第7話 刺客の襲来
今日も今日とて推しカプの観察日和である。
彼らのいる平原をよく見れる丘の上で、俺は飽きもせず主人公一行をストーキング――もとい、観察をしていた。
いや、これは別に俺が推しカプをずっと眺めていたいというだけでやっているわけではない。
彼らが揃ったということは、そろそろ次のイベントが発生するはずなのだ。
ヴァンガード教会からの刺客の襲来である。
もちろん、原作通りに進めば彼らはこのイベントを乗り切れるはずだ。
しかし、この世界がどこまで原作通りに進むのか俺には未だ分からない。
「Souls light nobly」においては、平行世界が存在することが何度か言及されているのだ。
分岐先によってはリオグレンたちが死亡している未来も普通にあるようだ。
なので、刺客が襲撃してきた時に主人公一行を援護しよう、と考えている。
……あー、でももう少しこのまま観察していたいなあ。フレンの笑顔可愛い。
などと考えていると、俺の第六感が殺意を感じ取った。
ああ、来たな。
癒しの時間は終わりだ。
俺は敵と相対する主人公一行の動きを注視しつつも戦いの準備を始めた。
◇
「――待て。誰かがすぐそばに潜んでる。随分と殺気立ってるぞ」
何度も修羅場を乗り越えてきた経験を持つギルが真っ先に殺意に気づいた。
彼の警句により全員が足を止めると、やがて茂みの中から人影が現れた。
「おやおや、まさか私の待ち伏せが気づかれるとは……少し侮りましたか?」
現れたのは黒色の神官服に深緑色のフードを被った男だった。
彼が着ているのは、聖王国においては一般的なヴァンガード教会の神官服。
ただし、通常の白色とは異なり、その生地は真っ黒だ。
一般の神官が身に着けないそれは、彼の身分を示している。
「黒牧師……」
教会とは因縁のあるギルが呟く。
黒牧師とはヴァンガード教会において荒事を担当する聖職者たちの名だ。
反乱分子の排除。他国の間者の始末。破壊工作など、その仕事は多岐にわたる。
つまり、聖王国の暗部を担う者たちだ。
直接戦闘を担当する黒牧師は、例外なく優れた戦闘力を有する。
事実、リオグレンたちは目の前の彼の殺気に少々気圧されているようだ。
「私は黒牧師第二位階、『ハンター』です。あなたたちが死ぬまでの短い間ですが、よろしくお願いしますよ」
そう言って、彼は背中に吊り下げていた弓を取り出した。
長さは1mに満たない程度。木製のグリップを握る姿は堂に入っている。
「では――いざ」
ハンターが矢を番える。
すると、矢は一瞬にしてヘビの形へと変化した。
目玉をギョロギョロと動かしチロチロと舌を出すその姿は、本物の蛇のように見える。
「なっ!?」
「遠距離攻撃系のソウルライトだ! 注意しろ!」
ギルの警告が飛ぶのと、矢が放たれるのはほぼ同時だった。
「狩猟弓――毒牙持つヘビ」
放たれた矢、あるいはヘビが襲い掛かったのは、リオグレンだった。
ヘビは空中で身をくねらせ、不規則な軌道で襲い掛かる。
しかし、リオの強化された反射神経ならばこの程度の動きなら対処できる。
動きを見極めた彼が剣を一振りすると、ヘビの体は縦に真っ二つにされた。
破壊されると、ヘビは元の矢の状態に戻って地面に落ちた。
ローラが安堵のため息をつく。
しかし、全員の目がそちらに奪われている間に既に二の矢は放たれていた。
「狩猟弓――疾走する狼の矢」
先ほどのヘビの比ではない超高速の一撃だった。
放たれた矢は、狼の姿へと変わる。
それは一直線にギルの元へと迫り、彼の腕に嚙みついた。
「ガッ!?」
ソウルライトを使う隙すら与えられなかった。
