第10話 オタクの歓喜
主人公一行がハンターと戦った傷はそれなりに深かったようだ。
ギルは腕部分からの激しい出血と内蔵へのダメージ。
フレンは軽い出血と毒による衰弱。
リオは体に何本も矢を受けたことによる多数の刺傷と出血。
傷がなかったのはローラだけだ。
ハンターの属するヴァンガード教会の目的はローラを連れて帰ることだ。
そのため、彼女を傷つけるわけにはいかなかったのだろう。
しかし自分1人が無傷で助かってしまったローラは、そのことを気に病んでいるように見えた。
ローラの治癒魔法によって彼らの傷はだいたい治った。
ただし、治癒魔法も万能ではない。
失った血液は戻らないし、重症のリオについては未だに傷が完全に塞がっていない。
全員が最低限動けるようになった後で、俺は彼らと一緒に食堂の卓についていた。
「あ、僕水取ってくるよ」
「リオはあんまり動いちゃダメ! まだ全部の傷を治せたわけじゃないんだから!」
「で、でも大人しくしてるのはもう飽きたっていうかさ」
「でもじゃない、病人は安静にしてるのが仕事なの! 私が取ってくるから、座ってて!」
おお、推しカプの会話をこんな近くで観察できるとは……!
ローラがこうして強い口調で物を言うのは珍しいことだ。
彼女が怒るのはリオグレンが無茶をしようとする時だけだ。
心配なのだろう。自分のためならどこまでも無茶をしてボロボロになってしまうリオのことが。
厳しい口調は優しさの裏返しだ。
リオもそれをなんとなく分かっているのだろう。居心地悪そうにしながらも、大人しく座っている。
ああ、たったこれだけの会話でこれだけの情報を読み取れるとは……やはり推しの観察は最高だな。
それに、「死神の眼」でストーキングしてた時と違って会話の内容まで聞こえるのは豪華だな。
これお金とか払わなくていいのか? グッズ販売とかない?
「……ブルームさん、相変わらず小食ですね」
「うん。私の体、燃費がいいから」
横に座るフレンに話しかけられたので答えておく。
ブルームの体はいつまでも成長しないので大して食べなくても満足できる。
食事の楽しみが減ったのは少し悲しいが、推しカプを観察していれば栄養補給は無限にできるので問題なしだ。
「ブルームさんは私と別れてからは何を?」
「普通に冒険者やってた。賞金首の依頼を主に」
「……やはり、家族の仇の情報を……いえ、なんでもありません」
フレンが何か言いかけた気がしたが、彼女はそれ以上何も言わなかった。
代わりに俺に話しかけてきたのはフレンの隣に座るギルだ。
「なあ、『白霧の死』ってアンタのことだよな? 悪名高い賞金首ばかりを倒してるっていう」
「多分そう」
2つ名みたいな奴は勝手につけられたので俺はよく知らない。
賞金首については報酬の良さそうな奴を適当にやっているだけなので「悪名高い」とかはあんまり気にしてない。
なので「多分そう」。
おい俺、言葉足りなすぎだろ。
「それで、アンタは裏社会の奥深くにいる奴らを殺し続けて、いったいどんな情報を得たんだ?」
「特に、何も」
いや、情報を聞き出すとか特にしてないし……。
だいたいの敵は霧を出して困惑しているうちに後ろから首を落としておしまいだ。
会話などほとんど発生しない。
ハンターと戦った時はかなり会話したが、あれは珍しい例だ。
「……そうか」
そう言うと、ギルは顎に手を当てて何かを考え込んでしまった。
おそらく、彼は俺が持っている情報を探りたかったのだろう。
彼はひたすらに祖国を滅ぼしたのが何者なのか探り続けている。
彼は今は亡き国、フレイ連邦国の生き残りだ。
フレイ連邦国は激しい政争の中で政権を奪取した共和党が隣国である聖王国との不平等条約を締結したことにより最終的に亡国となった。
共和党は明らかに外国と通じている政党だった。
しかし、共和党の反対派は相次ぐ暗殺や事故死により勢力を減らしていき、やがては議決権すら奪われてしまった。
ギルは末期における反政府レジスタンスの一員として活動を続けていた。
抵抗虚しく連邦国が亡国となった後も義賊として活躍を続け、連邦国の政争に加担した組織について探り続けている。
「なあ、ヴァンガード教会について何か知っているか?」
ギルの鋭い目が俺を貫く。
それに対して、俺は軽く肩をすくめてみせた。
「大した情報はない。ただ、ヴァンガード教会の一番上には吸血鬼がいるらしい」
「……何?」
ヴァンガード教会を牛耳る吸血鬼というのは、原作におけるラスボスのことだ。
300年前の戦争において滅んだとされる吸血鬼。
その唯一の生き残りである彼女は、同胞の復活のために暗躍している。
他種族の絶滅を教義として掲げるヴァンガード教会のトップが吸血鬼とは、滑稽な皮肉だ。
ギルの出身国である連邦国が乗っ取られたのも彼女の策のうちの1つだ。
「吸血鬼……? そんなわけ……いや、しかしそう仮定すると全て納得がいく。代替わりしない大司教、一貫した政策、突然豹変する人間……」
ギルはブツブツと呟きながら思索の渦へと入り込んでしまった。
「ギルさん、顔色が悪いけど大丈夫ですか?」
「問題ない」
黙り込んでしまったギルを心配してフレンが声をかける。
しかし彼は短く返答するだけだ。
……おい、フレンに話しかけられたんだからちゃんと反応しろ!
