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フェルナーの悩み

 ヴァーゼ侯爵家長男のフェルナーは今年で25歳をむかえる若者だ。厳格な父を持ち幼い頃から貴族の責務について叩き込まれていた。


 民を守ることが誇りであり、決して民を虐げてはいけない。忠実に父の教えを守り安定した施政を執り行ってきた。


 しかし、その安定は一瞬で崩れ去った。前代未聞の100匹程の魔物侵攻によって……。


 たまたま運良く侵攻を防ぐことが出来たが、魔物が残した爪跡は消えない。街の駐留兵に多くの負傷者を出し、今ミジクの街は無法地帯と化している。


 ビスの村は村人達の人的被害は出なかったが、家屋や畑は荒らされ家畜は全て魔物に食い殺された。このままでは今年の冬を越せない。


 ミジクから退去した街の人々も多少は戻り始めたが、いつまた魔物に襲撃されるかを恐れて怯えいる。


「旦那様、そろそろお客様がいらっしゃる時間です」

 眉間に皺を寄せて考え込んでいるフェルナーに穏やかな声がかけられる。幼少の頃からずっと付き添ってくれている侯爵家のハウススチュワートだ。


 彼はこの前の騒動を機に侯爵本家のハウススチュワートを後身のものに任せ、王都別邸のハウススチュワートを担当することになった。

 移動の名目は老齢のためと言っているが、実際はフェルナーの王都への移動と合わせるための口実であることは周知の事実である。


「すまん。考え事に夢中になっていたようだ」

 慌てて顔を上げると、彼はにこりとフェルナーに笑いかける。

「旦那様、本日はとても良い天気です。庭にご会談のお席をご用意してもよろしいでしょうか?」

 彼が閉め切ったテラスへと続く大窓をあけると、初夏の爽やかな風が部屋の中に吹き込んでくる。


「大丈夫、大丈夫ですよ」

 穏やかに微笑む老僕の顔を見て、フェルナーは苦笑する。

 また思い詰めていたようだ。生真面目なフェルナーは昔からぐるぐると一つのことを深く考え過ぎてしまう癖がある。


 父に「考えることは良い事だが、思考に捕らわれはいけない。余裕を持て」とよく叱られたものだ。

 すでに打てるだけの手はうっている。今考え込んでもぐるぐる回るだけだ。


「そうだな、庭に準備を頼む」

「かしこまりました」

 彼は優雅に一礼すると足早に部屋を出ていく。

 フェルナーはテラスに近寄ると空を見上げる。

「ああ、今日はいい天気だ」



「しかしまた変わったいでたちですね」

 フェルナーは笑いをこらえながら、ミジクの街を救った一行を見る。お揃いのメイド服を着た千夏とセレナがすました顔でアルフォンスの背後に控えている。


 フェルナーは最初、彼女たちに気がつかなかった。アルフォンスの伴にメイドとは珍しいと感じた程度だった。アルフォンスが意味ありげにメイドの2人を見なければそのまま気がつかなかっただろう。


 おすまし顔のメイド姿からは、オーガと戦いで死線を支えた冒険者にとても見えない。

「なかなか似合っているでしょう?」

 アルフォンスはフェルナーの前の席に着くと満足げに笑う。


「マルク。彼女たちも私の客人だ。席を用意してくれ」

「かしこまりました」

 メイドと主が一緒のテーブルに着くといういささか奇妙な光景が生まれる。テーブルにつくとメイド2人は途端に普段どおりの態度にころりと戻る。


 千夏は遠慮せずに出されたケーキをおいしそうに頬張る。セレナも最近千夏やアルフォンスに感化されたようで、最初にアルフォンスと会った頃に比べ堂々と椅子に腰かけている。


