賛嘆
「あいつは熱心だなあ。お前にそっくり。」リョウはリビングのソファでビール片手に、二階の部屋から漏れ出したリュウのギターの音色に耳を傾けながらそんなことを言った。
「ええ?」ミリアはワインを片手に、幾分赤くした頬でそう聞き返した。
「お前も最初にギター弾いた時、一日中弾いてたよな。」
「そう?」
リョウは噴き出す。「俺が夜帰ってくるまで、ベランダで弾いてたじゃねえか。」
「そうだっけ。」その頃の記憶は無論はっきりと思い出されたが、ミリアは照れてそう言った。
「ギターの才能ってえのはさ、元々生まれ持ったっていうよりは、幾ら努力しても努力し足りねえって思えたり、努力している自覚も無く延々努力し続けしまうことを言うんだと思うよ。何人も教えてきたさ、そう思う。」
「じゃあ、リョウが一番才能あるのね。」
「俺は意固地になって弾いてる時あっけどな。」
「リュウちゃんと一緒だ。」二人は笑い合うと、自ずと二階から聞こえて来るギターの音色に耳を澄ませた。
「……巧いな。」リョウが苦笑を浮かべる。「心とギターが直で繋がってるような音してやがる……。」
「そうね。」
「……あいつ、将来どうするつもりなのかな。」
「どうでしょうねえ。」ミリアは面白そうに言う。「頭いいから、自分で考えて決めたらいいと思うのよう。高校だって、ちゃんと自分で決めてんだもの。」
「だな。あいつはちゃあんと自分で考えられる子だよ。ギターは、……別に音楽本職にしなくても、趣味で続けていってもいいんだし。」
「私もギターもモデルもやったわよう。」
「ギターはもう、やんねえのか。」不意にリョウは真顔になる。
「うふふ、なあにそれ。」不器用なものの言い方が面白くて仕方がない。
「だから、もう、ギタリストとしてステージに立ちてえとは思わねえのか。」リョウの声は真剣そのものであった。
「うーん。今のところは。」ミリアは苦笑しながら考え込んだ。「……ヴァッケン出てずっとずっと言ってたリョウの夢が叶えられて、そしたらリョウの血を継いだリュウちゃんが出来て、もうリョウの一番近くにいなくても、何ていうか、……満ち足りちゃったの。リュウちゃんが大きくなっておうちを出てったら、またリョウとの接点が欲しくてギター始めたくなるのかもしんないけど。……わかんない。」
「そんなもんか……。」どこか寂し気に溜め息を吐き、言った。
「今はね、それよりもリュウちゃんが次どんなアルバム作るのかが楽しみでしょうがないのよう。サンプル聴いたらね、すんっごいの! ファーストよりももっともっと、ギターが、何ていうか、120%鳴ってるの!」
「ああ。俺も聴いた、ありゃ凄い出来になるよ。」
「そうよね! とっても中学生の作品とは思えないわよう!」ミリアはぱちんと手を叩いて満面の笑みを浮かべる。「だってあんまし、期待感じちゃったら余計な力が入って、ギターも変になっちゃって可哀そうだから言えないけど、……とーっても、ゾクゾクしちゃったわよう!」
「ああ、わかるわかる。ここまでガキが弾きこなすんか、みてえな、な。俺が中学生の時なんて、せいぜいメタリカコピーしてたぐれえだかんな。足元にも及ばねえよ。ありゃあ、凄ぇギタリストになるぜ。」
「そうそう。リュウちゃんはギタリストの素質満点!」そこまで言ってミリアは、はっと我に返った。「でもね、ギタリストじゃない、何か他のものになりたいって言っても、頑張ってねってちゃんと言うの。応援するの。だってリュウちゃんが何になっても、自分で決めたものがいちばん断然素敵だから。」
「だな。俺も自重しねえとな。『お前、うちのバンドに入れ』ってうかつに言っちまってそれっきり、人生決めさせちまった例もあるからな。」と言ってリョウはミリアの顔に顔を近づけた。
「うふふ。」ミリアは可笑しそうに微笑む。「きっかけはそうだったかもしんないけど、自分でやれるって言い張ったんだわよう。ステージなんて立ったこともなかったのに。絶対リョウの隣でギター弾きたいって思ったの。」
「あれから全国あっちこっちライブして回って、台湾、アメリカ、ヨーロッパ転々として、それからヴァッケン。ヴァッケンのステージ降りた瞬間、突然身籠ってるって暴露してきてよお。ありゃあ、びっくりしたなあ。あれからヴァッケンには四回か、立ったけどあれだけは一生涯、忘れらんねえよ。あそこ立つたびに、ああ、ミリアがここで爆弾発言しやがったなって思い出して、ステージ直前のピリピリしてる時でもどうしても笑っちまう。」リョウは肩を震わせて笑った。「いきなり『赤ちゃんができてんのよう』って、なあ。ありゃ傑作だった。」
「だってだって、言えなかったのよう! リョウの夢が叶うまでは! 絶対リョウをヴァッケンに立たせなきゃって、それだけを一番に思ってたの。でもリュウちゃんもすくすくお腹で大きくなって、おぎゃあって産まれて、生まれてからも大きな病気一つしないで、頭もとっても良くって、そんで何の問題も無いんだから。」
「だな。……もう二、三人作っといてもよかったか?」
「うふふふ。今からだって遅かないわよう。」ミリアはそう言ってリョウの頬に軽く口づけをした。
黒崎家の夜は、階上から静かに響くギターの音色と共に深々と更けていった。