ギルとフレンは原作において徐々に距離の接近する2人であり、俺の推しカプの1組だ。
表面上はヘラヘラしているギルと、生真面目なフレン。
正反対な2人は、数々の冒険を経て互いの芯にあるものが存外似通っていることに気づき、やがて心を通わせていく。
まだ初期段階だからあまり仲良くないのだろう。
まあ、つまりはここから仲良くなっていく過程を見ることで沢山の栄養素を補給できるということだな。
ありがたや……。
そんな風に勝手に感動していると、フレンが真剣な表情で話しかけてきた。
「ブルームさん。私たちはみんな、そのヴァンガード教会について探る為に行動しています。たとえば私は、私の家族を殺した盗賊団のバックに教会がいたと思っています。……王国中を荒らしていたあの盗賊団は、資金源や練度からしておかしなところだらけでした」
「それでフレンは、家族を殺した元凶を見つけたらどうするの?」
俺の目を見たフレンが、わずかに息を吞む。
「……止めます。私のような人が二度と生まれないように。お父様とお母様に胸を張って報告できるように」
やはりフレンは、ブルームとは決定的に異なる精神性をしている。
家族の仇を殺す復讐の為にあらゆる手段を尽くしたブルームと、家族の仇の悪行を止め、他の人が苦しまないよう努力するフレン。
「そっか。強いね、フレンは」
俺の返答を聞いたフレンは、一瞬痛ましそうに視線を下げたが、やがていつもの笑顔を浮かべた。
フレンの話を、リオが引き継ぐ。
「あ、僕とローラは聖王国から逃げてきたんだ。ローラが生贄にされそうだったから、故郷にいられなくなった。だから、教会とは戦わないといけない」
リオとローラの出身である聖王国はヴァンガード教会が実質的に統治する国だ。
教会が黒と言ったものは黒になるし、白と言ったものは白になる。要するに、ラスボスの言いなりの国だ。
「……リオは本当にそれでいいの?」
ポツリと言ったのはローラだ。
「教会が追っているのは私だけだったんでしょ。リオは私と一緒にいなければ教会と関わる必要はない。違う?」
ローラにとってはリオに助けられ続けているのは負い目になっている。
故郷から逃げ出した時、そして、ハンターと戦った時。
傷だらけだったリオを見た時、彼女もまた心を痛めたのだろう。
しかし、リオの決意は揺るがなかった。
「必要かどうかじゃない。僕がローラと一緒にいたい。困難があるなら一緒に乗り越えたい。それじゃダメかな?」
リオの真剣な目を見たローラは、頬を赤くしてそっぽを向いた。
「ダメ、じゃない……」
うわああああ! 両片思いだああああああ!
ハッ……! 危ない、興奮のあまりうっかり奇声を上げるところだった。
幼馴染2人のやり取りを見たギルは安心したようにため息をついて、俺に向き直った。
「まあ、こんな風にヴァンガード教会について知りたい俺たちは利害が一致しているから、冒険者として一緒に活動してるわけだな」
あえて利害なんて言葉を使うのも捻くれたギルらしいな。
そんなことを考えながら、俺は小さく「よろしく」と呟いた。