「ミジクで見つかった魔石について、王都の主席魔術師に見てもらった」

 フェルナーはお茶を一口含むと本日の話題を単刀直入に口にする。

「魔法をかけたものにたいして追跡調査をしてもらったのだが、今そのものは王都より西にいるとだけしかわからなかった」


「西? 王都から西といえばハマールですね。さらに西となると……」

 アルフォンスはそのまま口をつぐむ。

「何があるの?」

 千夏はこの世界の地理について全く分かっていない。考え込むように口を閉ざしたアルフォンスを不思議そうに見つめる。


「元魔王領が西にある。今は少数の魔族が住んでいる荒れた土地だ」

 フェルナーがアルフォンスの代わりに答える。

「西といっても範囲は広い。魔族が絡んでいるかどうかはわからない。だが、王は西側の砦を増強された。念のためにだ」

「ということは西に調査員を送り込んだのですね」

「ああ。王直下の諜報部隊から一個中隊がすぐに送り込まれた。今はその調査結果待ちといったところだ。私ができたことはここまでだ」

 フェルナーは肩をすくめ空を見上げる。


「今のところそれで十分です。ありがとうございました」

 アルフォンスはフェルナーの迅速な対応にお礼の言葉を述べる。王直下の諜報部隊から一個中隊もの人数を調査にあたらせることができたのだ。


「魔族ってどのくらい強いの?」

 今度はセレナがアルフォンスに質問する。

「ここ数百年魔族と人の間に交流はない。魔族の強さについては、昔の文献だけが頼りだ。その文献が与太話でないのであれば、魔族一人で百年ほど生きた成竜と同等の力を持つらしい」


(真実や。あいつらやたら滅法強かった。余計なお世話やけど、百年生きた竜は一匹で、王都を破壊できるほど強いんや。だたし、魔族が全員そないな力を持っとるわけやない。魔族には下位魔族と上位魔族っちゅうもんがいて、上位魔族の力が先ほどの話のとおりや。下位魔族は成竜と同等くらいやろ)


「……魔族がからんでなければいいね」

 話を聞けば聞くほど、厄介な話になっていく。げんなりと千夏は椅子によりかかる。

 幼竜のタマであれほどの強さだ。出来れば関わりたくない。


「全くだ。仮に魔族が絡んでいた場合、対抗出来るのはSランクの称号持ちだけだ。我が国のSランク保持者は3名。いくら魔族が減ったと言ってもこの人数で対応は難しいだろう。Aランク保持者の早急な底上げが必要だ」

「底上げと言っても厳しいですね。具体的にどうすべきか」

 アルフォンスはフェルナーの話に眉をひそめる。AランクとSランクとの間の壁は厚い。


「今Sランク保持者にAランク保持者の指導を依頼しているが、いい返事がもらえなかった。鍛えるだけでSランクの壁を越せるとは言えないからな。かといって何もしない訳にもいくまい」

「Sランクと言えば、やはりドラゴンバスターです。竜討伐をSランクをサポートとして繰り返し行って、戦い方を体に覚えさせるくらいでしょうか」


 本人達は真面目に話し合っているのだろうが、かなりの無茶を言っている。魔族が攻めてきたら生き残りをかけた戦いになるだろうが、その前に竜討伐で死にかけそうだ。

 千夏は自分のランクが低くて良かったとほっと息をつく。


「どちらにせよ、Sランクの協力が不可欠だ。彼らは変わった者ばかりでな。正論をとくだけでは動いてくれない」

 交渉は暗礁に乗りありげているようだ。

 確かにランドルフはかなり変わっていた。他の2人も同じくらい変わっているのだろうか。千夏はまだ見ぬSランクの冒険者に思いをはせる。


「とりあえずエドにも説得にも説得してもらいましょう。知り合いに元Sランク冒険者がいるので」

「おお、それは頼もしいことだ」

「やってもいいですが、責任持てませんよ」

 エドは渋い顔で答える。あまり乗り気ではないようだ。


 フェルナーとの会談はそれ以上話は進まず、今日の話し合いは終わりとなった。


「レイモン伯爵夫人はうるさ型の代表格のような人です。くれぐれも揚げ足を取られないように」

 エドはアルフォンスにそう忠告すると、転移を使って消える。


 アルフォンスもあまり会いたそうではなさそうだが、予定は予定。行かねばならぬ。

 一行を乗せた馬車は、一路レイモン伯爵邸へと向かった。


言い回しがおかしかったところがあるので修正しました。

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