4-3.
「ちょっとぉ! 亮ちん、うざいんですけどぉ!」
珍しく怒ったような翔太の大声で、俺は「は?」と顔をあげた。
口をとがらせた翔太と怪訝そうな大斗、心配そうな圭介。その三人と順番に目を合わせれば、状況は理解できる。こみあげた気まずさをごまかすように「悪い」と適当な謝罪をつける。
だが、それが逆に場を白けさせた。上滑りした謝罪を取り消すボタンはない。
俺は逃げだしたくなるのをこらえて、氷が溶けだして薄くなったコーラを流し込む。その間の空白を埋めるものは、夏休み最終日を惜しむようなファミレスの賑わいだけだ。
「なんだっけ」
俺が平静を装うと、翔太が「もういいってぇ」とだるそうに俺を睨んだ。
「だから悪かったって」
今度は翔太を見て、ちゃんと謝る。機嫌を取ったつもりはないけれど、ため息をついた翔太に、俺は自分のミスを恥じた。翔太は明らかに、さっきまでの会話すら覚えていない俺を見抜いている。翔太は呆れたようにスマホを触った。
「そんなに無視するなら、もう話かけないからぁ」
頬を膨らませる翔太に「彼女かよ」と苦笑すれば、翔太は両手で頬杖をつく。翔太のぶりっ子ポーズだ。
「彼女だって思うんなら、もっと大事にしてよぉ!」
「うざ」
げんなりとした表情であしらえば、翔太が「キモ、じゃないんだ」と笑った。
仲直りなんて大げさなもんじゃないけど、翔太とはこんな会話でいつも通りに戻れる。
――翔太とは、これだけでいいのに。
また違うことを考えている。俺がそう思った瞬間、
「亮さ」
圭介の控えめな声が俺を現実に引き戻した。
「なんか、あった?」
「え、なにが?」
「なにってことはないけどさ。上の空って感じだから」
「まじそれな」
圭介だけでなく、大斗もはぐらかされてはくれないらしい。いつになく真剣な目が俺を貫く。
「……別に」
なにもねえよ、と言おうとして、喉の渇きがそれを許さなかった。さっきコーラを飲み干したばかりなのに、うまく言葉が出てこなくて、俺はまた作り笑いを浮かべる。そんな俺の頬を翔太がつついた。
「亮ちん、嘘つくの下手だよねぇ」
ニヤニヤと笑う翔太も、目の奥では笑っていない。翔太だって嘘をつくのが下手だ。
「ずーっと失恋しちゃったって感じの顔してるんですけどぉ」
「はは、失恋は言い過ぎだけどさ。なんか、嫌なことあったのはわかるかな」
「負のオーラ出しすぎ」
翔太に圭介と大斗が乗っかり、すっかり三対一になる。なんだよ、それ。ごまかすように笑ってみたけれど、三人は騙されないぞと俺を見つめていた。
「一時間千円な」
大斗が手を差し出す。俺が「うざ」と手をはたけば、大斗は「お前がな」と俺の手をはたき返した。
「まあ、亮が話せる範囲でいいけどさ。聞いてもアドバイスとかできないかもだし」
圭介が俺と大斗の間に入って笑う。嫌味のない姿勢を見習え。俺が大斗に目で訴えれば、お前がな、と大斗は肩をすくめた。
「女の子紹介してあげよっか?」
明るさをどこからか引っ張りだしてきた翔太がスマホの連絡先一覧を俺に見せる。
「いらねー、てか俺、翔太と趣味あわねえし無理」
「なにをぅ! もう絶対紹介しないからね! 後悔しても遅いんだからね!」
「しねえって」
俺はヒラヒラと手を振れば、翔太はようやくスマホをポケットにしまいこんだ。
再び俺たちの間に沈黙が訪れる。店内のBGMが新商品を紹介している。圭介のグラスに入った氷が、カランと音を立てた。
俺を見る三人の視線に耐えられなくて、俺は空っぽのグラスに視線を落とす。
