8 巨大饅頭
「決勝戦に残ったのはこの三人! 胃袋魔人キュウタ、食欲妖精カレン、そして――伝説の勇者の子孫、チャンピオン・シータだー!!」
司会者の言葉で、城の前に集まっていた観客が大きな歓声を上げる。凄まじいまでの盛り上がり。舞台の上に置かれた見たこともない巨大な皿に、これまた見たこともない数の饅頭が山と積まれていた。
ミイナが眉を寄せて、ガインに視線を向ける。
「……あれが勇者の子孫? 格闘家じゃなかったの?」
舞台上の勇者の子孫の男、シータは、緑色のツンツンとした短い髪に、丸い顔、丸い目、そして――大きな丸い体をしていた。どう贔屓目に見ても、格闘家の体型ではない。
「人間じゃなくて巨大な饅頭でしょ? あれ」
指を差すミイナをレイが諌める。
「ミイナ、失礼だよ。……でもおかしいな」
「そうだよね。ガイン、どうなってるの?」
ガインは顔を顰めて首を振った。
「俺も、ホーダイ国に格闘家の勇者の子孫が居ると噂で聞いていただけなので、分からない」
「ええ? 不確かな情報でここまで来たっていうの?」
「そう言われても……だが勇者の子孫であることは間違いがないようだ」
「それはそうだけど――」
ミイナが反論しようとした時、ドラの音が鳴り響いた。舞台上の三人が一斉に饅頭を食べだす。見る見るうちに無くなっていく饅頭。特にシータは――。
「うわ、ちょっと! あれ、饅頭を丸呑みしてない?」
「う、見ているだけで気持ちが悪く……」
「レイ、こんなところで吐かないでよ。カンチ」
ドン引きするミイナとガイン、地面に蹲るレイとは対照的に、観客は大いに盛り上がっていた。
「頑張れー!」
「シータ!」
「もっと食えー!」
ミイナが呆れて周りを見回す。
「この国、本当にもう『どうにでもなれ』な感じなんだね」
ガインは顎に手を当てて唸った。
「元々明るい国なのか、それとも恐怖で感覚がおかしくなっているのか……」
「うーん、どうなんだろう?」
ミイナが首を傾げた時、司会者が興奮した声を上げた。
「さすがチャンピオン! あっという間に饅頭が無くなっていく! 凄いぞ凄いぞ!」
ミイナがガインの袖を引く。
「さっきから司会者が言ってる『チャンピオン』って何のチャンピオン?」
「……さあ、なんだろう?」
再びドラの音が鳴り、戦いの終わりを告げた。
「優勝は、チャンピオン・シータ!」
大きな歓声と拍手。夜空に打ち上げられる花火。
頭上に咲いた光の花々を驚いて見上げる。ミイナもこれにはさすがに歓声を上げた。
「うわー、綺麗! レイ、見てみなよ」
レイがゆっくりと青い顔を空に向けた。
「ああ、凄いね」
「綺麗だねー」
ボーっと空を見上げる。その間に、舞台上では表彰式が始まっていた。
「チャンピオン・シータには、王様から賞金が贈られます!」
ミイナが司会者の言葉に、ハッとして舞台に視線を向ける。
「賞金だって! いくら貰ったんだろう?」
王様から賞金を受け取ったシータは観客に手を振ると、巨体を揺らして舞台から降りた。
「あ、終わったんだ。えーと、どうする?」
ガインに支えられてレイが立ちあがる。
「そうだね、とりあえず話をしてみようか」
「ん。分かった」
まだ興奮冷めやらぬ人々を掻き分け、ミイナはシータに向かって進む。
「おーい! 待って、勇者の子孫! えーと『シータ』だっけ? 待ってってば!」
シータの歩みが遅いことが幸いした。三人は何とか追いつき、ミイナがシータの袖を掴んだ。シータが「ん?」と振り向く。
「あの、伝説の勇者の子孫ですよね?」
「ああ。おいら勇者の子孫だよぅ」
シータが頷き、間延びした口調で答えた。
「えーと、私達も勇者の子孫で、今魔王退治の旅の最中なんです」
「へえー! あんたたちも勇者の子孫なのかぁ。よかったらうちに来なよ。お茶にしよう」
歩いて行くシータ。
「あ、ちょっと待ってよ! もう!」
「なんと言うか、マイペースな感じのする男だな」
ガインが人ごみに疲れたレイを抱きかかえるようにして支えながら呟く。
シータは屋台の料理を次々手に取り食べながら、「こっちだよぅ」と自宅に三人を案内した。
「どうぞ座って。何か食べるぅ?」
家に着くとすぐ、シータは大量の菓子を戸棚から出してテーブルの上に置いた。
レンガで造られた四角い家は、そこそこの広さがあるにもかかわらず、シータの巨体のせいで狭く感じる。
「えーと、じゃあ」
ミイナはお菓子を漁り、ガインがぐったりとしているレイを椅子に座らせて、シータに訊いた。
「我々は、ホーダイ国に勇者の子孫の格闘家がいると聞いてやって来たのだが……」
シータが菓子を手に取りながら頷く。
「ああ、うん。おいら、前は格闘家だったよぅ」
「前は?」
眉を寄せるガインにシータは笑った。
「おいら、転職したんだ」
その言葉に、ミイナが菓子を掴んだ状態で顔を上げて首を傾げる。
「転職?」
「そうだよぅ」
「じゃあ今は……?」
「『大食いチャンピオン』だよぅ」
きっぱりと言い切るシータ。ミイナとガインが顔を見合わせた。
「失礼だが、それは職業ではないのではないか?」
「大食い大会の賞金で暮らしているし、みんなおいらのことを大食いチャンピオンって呼ぶよ。だからおいらの職業は大食いチャンピオンだよぅ」
「…………」
しまった、これは無理だ。とても魔王退治を手伝ってもらうような雰囲気ではない。
ガインが唸り、ミイナが溜息を吐いて頭を掻く。
「で、あんたたち何しに来たの?」
シータが無邪気に質問し、ミイナは棒状の飴を弄びながら口を尖らせた。
「え? 魔王退治を手伝ってもらおうかと思ったんだけど……」
「いーよ」
「へ?」
ミイナとガイン、それに青い顔で細い息をしていたレイも驚いて目を開ける。
「おいら、ちょうど美味しい物探しの旅に出ようと思ってたんだよぅ」
笑顔で軽く言うシータに、ガインが唖然として訊いた。
「魔王退治だぞ?」
「うん。あ、そうだ、今夜はうちに泊まりなよ。明朝出発でいいよねぇ」
「…………」
伝説の勇者の子孫、大食いチャンピオン・シータが仲間になった。




