4-5.
大道が無理やり笑っているのに、俺がそれを笑ってやらないでどうする。
俺は自分にそう言い聞かせて、
「とりあえず、次のゲーム、決めようぜ」
わざと明るい口調で大道に笑いかけた。大道ほど、言葉に意味を込められないから、俺は態度で示すしかない。大丈夫だって、言ってやりたかった。薄っぺらくならないように、もう大丈夫だって、俺はお前をいじめたりしないって、大道に対してだけは、そういうことを伝えられるやつになりたかった。
「……新野くんは、もう、怒ってないの?」
「怒ってねえって。てか、あれ、俺が悪いだろ。八つ当たりだったし」
「……で、でも。信頼されてないって思われてもおかしくなかったなって思って!」
「だから、別にいいって」
気を抜くとすぐに口調が荒くなってしまう。俺はぐっと腹に力を込めて、無理やり口角をあげる。
「まじで、お前、悪くねえから」
これだけは本当だって、信じてもらえるように。
俺が言うと、大道もまた口を閉ざした。大道は少し考え込んで、俺に、というよりは自分を納得させるように「うん」と小さくうなずく。
俺と大道の間に、長い沈黙がはさまった。俺はコーヒーを口に運び、大道を見つめる。
多分、と俺の頭に考えがよぎった。
言うなら、今だ。
大道は必死に秘密を打ち明けてくれた。それに報いなければ、俺はまた後悔する。
俺はコーヒーのカップを両手でぐっと握りしめる。
「……俺の、八つ当たりなんだ。全部。お前の才能とか、努力とか……その、ゲームの腕とか、そういうのに、嫉妬して、八つ当たりした」
言いきって、俺は息を吐き出す。自分の声も、さっきの大道みたいに震えているのがわかった。
でも、大道とは対等でいたくて、大道に、対等だと思ってほしかった。
俺たちは一緒にゲームをするだけだけど。それを友達って言うなら、俺は、大道と本気で友達になりたかった。
怒って、後悔して、謝罪して、でもそれに返信がなくて焦って、最寄り駅まで突撃してしまうくらいには、俺は、本気で大道のことを尊敬していて、大道と向き合いたいんだって。
もうとっくに、わかっていたから。
「……俺、自分のこと嫌いなんだ」
「え?」
俺の告白に、大道は間抜けな顔で答えた。それも大道らしくて、俺の緊張を一気にほどいてしまう。
「俺の兄貴、知ってるだろ。新野勇輝。お前の塾講師」
俺の質問に、今度は大きく目を見開く大道。
「あっ! え! え? し、知ってる。え、新野くんのお兄さんなの⁉」
俺がうなずくと、大道は首を大きく縦に振った。
「全国模試一位だって! あ、あと、テニスの大会もすごかったって。大学も……」
「そう、超優秀なわけ」
「え、すごい! すごいね!」
「……まー、嫌になるくらいな」
俺の一言に、大道がピタリと動きを止める。カラリと笑って見せたけれど、その奥にあるものまではごまかせなかったらしい。大道の興奮がみるみるうちにしぼんでいく。俺は大道に謝られたくなくて、すぐさま言葉を続けた。
「俺、あの兄貴に比べられてんの。あ、別に、謝るなよ。お前、悪くねえし。同情されんのも嫌だし」
なんでもないことだとは言えなくて、代わりに素直に「悔しくてさ」と吐き出す。
今まで誰にも言えなかった。言ったら、馬鹿にされると思って、話したくなかった。
それなのに。
「俺、一位になれたことないんだ」
話し始めたら、止まらなかった。
大道は俺の顔をじっと見て「意外だね」と相槌をうつ。
本当に意外だと思ってくれていることがほんの少しだけ誇らしいなんて、馬鹿みたいだ。
「部屋のトロフィーも、見ただろ? 銀とか、銅とか、二位とか、三位とか。まじで、一位になれなくて。なんでも一位になれる兄貴と比べられて。まじで、そういう親も、兄貴も、自分も嫌で」
俺は息を吐き、コーヒーを口に運ぶ。
「……ゲーム、始めたのも、誰でも一位になれるって聞いたから。俺でも、できるんじゃねって」
正直、大道のことを見下していた。大道にできるなら、俺にもできるだろって。
俺が呟くと、大道はぎゅっとフラペチーノの入ったカップを握りしめる。プラスチックがパコッと悲鳴をあげる。
大道は嫌な顔一つせずに、俺を見つめたままうなずいた。
「だから、俺、こないだの大会で大道がまじですげえやつってわかって……俺、嫉妬して、八つ当たりした」
大道のまっすぐな目から、目を離してはいけない。本能が、そう告げる。
「ごめん」
いつもはわかりやすいのに、どうしてか今回だけは大道の表情は変わらなくて。
一気に俺の心に不安が押し寄せる。
「あー……その、それがわかって、だから、お前とやり直したいっていうか……その、俺、いつの間にか、お前とゲームすんの楽しくなってて」
言うつもりのなかったことまで、取り繕うように口をついて出る。
だんまりを決め込む大道に、どうすればいいのかわからなくて、ついに俺は大道から目をそらした。
黒々としたコーヒーが自分の情けない顔を映す。
「……ありがとう」
小さな大道の声が、するりと耳に滑り込んだ。
表情が変わらなかったのは、大道が泣くのを必死にこらえていたからだってわかったのは、それから数秒後だった。
顔をあげた先、大道が必死に唇を結んでいる。肩が震えていて、今にも泣きだしそうだった。その顔があまりにも小型犬みたいだったから、
「な、んだよ」
俺は思わず笑ってしまう。
すると、堰を切ったように大道の目からポロポロと涙がこぼれた。
「ちょ、おい」
慌てる俺に、大道の「ごめん、なんで僕」と困惑したような声が聞こえる。
メガネを外して涙を必死に拭う大道は、俺と変わらない子供みたいな姿だった。
「僕……今、やっと、新野くんと、友達になれた気がする」
こんな風に恥ずかし気もなくさらりとくさいセリフを言える大道をやっぱり羨ましいと思わずにはいられなくて、俺はただ苦笑した。
「だったら、その名字呼び、やめろよ」
「え?」
「友達だろ。俺のこと、みんな名前で呼ぶから」
恥ずかしくて、うまく言えない自分がやっぱり情けなくて。
「お前のことも、名前で呼ぶから」
真っ赤になる顔を隠すためにコーヒーを思い切りあおる。大道が「え? えっ⁉」と驚いている声が、氷のこすれる音の隙間に心地よく響いた。
「次のゲーム、決めろ。明」
空っぽになったコーヒーを置いて言い放つ。
明は目をパチパチとさせ、それから、大きな声でうなずいた。




