外の世界
夜明け前になんとかダンジョンを抜け出すことができたが、ずっと動きっぱなしだったのでダンジョンの外で天幕を広げて一休みすることにする。
ダンジョンの中と異なり、最低限の見張りだけで問題はないのが外の利点だ。
「これが、外なのか」
レオンはじっと立ち止り周りを見つめていた。
夜明けが近く、空がだんだんと明るくなってきている。
ゆっくりと登っていく朝日を食い入るようにレオンは見つめている。
太陽の光がレオンの鱗に反射してきらきらと輝く。
一人交代で見張りを担当することになったセレナがレオンに「あれが太陽なの」と説明をする。
明るくなってくるとダンジョンは草原の中にぽつんと立っていることがよくわかる。
ダンジョンの中ではあまり感じなかった草や土の匂い、青い空。
何もかも見るのは生まれて初めてのものばかりだった。
レオンは辺りが明るくなると空に向かって飛び立つ。
ぐんぐんと空に昇っていき、眼下に広がる世界をじっと観察する。
今いる島全体が見え、その周りを海が囲んでいる。
海のことは知っている。母親の記憶の中にあったものだ。
だが、こんなに大きなものだとは思っていなかった。
自分が長年過ごした洞窟がなんと小さい場所だったのか。
「そろそろご飯の時間でしゅよ」
景色に見とれていたため、タマが近くまで来ていたことにレオンは気が付かなかった。
声をかけられ、一緒に地上へと下降する。
千夏が竜たちのご飯用にマグロをアイテムボックスから取り出す。
初めて魚を見たレオンが、これは何だと尋ねる。
「海の中にいるお魚でしゅ。マグロというでしゅ。おいしいでしゅよ」
タマがおいしそうにマグロを丸かじりしているのをみてから、レオンも自分用のマグロに手をつける。
いままで味わったことのない味だ。
ダンジョンではダンジョンマスターか魔物をいつも食べていたのだ。
千夏はご飯が済むとレオンに尋ねる。
「ところで、人の姿になれる?街に入るときにそのままの姿じゃ入れないし」
勢いのままレオンを誘ってみたが、千夏は一つの欠点に気が付く。
このままでは天幕の中にさえ入れない。
「混血竜だと思って馬鹿にするな。成竜で変化できないものはいない」
ぎろりとレオンは千夏をにらみつける。
レオンの輪郭がぼやけて、みるみると小さくなっていく。
目の前に現れたのは人でいうと15歳以上20歳未満の少年だ。
髪の色は全体的に水色で短めだが、一部こげ茶色のメッシュが入っている箇所だけ長い。
切れ長な瞳の色は橙色で、整った顔立ちだ。
身長は高く、190センチほどだろうか。エドより10センチほど高い。
服装はエドをまねたらしい。黒のフロックコートを着ている。
なかなかのイケメンだ。
「竜は成竜だとみんな変化できるのか!すごいな!」
アルフォンスがレオンに駆け寄り、手を差し出す。本当は抱き付きたいが、ぐっと我慢する。
「アルフォンスだ。俺は竜が大好きだ。よろしく頼む」
レオンは差し出された手をじっと見つめる。
「人は挨拶するときに握手といって、手を握り合うのです。これからは人と同じ生活を送ります。慣れておいた方がいいでしょう」
エドの助言を聞き、レオンは差し出された手をゆっくりと握ってみる。
人に触れるのは初めてだった。
アルフォンスが握りかえし、手を上下に軽く振る。
アルフォンスと入れ替わり次はセレナが挨拶をしてレオンと握手をする。
パーティメンバー全員と握手を交わした後、コムギがレオンに近寄り前足を差し出す。
どうやらコムギも握手をしたいようだ。
レオンは屈んでその手をを掴み軽く上下に振る。
まさか魔物と挨拶する日が来るなんて思ってもみなかったことだ。
「あと一人メンバーがいるんだけどね、パーティ登録しないと話せないの。竜はパーティ登録ってできないよね?」
千夏は少し困ったように質問する。
従魔になれば、問題はないがレオンは千夏の従魔になることを嫌がるだろう。
「竜も気紋を持っているので、できるのではないですか?タマと違って外見の年齢は冒険者になれる年齢に達しているように見えます。第一これから移動するのに身分証明書が必要になります。港のギルドで冒険者登録してみましょう」
エドはアイテムボックスから馬車を取り出すと、ダンジョンの外に放して置いた馬を呼ぶために笛を吹く。しばらく待つと2頭の馬が駆け戻ってくる。
馬に飼葉と水を与える。
千夏達はその間にレオンに身分証明書の説明を行う。
レオンは竜なだけあり、のみこみが早い。
「しばらく人として生活するということか。竜のままであると諍う可能性があるのか。僕は別に人と争いたいわけではないから、仕方がないな。だが、襲われたらやり返すつもりだ」
「それは問題はないよ。ただ、やりすぎないように注意してね。人を殺すと騒動になるから殺してはだめだよ」
「・・・わかった」
少し不愛想にレオンは答える。
本当は誰かと話ができること自体嬉しかったのだが、長年一人でいたため、どんな表情をしていいのかがわからないのだ。
