5-2.
※特定のゲームを思わせるタイトルが登場しますが、実際の作品とはなんら関係はありません。
真昼間、始業式終わりに寄り道して、海を眺めながら食うフライドポテトとシェイク。それに友達、最高――なんて、顔をしている翔太を眺めて、俺の口からは思わずため息が漏れた。
「……なんでお前らまでいんだよ」
「んぇ? ひゃんへっへ」
「翔太、食べてから喋りなさい」
「ふぁーい」
「お前らがいると、こいつがビビんだよ」
「なんで? ただの友達じゃん」
大斗が当たり前のように言い、指についたディップソースを流れ作業のようになめとる。どちらがついでかわからないほどの温度感に、呆れというよりも笑いが出た。
「大斗の口からそんな言葉が聞けるとは思わなかったわ」
俺の隣で小さくなっている明に「悪い」と謝れば、明はブンブンと首を振った。
「そ、その……僕、嬉しくて……なんか、夢みたいで……」
なんか泣きそう、と呟いた声が本当に泣きそうだったから、俺たちは慌てて店のペーパータオルを明に差し出す。大斗だけが冷静に「なんで」とツッコみ、明は少しの困惑を混ぜてはにかんだ。
中学のころに負った傷と俺たちへの過度な憧れ。それを表情から読み取れる程度には、俺も明を理解しつつあるらしい。
「こいつらほっといて、ゲーム決めようぜ」
助け舟ってほど豪華なものではないものの、いかだくらいにはなるだろうか、と俺が促せば、明はホッとしたようにうなずいた。
「え、えっと……いくつか候補があるんだけど」
「きらメモ?」
「大斗は黙ってろ」
「あ、だ、大丈夫。きらメモも、実際候補にあるんだ」
「あるんだ」
「うん。きらメモなら、僕が教えらえれるし……ルートもたくさんあるし、運要素も多いけど、その分、タイムも出しやすいから。あ、でも、他にもあるよ! アースゲッサーとか、壺おじとか、あと、どうぶつの町とか」
ゲームのことになると突然饒舌になる明に、翔太たちがポカンと口を開ける。かくいう俺も、まだまだゲームの知識は少ない。
「ちょ、待って。なに?」
遮れば、明は「あっ」と口元を手で覆い、風船がしぼんでいくみたいにしゅるしゅると小さくなって俯いた。耳元まで真っ赤になっているのがわかる。
「別に大丈夫だから。で、なにが候補だって?」
「ご、ごめん……。ゆっくり喋るね」
明は呼吸を整えるように、シェイクに口をつける。控えめにそれを飲み込むと、今度は、俺以外の三人に向けても話すみたいに――まさに、配信者メイを憑依させたかのように――心地のよい音楽みたいなテンポでゲームの説明を始めた。
グーグレマップを使って場所を特定する『アースゲッサー』は、純粋な記憶力や、少ない情報から場所を特定する技術が問われるものの、操作自体は簡単で初心者向きだという。
一方の壺おじは、操作の技術が問われる。その名の通り、壺に入ったおじさんを操作して大気圏を目指して崖地を登るシンプルなゲームだが、シンプルがゆえにタイムを出すのが純粋な技術力にかかっているという。
「どうぶつの町は……」
「ああ、それは知ってる」
俺が口を挟めば、圭介も「俺の妹、いまだにずっとやってるんだよな」と笑った。大斗はもちろんプレイ済み、ゲームをしない翔太も「知ってる!」となぜか喜んでいた。
「でも、あれってシミュレーション系っていうか……クリアって概念なくね? どうぶつと一緒に町作って、スローライフ送ります、みたいな感じだろ?」
「借金返済RTAじゃね?」
俺の問いに答えたのは、明ではなく大斗だった。大斗の回答に、明が嬉しそうに目を輝かせる。
「そう! すごいね! 桐谷くん、詳しいんだね!」
「……まあ」
キラキラと目を輝かせる明に、珍しく大斗が複雑な表情を見せる。