大道のこと。ゲームのこと。一位になりたいって気持ち。
いつの間にか、重たくなっている。隅に避けても、よけきれないくらいに、存在感を放っている。
そのことに気づいて、俺は自分の馬鹿らしさに自嘲した。大道にはもう、散々ダサイことしてて。っていうか、俺、そもそもこいつら三人になにかっこつけてんだって。
けれど、すべてを正直に話す勇気はやっぱりなくて。
沈黙の気まずさと、自分が背負った重みとを天秤にかけて、俺は咳払いをひとつ。
「……あー……別に相談ってほどじゃねえけどさ……」
そう切り出してみて、恥ずかしくなった。まだかっこつけてるって。それが一番ダサイって知ってるのに。俺は顔に熱が集まっていくのを感じる。
夏のせいだ。全部。てか、ここのファミレス、冷房壊れてんじゃねえの。
それでも、翔太たちの視線が続きを促しているのがわかった。だから、今更、やっぱりナシ、なんて言えなくて、俺は渋々話を続ける。
「……ケンカした、やつがいて。メッセージ送ったけど、返信なくて」
どうすればいいと思う、なんて、勢いに任せて言えば、予想とは違って沈黙が返ってきた。恥ずかしさから、なんとか言えよって三人を睨む。
やがて、三人は示し合わせたように顔を見合わせて破顔した。
「ウソでしょ⁉ 亮ちん、まじで失恋⁉」
「てか、子供かよ」
「いや、まさかまじで亮からそんな話聞く日が来るなんて思ってなかったな」
しみじみと呟く圭介の言葉が一番恥ずかしさを煽る。
「うるせえな! てか、お前らが言えって言ったんだろ!」
俺が声を上げると、店員と目が合って、俺は慌てて声のトーンを落とした。
「だから、言いたくなかったんだよ」
うざい。三人の視線を遮るように顔を伏せる。だが、ヒイヒイと笑う大斗の声が収まるころには圭介が
「もう一回連絡すればいいじゃん」
と俺をからかいもせず、当たり前のように解決策を言い放っていた。それに続いて、翔太が言う。
「俺なら直接会いに行く! メッセージだけで終わるとか嫌じゃない?」
「翔太のそういうとこ、うざいよな」
「ひど! じゃあ、ヒロはどうするわけ?」
「放置。それだけのやつってことだろ。相手するだけ無駄」
「えー、そっちのほうが嫌なやつじゃん! てか、忙しいだけかもしれないし」
「まあ、今回の件は俺も翔太寄りかな。ケンカ別れって普通に寂しいよな」
俺を置いて、三人はワイワイと盛り上がる。ケンカして、メッセージが返ってこなくて、でも、それがなんだって、当たり前みたいに笑った。
「てか、そんなことで落ち込むとか。まじで亮、うざ」
「なっ! う、うざくねえし!」
「意外と繊細だよねぇ、亮ちん」
「はは、意外は失礼なんじゃない?」
「別に失礼じゃねえし。てか、繊細じゃねえし」
完全にからかわれている。ほほえまし気に俺を見るな。
「お前ら、まじでうぜえ!」
俺は強がりを残して立ち上がる。
「あ、亮ちん、ドリンクバー行くならメロンソーダ取ってきてぇ」
「行かねえ!」
押し当てられた翔太の空っぽのグラスを押しさげて、俺は財布から千円を取り出す。ドリンクバー代とポテト代にしては多すぎだけど。翔太と大斗と圭介なら、この金が礼だって伝わるだろうと思った。
「……俺、ちょっと行ってくるわ」
背中から「どこに」でも「頑張れよ」でもなくて、当たり前みたいな「いってらっしゃい」が聞こえる。
ファミレスの自動ドアをくぐれば、眩しいくらいの夏の日差しが俺を照らしていた。




