一位とれよ」
「大斗のためじゃねえよ」
「俺のためだろ」
「なんでだよ」
俺が顔をしかめると、大斗は俺をいじり倒して気が済んだのか肩をすくめて会話を切り上げた。
と、同時、明がスマホから顔を上げる。その顔は喜色に満ちていて、いいことがあったのだと誰にでもわかるくらいまばゆかった。
「た、大会! 出てもいいって!」
「まじ?」
「急展開すぎて草」
明は俺と大斗にスマホのメッセージ画面を見せる。どうやら、相手は先ほど明が言っていた『運営の人』とやらだろう。ちょうど募集を始めようと思っていたことや、枠が埋まらないかもしれなくて逆に助かる、メイくんなら大丈夫、と言ったことが書かれていた。
いや、軽くね? そんなもんでいいのかよ。
そう思うものの、俺の中に湧き上がった興奮がそれらの小さな疑問をすべて薙ぎ払っていく。
「が、頑張ろうね!」
明の笑みが弾け、俺もつられて笑う。
「おう」
やるぞって拳を突き出せば、明がよそよそしくも、嬉しそうにコツンと控えめに拳をぶつけた。
「あーあ、青春しちゃって」
大斗のからかうような声に、俺と明は恥ずかしげもなく笑った。




