穴の正体
次の日。千夏はいつも通りにエドに起こされた。アイテムボックスから桶を取り出し、ウォーターで水を桶にため顔を洗う。タオルで顔を拭きながら、天幕を出るといつのまにやら戻ったのか、カンドックが朝食の席に紛れ込んでいた。
「おはよう。視界は戻ったようだな」
「おはよう。おかげ様で」
千夏は少し拗ねたようにカンドックをじろりと見てから、自分の席につく。
今朝の朝食は白パンとオムレツとサラダである。
「こんな朝飯を食べるのは久しぶりだ」
カンドックは白パンを頬張りながら嬉しそうに目を細める。
「それで、今日は何をするの?」
昨日の様に不意打ちをなどされたら、たまったものではない。千夏はパンにバターを付けながら、カンドックに尋ねる。
「基礎の気の放出を試してから、少し広いところで気功砲の練習でもしようかと思っている」
「気功砲って〇メ〇メ波?」
「なんだ、それは?」
怪訝そうにカンドックが尋ね返す。
「ううん、なんでもない」
「そうか。ところで、仲間の気以外も見えるようになったか?」
「なんとなく、ちらほらと……ってくらいかな」
千夏は森のほうに目を向ける。小さな気がいくつも折り重なって見える。たぶん、森に住む動物か魔物だろう。
「気功砲というと、攻撃の気功術なのか?」
アルフォンスが興味深げにカンドックに尋ねる。
「そうだ。チナツは普通の十倍以上の気力があるから、使えるはずだ。ただ、使えるようになるまでには、ちと時間がかかるかもしれん」
「気功砲というと、ドラゴンのブレスみたいなものなのか?」
「ブレスとはちと違うが、まぁ威力は似たようなものだ」
カンドックは5個目のパンに手を伸ばす。千夏も慌てて手を伸ばすが、カンドックに取られてしまった。食べ盛りのアルフォンスとセレナ以上にこの二人はよく食べる。エドは今日買い込む予定の食料品の量を増やす事にした。
「ブレスでしゅか。タマもやりたいでしゅ」
タマはお茶を飲みながら、目を輝かせて千夏を見る。まだ、タマはブレスを吐くことができない。
「やりたいって、気功術を?」
「そうでしゅ。ぶわーっとやりたいでしゅ」
「竜に気功術って使えるの?」
「さて、どうなんだろうな。さすがの俺でも竜の弟子はとったことがないからな」
ぽりぽりと顔をかきながら、カンドックはタマの期待に満ちた顔を見る。
竜は気力が大きい。資質的には問題はない。
「お前、気は見えるのか?」
「わかるでしゅ。じぃちゃんの気はまあるくて、ちーちゃんの気はぼーぼーしているでしゅ」
セレナにはタマが何を言っているのかまったく判らなかった。しかし、カンドックには通じたようである。
とりあえず、タマもお試しに気功術の修行をする事になった。
「しかし、遅いな」
基礎の気の放出を千夏は30秒程かけて展開した。千夏の目の前に久しぶりに見た青い薄い壁がある。
「遅くても出来たんだからいいじゃない」
千夏は開き直る。正直毎日訓練するのは面倒なのだ。
ちなみにタマはカンドックのサポートを受け、初めて気の放出をした。千夏の倍以上の壁が5秒程で出来上がる。
「できたでしゅ」
「初めてにしちゃ、優秀だな。飼い主と違って」
カンドックの皮肉も千夏はスルーする。タマとはヤル気が違うのだ。別にやりたくてやってる訳ではないので、気にならない。
「では次だ。今出した気の壁に意識を集中しろ。今は堅い壁で防御壁となっているが、今度はその壁を捏ね上げて、矢のように飛ばすイメージをするんだ。とりあえず、見本を見せる」
カンドックはそう言うと自分の目の前に防御壁を一瞬で作り上げた。ちらりと千夏とタマを見てカンドックは合図代わりに頷いた後、防御壁が突然変化する。
防御壁の中央がぐぐっと盛り上がり、弓から離れた矢のようにもの凄い勢いで目の前の森へと飛んでいった。青白い光が木々を倒しながら飛んでいく。10メートルほど進むと弾丸は消えてはじけた。
見学していたアルフォンスとセレナがおぉと感嘆の声を上げる。タマも大喜びでバタバタと翼を何度も羽ばたかせる。
「慣れるとこんな事が出来る」
カンドックは次々と複数の防御壁を一瞬で作り出し、同時に気功砲に変えて飛ばす。複数の青い光が上空に打ちあがると、弓なりに弧を描いて雨のように地面に降り注ぐ。
ガガガ!
着弾の振動が島を揺らす。揺れが収まった後には、地面に陥没した穴が複数出来て
いた。
「まぁ中級編ってところだな。まずは真っ直ぐ飛ばすところからだな」
淡々とカンドックは説明する。
千夏は陥没した穴に近寄って覗き込む。昨日、セレナと落ちた穴よりだいぶ小さいが、昨日の穴が出来上がった経緯を理解した。
「もう、今日はやめようよ」
千夏はその場に座り込む。カンドックのデモが終わってから2時間ほど経っている。いくらやっても、防御壁がちょっと変形するだけで光になって飛んでいかない。集中力がすでに空になっていた。そろそろお昼ご飯の時間だ。
「お、おしいな」
カンドックは千夏を無視していた。丁度その時タマが変形させた防御壁が青い光になって、ぽとりとその場に落ちる。タマの足元に落ちた光はドコンと音をたて数メートルの穴をあけて消えた。
「おしいでしゅ」
タマは空に浮かびながら残念そうに穴を見つめる。
「でも優秀だぞ。今までの弟子の中では一番だ。明日には出来そうだな」
カンドックに褒められてタマは嬉しそうにくるくると空を飛び回る。
(元気だな……)
千夏はタマをぼんやりと眺める。
しばらく経つとエドが転移してきて、お昼ご飯が出来た事をを告げる。千夏は喜んでエドの後に着いていく。
満足するまでご飯を食べた後、千夏は昼寝するために天幕の中へ入っていく。その姿を見てもカンドックは何も言わなかった。集中力が切れているので無理にやらせてもしょうがない。
それから2時間後。千夏はカンドックに起こされ、再び気功砲の練習となる。しかし、まったく午前中と状況は変わらなかった。
そろそろ夕飯かな……
千夏の集中力が切れ、晩御飯のメニューを想像していた時だ。ヒュンと音がしたと思ったときには、目の前の木々が次々と倒れていくのを千夏は見た。
「できたでしゅ!」
「でかした」
さっくりとタマは初日に気功砲を習得したのである。
「あとは、気功砲を飛ばすときに気力を追加してやれば、ブレスのようにでかいのが出せるようになる。続きは明日だな」
カンドックはすっかり千夏の事を忘れているようだ。
このまま忘れてくれないかな……そうすれば練習しなくてすむのに。
千夏は心の底からそう願った。