不意を突かれ片腕を拘束されたギルは己の力を十分に発揮できない。
狼は、ギルの腕を咥えたままその体をヌンチャクのように振り回すと、中空へと投げ出した。
「グッ、アアアアアア!」
上空に投げ出されたギルは重力に従い地面へと落下する。
内蔵が飛び出すかと思う程の衝撃に晒されたギルは一瞬にして意識を刈り取られた。
その様子を見たハンターは満足そうに笑った。
「ヒヒッ……最も厄介そうな敵は排除できましたね。さて、次は……」
「――『氷の矢よ!』」
思考を巡らせるハンターに、フレンが魔法を放った。
ソウルライトに目覚めてからも魔法の鍛錬を絶やさなかったフレンの一撃は威力、狙い共に一級品だ。
しかし、全員の挙動を観察していたハンターに隙はなかった。
視線の向きから狙いを察したハンターは氷の矢を身のこなしで避ける。
「次に狩るべきはあなた、でしょうかね」
再び番えた矢が変化する。その姿は蛇。最初に放った矢と同じだ。
放たれた蛇がフレンの元へと迫る。
彼女は素早く動き回避しようとする。
しかし、ヘビの挙動はそれに追従して急カーブする。
リオグレンとは違い近距離での迎撃手段を持たないフレンは、それに反応することができなかった。
「キャッ!?」
ヘビがフレンの腕に食らいつく。
傷は大きくない。しかし、ヘビに嚙みつかれたフレンは瞬く間に顔色を真っ青にしてその場に倒れ込んだ。
「フレンさん!?」
「ローラ、毒だ! フレンの治療を最優先にして!」
ローラの悲鳴が上がり、状況を把握したリオが指示を飛ばす。
それを見たハンターは唇を三日月のように歪めて笑った。
「ヒ、ヒヒヒ! やはり狩りはこうでなくては! ――さて、それでは最後に一番容易いターゲットを狩りましょうか」
弓を構えたハンターがリオグレンに向き直る。
リオはハンターの殺意に恐怖を覚え、自分の足が重くなる感触を覚えていた。
彼は元々単なる農民に過ぎなかった。
冒険者としての経験もまだ数か月ほど。
人間同士の命のやり取りなど、ほとんど経験したことがない。
剣を握る指はまだ微かに震えている。
「う……おおおお!」
それでも、彼は仲間と幼馴染を守るために駆けだした。
ソウルライトによって強化された脚力が彼の体を超高速で動かす。
「ヒヒ……まるで猪ですね」
しかし、直線に突っ込んでくる獲物の対処はハンターには容易いことだ。
素早い身のこなしでリオの突進を躱したハンターは、すれ違い様に素早く矢を放った。
「ぐっ……!?」
3連続で放たれた矢がリオの背中に命中する。
ふらつく彼へ、狙いすました追撃の一矢。
最後の矢は、アキレス腱を完全に貫き、リオの動きを封じた。
「っ……」
「リオ! リオ!」
ローラが悲鳴を上げる。
リオは体に何本も矢が刺さった痛みから身動きすら取れない。
「ヒ、ヒヒヒヒヒ! 無力化完了、ですね! さて、このまま生贄の少女を連れ帰れば任務完了ですが……まあ、もう少し楽しんでもいいでしょう」
気味の悪い笑みを浮かべるハンターが倒れるリオの元へと近づいていく。
「爪を剥ぐのはこの前のターゲットで飽きましたから……今回は人間は何本の矢が刺されば死ぬか、試してみましょうか?」
――彼は極めてタチの悪いサディストだ。
この後、彼はリオを執拗に甚振り、ローラの悲鳴を聞いて悦に浸る。
既に戦闘不能のギルとフレンも助けに入れず、リオは自らの無力を痛感することになるのだ。
「――死を告げる霧」
まあ、そんなイベントは潰させてもらうのだが。
俺は霧を展開させると死神の大鎌を手にハンターの元へと歩み寄った。




