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その指先に閃光を  作者: 安井優
ステージ4.ゲームオーバー?

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21/61

4-1.

 隣でマルオカートを一生懸命に解説する大道の姿と、先日、きらめきメモリアルをプレイしていたメイの声が重なる。


「新野くん?」


 聞かれて、俺はハッと我に返った。モニターに映ったマルオは周回遅れでブレーキを踏み続けている。俺みたいだ、なんて、馬鹿な考えがよぎった。


 俺は握っていたコントローラーを下ろす。段ボールで作ったそれは湿気に弱くて、汗なんかもってのほかで、操作性は悪いし、ゲームセンターでプレイする何倍もうまく運転ができなくなっている。


 俺の部屋は、クーラーだってガンガンに効いているはずだけど、麦茶の入ったグラスは結露で机に水たまりを作っていた。


「……どうか、したの?」


 不思議そうに俺を覗き込む大道に、俺はただ目を向ける。


 俺じゃなくて、お前は。お前は、どうもしねえのかよ。


 まだ、RTAの大会に出ていたメイが大道と決まったわけじゃない。大道が、RTAの大会できらめきメモリアルをプレイして、先日自分が打ち出した世界新記録とやらをまた更新して、世界中のいろんなやつから祝福の言葉を投げかけられて、動画配信サイトで数万回再生されるような、そんなすげえやつだって、決まったわけじゃない。


 それなのに。


「具合悪い?」


 大道の声を聞けば聞くほど、俺みたいにお遊びでやってるような、一位になりたいって子供みたいなわがままでゲームしてるやつとは違う世界の人間なんじゃないかって。


「あ、他のゲームにする? やっぱりこれ、ちょっと難しいよね。僕、あんまり練習できなくてさ。もっと操作性とかいいのかなって思ってたから」


 こいつも結局は、一位を取れるやつで、俺なんかとは全然釣り合わないんじゃないかって。なんで言ってくれないんだ、とか、俺だって祝福するくらいの気持ちはあるのに、とか、本当は俺のことずっと馬鹿にしてたんじゃねえのって。


 ――そんなこと、思いたくないのに。


「……一位、おめでとう」


 声に出した瞬間、大道の目がみるみるうちに見開かれた。大道の手に握られていたコントローラーが床に転がって、思っているよりも重たい音がした。


 テレビからは次々とゴールしていくキャラクターの声が聞こえる。


「あ、えっと……その、ありがとう」


 照れたようにはにかむ大道は、会わない間に少し前髪を切ったらしい。いつもよりよく顔が見える。想像していたよりも長いまつげや、笑ったときにできたえくぼを初めて見たせいで、まるで知らない人と話しているみたいだった。


「なんで、隠してんだよ」

「え……あっ」


 困惑が失態を含み、大道の目がレンズ越しに泳いだ。


「……か、隠してたとかじゃ、なくて。その、言うタイミングがなかったっていうか……。そ、そもそも! ぼ、僕なんか、新野くんに見てもらえるほどのものでもないし! っていうか、ほら、新野くん、べ、別にきらメモとか興味ないでしょ?」


 そのむなしい笑い声が、俺の心を無性に苛立たせた。


「なんだよ、それ」


 一位をとれるやつが、僕『なんか』って言うのが気に食わなかったのかもしれない。


 俺が大道のゲームを、すげえって素直に思ったゲームを、興味ないって一言で片づけられたからかもしれない。


 だけど、本当のところ、なんでこんなに腹が立つのかなんて、微塵もわからなかった。


 わからないから、余計にイライラした。


「僕、普段、マルオとかやんないし……。きらメモばっかだし。あ、新野くんみたいな人にはあんまりわかんないっていうか」

「たしかに、よくわかんねえよ。RTAの大会も見たけど、意味不明だったよ。だいたい、専門用語多すぎなんだよ。身内で盛りあがってるし。お前、ヘラヘラしてるし。普通に友達いんじゃん。有名人でさ」


 笑いたくもないのに、鼻から漏れた息が乾いた笑い声になった。


「……一位、簡単に取って、僕なんかって、腰低すぎて逆にうぜえよ」


 大道の丸々とした目からは涙がこぼれてもおかしくないほど、大道の顔は哀しみに満ちていたのに、涙の一滴も落ちなくて、代わりに大道はへらりと目を細めて見せた。


「……ご、ごめん」


 配信で聞いたものよりも数倍小さな声量だった。


「新野くんを馬鹿にしたわけじゃなくて……。その、ぼ、僕、ほら普段から別におもしろくないでしょ? だ、だから、僕なんかの配信とか、多分、面白くないっていうか……いつも、僕と一緒にいても、つ、つまんないよね」

「そんなの、お前が決めんなよ」


 なんだよ、これ。だせえ。


 俺はモニターの電源を消して、コントローラーを片付ける。


「別に、ゲームも、RTAも、面白かったよ」


 こんな話がしたかったわけじゃない。なのに。


「お前が配信してるって言ったら、喜んで見たよ。応援だってした。RTAの大会も、すげえって思って見てたよ」

「あ、新野くん……」

「なのに、お前は……。ゲーム配信のこと、隠すくらいに、俺のこと、どっかで信用してねえんじゃねえの」


 大道がそんなこと、思うわけないって、知ってるのに。


「ち、ちが!」


 俺は、こいつの隣に並ぶ資格なんてねえって、そのことが、ただ、悔しいだけなのに。


「もう、いいわ。どうせ、俺、一位とかとれねえし」


 大道の荷物をまとめて押し付ける。顔はもう見れなかった。


「悪い……。今日、バイトだったわ」


 せめて、この嘘を、君が信じてくれますように。


「今日は帰ってくんね」


 押し付けたリュックが俺の手から静かに離れていく。


「ごめんね」


 背後で締まった扉の音が、泣いているみたいに聞こえた。かすかに、またね、と聞こえたような気がして、それが俺の空耳なんかじゃなければいいのにって、そう思うしかできなくて。


 ただの劣等感を押し付けた。


 大道は、なんにも悪くないのに。


 階下から「あれ、もう帰るの?」って母の声がした。「お邪魔しました」って愛想のいい返事も。それから、少しして、玄関先の門が開く音と、自転車のストッパーをあげる金属音。それをかき消すみたいな飛行機の音。


 窓の外の青い空に、飛行機雲がまっすぐ横切っていく。俺の心を真っ二つにするには、あまりにも白くて、眩しすぎる。


 ――全部、最悪で、最低だ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] あーあー、やっちゃった。 少年。その気持ちは分からなくもないが、関係性ってのはそんなすぐにできないもんなんだよ。。。 ( 一一)
[良い点] 亮くんの劣等感も痛いほど分かって大道くんの(言い方悪いですが)卑屈な気持ちもまた痛いほど分かって(良い意味で)辛くなりました。貴重な読書体験をありがとうございます!
2024/03/15 23:39 退会済み
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