「大斗、まじ詳しいじゃん」
本心から褒めたつもりだったけれど、照れ隠しか大斗が「うざ」と俺を睨んだ。もちろん、翔太と圭介もニヤニヤしていて、大斗から冷徹な視線を浴びていたけれど、多分二人には効果なしだ。
唯一、明だけは俺たちのやり取りの意味がわからなかったようで、首をかしげながらも説明を続け、俺たちを本題へと引き戻してくれる。
「えっと、どうぶつの町って、町についたら家を建てたりするんだけど……覚えてる?」
「ああ。なんか、タヌキだかキツネだかに、勝手に家建てられて、家賃請求されんだよな」
「そう、それなんだよね! その借金を返すために、お店の手伝いとかしてお金を集めたりするでしょ? その借金を完済するまでのタイムを競うのが、どうぶつの町、借金返済RTAってジャンルなんだ」
明の説明に興味を持ったのか、俺だけでなく、翔太と圭介も「へえ」と声を漏らした。
「なんかそれ、面白そうだな」
素直に感想を付け加えれば、明が「そうなんだよ!」と身を乗り出す。
「操作も簡単だし、ルールもシンプルでわかりやすいからすごく始めやすいんだよね! 運要素があるのも楽しいし。それに、攻略もほんとに人それぞれっていうか、チャートも色々あって……」
「はいはーい、大道先生、しつもーん」
まくしたてる明の言葉を遮って、なぜか翔太が食い気味に手を挙げる。水をさされて我に返ったらしい明は、少し恥ずかしそうに姿勢を正して翔太にはにかんだ。
「あっ、ご、ごめん……えっと、はい、柴田くん、どうぞ」
「えっとぉ、チャート? ってなんですかぁ?」
たしかに、と俺はほんの少し前の自分を思い出す。マルオのRTAを始めたころ、ネットで散々調べたのだ。
まだ数か月しか経っていないというのに、なんだかそれが遠い過去のようで、なんだかんだRTAにすっかりハマってんな、と俺自身に笑ってしまう。
俺が笑ったことに気づいたのか、翔太がむっと俺を見る。
「なに? 亮ちん、俺のことバカにしたでしょぉ」
「違うって。俺も調べたな、と思って。どうやって効率よく、早くクリアするか? みたいな攻略ガイドって感じ……だよな?」
俺がチラと明を見れば、明がニコニコとうなずいている。どうやら正解らしい。
「え、亮ちんすごいじゃん、やるじゃん」
うぇい、と翔太が俺に拳を突き出す。コツンと軽くぶつければ、翔太がにっと少年みたいな笑顔を浮かべた。
付き合わせた拳を離して顔をあげると、明がじっと俺たちを見つめている。かと思えば、その視線はすぐにそらされた。
なに、って俺が尋ねる前に、明が話を再開する。
「と、とりあえず、候補はそんな感じ、かな」
どうやら話は一通り終わったらしい。俺たちが脱線を続けるから、どうまとめるべきか考えたのかもしれない。
「ど、どうする?」
チラと俺を見る目は、まだなにか言いたいことがありそうだった。
多分、俺のやりたいものがあったかどうか不安なのだろう。俺がどれも嫌だって言ったら、それで終わってしまうから。
俺は考えるために、一度明たちから視線を外して海を見つめた。
まだ夏の香りをたっぷりと残した青が、周りのことなど素知らぬ顔でゆったりと揺らめいている。
――俺は、一番になりたい。
――俺は、明と、ゲームがしたい。
それ以外の周りのことなんて、多分、どうだっていいんだ。俺の体裁のためだけに、取り繕っていることはすべて、本当に欲しいものじゃない。
「……決めた」
俺が顔をあげると、珍しく翔太たち三人は静かに俺の言葉を待ち、対照的に、明はうるさいくらいにせわしなく瞳を動かして俺全部を観察していた。
「どうぶつの町、やろうぜ」
俺は、そのままの勢いに任せるように口を動かす。
「俺、お前と一番になりたい」




