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3−2

 その日の生駒は、朝からぐったりとしていた。


 昨日、講習の片付けを放り出した挙げ句、無関係な自殺事件に首を突っ込んだせいで、署に戻るなり課長から大目玉を食らった。

 その後、署長らも加わった説教大会が始まり、ついには始末書まで書かされてしまう。


 そうした処理をひと通り済ませ、家に着いた頃にはもう、22時を回っていた。

 当直明けにもかかわらず、ろくに睡眠時間がとれなかったことで、彼は出勤直後から強烈な眠気に襲われていた。


「生駒ちゃん、昨日は大変だったみたいね」


 と、暢子が話しかけてくる。


「おはようっす、鳥海さん……」


「罰として担当を外されて、今日はずっと書類仕事なんでしょ?」


(どうしてこの人は、こんなに情報が早いっすか)


「おい、生駒」


 不意に、背後から声をかけられる。

 振り返ると、大学時代からの先輩、天城凛が立っていた。


「おはようっす、天城先輩」


「まったく、昨日は損な役回りをさせおって。

 無垢な高校生たちを相手に、根掘り葉掘り話しを聞くのは、さすがに心が痛んだぞ」


 それが刑事の仕事だろうに、と生駒は思った。


「それで、どうだったっすか?」


「あの場に居合わせたのは、偶然だと言っていたぞ」


「……表向きはそうなんだろうっすけど。

 その先は? 何か聞き出せたっすか?」


「その先も何も、話はそれで終わりだ。

 事件との関係はなさそうだったから、帰した」


 生駒が、大きくうなだれる。

 さすが凛ちゃん、と暢子が生駒に同情の目を向けた。


「仕方がないだろう。遺書も見つかり、自殺であることは明白なのだ。

 多少、不審だからというだけで、いつまでも引き止めてはおけない」


(まぁ、確かにそうっすね)


 生駒は、自分を納得させる。元々、確証のない話なのだ。

 しかし、彼の勘は告げていた。彰たちがあの場にいたのは、偶然ではない、と。


「彼ら、あえて話しかけてくることで、自分を追い払おうとしたかもっす」


「どういうことだ?」


「その子たちが、噂の『死神』かしら?

 もしかして、生駒ちゃんに自殺を止められたくなかったから?」


 暢子の言葉に、生駒はうなずく。

 自殺者が飛び降りたのは、ビルの屋上からだ。柵を乗り越える彼女を、もし自分が見かけていたら、きっと制止しただろう。


「なぜ、自殺を止められたくないのですか?」


 凛が、暢子に尋ねた。


「最近、よく人死にの現場にやって来て、死体の写真を撮っていく子がいるらしいの。明高の生徒だって」


 ――死神少年。

 本人を目の前にして、つい口から出てしまった。


 生駒は最初、噂の高校生は、吹雪だと想像していた。

 しかし、違った。彰に出会ってみて、強く確信した。


 死亡事件を目の当たりにして、あの落ち着きよう。

 警察官のそばで、死体を撮影をする、あの大胆さ。


 間違いない。「死神」は、彰だ。

 吹雪は、もし関わっていたとしても、彼に協力している程度だろう。


「彼らは、あの場所で飛び降り自殺が起きることを、知っていたということですか?」


「だからこそ生駒ちゃんは、その子たちを尋問するよう、凛ちゃんに頼んだんでしょ」


「何? そうなのか?」


(事前にちゃんと説明したっすよね……)


「だが、彼らはどうやってその情報を?」


「だから、生駒ちゃんもそれを知りたかったんでしょ」


「何? もっと早く言え!」


(よく刑事が務まるっすね、この人……)


「もし、その考えが正しかったとして。彼らの行いは、罪になるか?」


「――自殺教唆罪、もしくは、自殺幇助罪に当たる可能性があるっす」


 刑法第202条。

 人を教唆し若しくは幇助して自殺させ、又は人をその嘱託を受け若しくはその承諾を得て殺した者は、6月以上7年以下の拘禁刑に処する。


「『教唆』は自殺を決意させる行為、『幇助』は自殺を決意している者に対して、自殺を容易にさせる行為を言うっす」


「その高校生たちがした、生駒ちゃんを追い払う行為は、『幇助』に当たるかしら?」暢子が言った。


「当たらない、とは言い切れないっす。


 幇助犯の要件に、『正犯者の犯罪実行を物理的または心理的に容易にすること』というものがあるっす。

 これには、正犯者の『幇助された』という認識は不要で、共犯者による片面的なものでも該当するっす。


 人払いという行為は、一般的に『犯行を物理的に容易にする行為』に該当しうるっす。

 また、彼らが進んで協力を申し出るなど、正犯者の背中を押すようなことをしていたら、『心理的に容易にした』とみなされることも、ありえない話じゃないっす」


「なるほど。わかった」


 と、凛が言った。

 絶対わかってない、と生駒は思った。


「直接、聞きに行こう」


「え?」


 凛が、生駒の腕を掴む。


「おまえ今、仕事を干されているのだろう? 好都合だ。彼らの学校へ行くぞ」


「今日は日曜っす。学校は休みっすよ」


「なら、家だな」


「本気っすか?」


 凛に引っ張られ、生駒は立ち上がる。

 暢子を見ると、さも愉快そうに、ひらひらと手を振っていた。

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