「そろそろ出発しますよ」
エドに声をかけられ、全員馬車に乗り込む。
「人は不便だな。翼がないと移動に時間がかかる」
「転移魔法が使えるんだけど、異国だからね。あまり使わないようにしてる。それにこういうときはお昼寝したり、みんなで話したりすればあっという間に時間が過ぎるよ」
千夏は文句を言いながらもずっと外を眺めているレオンを見て笑う。
千夏の隣の席でアルフォンスがセラにダンジョンの報告を行っている。
千夏は千夏で、レオンにシルフィンの説明とこれから妖精王に会いにいくことを説明している。
ときおり、自分の話が出るたびにレオンはちらりとアルフォンスを見つめる。
『混血竜を仲間にね。まったくいつも予想外ね、あなた達は』
呆れたようなセラの声が聞こえてくる。
『たぶん冒険者ギルドで身分証明は発行可能だとおもうけど、こちらでも発行しておくわ。配下のものにラヘルまで届けさせる。結婚式に一度戻るときに受け取って』
『わかった。報告は以上だ』
セラとの通話を切るとアルフォンスが、いままでの旅の話をレオンに説明する。
タマが卵から孵ったというくだりでレオンが複雑そうな顔をする。
「それでは、タマは親に一度も会ったことがないのか」
「ないでしゅ」
こくんとうなづくタマに、もしかしたら自分のほうが幸せだったのだろうかとレオンは自問する。
その様子に気が付いたタマはにっこり笑う。
「タマは寂しくないでしゅよ。ちーちゃんもアルもみんないるでしゅ。お友達もシャロンがいるでしゅし、今はお兄ちゃんと弟がいるでしゅよ」
お兄ちゃんと呼ばれレオンは顔を真っ赤に染めるが、ぷいっと顔を横に背け、口調は素っ気なさを取り繕う。
「兄と呼ばれるのが別に嫌だというわけではないが、レオンと呼べ。僕は名前で呼ばれるほうがいい」
「じゃあ、レオン兄でしゅか?」
きょとんとしたタマにそう呼ばれ、レオンの口元が笑みでゆがむ。
レオンは今まで味わったことがないむず痒いような不思議な感覚に戸惑う。
ツンデレなのか?
千夏はじっとレオンの挙動を見守る。
「な・・・なんだ?」
千夏の視線を感じレオンは気まずそうに視線をそらす。
「レオンが可愛い」
千夏がそう答えるとレオンは「可愛いなんていうな!僕は成竜だぞ!」と顔を赤くして怒鳴る。
セレナもレオンの可愛らしい反応をにこにこしながら見守っている。
リルは少し複雑な心境だ。男としてレオンの気持ちが痛いほどわかる。
『港が見えてきました。そろそろ到着します』
エドからの遠話が入ってくる。
「じゃあ、予定どおり冒険者ギルドに寄ろう。到着報告もあるしね。ここはあまり人が多くないけど、迷子になると困るからレオンはタマと手をつないでおいてね」
馬車が冒険者ギルドの近くに止まると千夏はそうレオンに言いつける。
レオンが言い返そうとするとリルが「タマが迷子にならないように手をつないであげて」とフォローする。
「それならば仕方ないな」
レオンはタマと手をつないで馬車を降りる。
バハブの港は漁村とたいして変わらないが、早朝の港にはレオンが見たことがない数の人々が慌ただしく行きかっている。
レオンはぽかんと行きかう人々と船や人の家など見たことがない景色を眺める。
立ちすくむレオンの手をタマがひいて千夏達の後を追う。
バハブの冒険者ギルドは出張所らしく小さな一軒家だった。
カウンターは一つだけだが、混んでいない。
千夏は到着報告と、キョロキョロと家の中を興味深く観察しているレオンの冒険者登録を受付でお願いする。
人の文字はかけないだろうと思い、千夏が適当にレオンの登録書を記載する。
受付嬢が取り出した気紋登録のマジックアイテムをしげしげと見つめ、レオンは手を載せる。
「はい。犯罪歴なしですね。登録に問題ありません」
無事冒険者登録が済み、パーティ登録も行う。
レオンは受け取った冒険者カードを眺める。
レオン
年齢:18
LV:224
冒険者ランク:E
出身地:バハブ
所属PT:トンコツショウユ
実年齢は52才だが、人に合わせた年齢にしたのだろう。
LVというのがよくわからなかった。あとで聞いてみようと黙っておく。
ちなみにLVは本人しか見えないようになっている。身分証明としてLVが必要ないことと、あまり個人の能力を他の人に知らせないためだ。
じっとカードを眺めているレオンの手をひいてタマは冒険者ギルドを出る。
次の巡回船の到着予定は明日の夕方だ。
今日は宿をとって一泊する。
レオンに教えなければならないことは山ほどある。
教師気質のエドとおしゃべりなシルフィン、そして竜に興味津々なアルフォンスがいるので、千夏が説明する必要はなさそうだ。
楽しそうに物をさしては質問するレオンを見て、千夏は連れ出してよかったと満足気に微笑んだ。
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