40 ボスの謎
ユゲン国に戻ってきた勇者の子孫達は、温泉に入って汗と血を洗い流した。
「あぁ、気持ち良かった」
宿屋に戻ってきたミイナが、濡れた髪を拭きながらベッドに座る。ミイナより先に戻ってきていたガイン、シータ、レイが頷いた。
「そうだな」
「レイも綺麗になったねぇ」
「うん。さっぱりしたよ」
まだ青い顔をして弱々しく微笑むレイ。ミイナが「そうそう」と頷いた。
「今回は大活躍だったよね。見直したよ」
「ありがとう、ミイナ」
髪を拭いたタオルをポイとテーブルに投げて、ミイナがガインに視線を向けて首を傾げる。
「ねえ、そういえばボスは? まだ温泉?」
「構成員の様子を見に行くと言っていたが……」
「ふーん」
シータが菓子を取り出しながら、軽く眉を寄せた。
「ボスは、また温泉に入らなかったんだよぅ」
「え? そうなのガイン」
「ああ」
「……なんでだろ?」
ミイナが顎に人差し指を当てる。汗で汚れた筈なのに、何故温泉に入らないのか。
「恥ずかしいんじゃないかい?」
レイの意見に、ミイナが眉を寄せる。
「男同士なのに?」
ボスの性格からすると、裸になるのが恥ずかしいとは少々考えにくい。しかしガインが「そういえば……」と額に手を当てた。
「着替える時も、一人でこそこそと馬車の中で着替えないか?」
「え、そうなの?」
では、本当に恥ずかしいのだろうか。ミイナが小さく唸った時、
「女の子みたいだねぇ」
呟いたシータに皆の視線が集中した。
「…………」
「え、まさか」
「あり得ないだろう」
どう見てもボスは男だと言うミイナ達に、シータが首を振った。
「でも、分かんないよぅ。おいらの国にも、男みたいな女の人が居るよぅ」
「…………」
言われてみれば、祖国にそういう女性はいた。逆に女性のような男性もいた。
「いや、でもまさかそんな……ねぇ」
ミイナに視線を向けられたレイが、困ったように首を傾げる。
「ボスが――」
トントン。
ノックの音がして、ミイナ達がビクッと身体を震わせる。振り向くと、
「あ……ボス……」
ドアを開けてボスが入ってきた。
「なんだ、どうした?」
皆の反応がおかしいことに気づき、ボスが眉を寄せる。
「えーと……」
ミイナ達は顔を見合わせ、それからもう一度ボスに視線を向けた。
ミイナがベッドから立ち上がり、ドアの前に立っているボスのところまで行く。
「ねえ、ボス」
「なんだ?」
「…………」
ミイナは無言でボスに抱きつき胸をまさぐった。
「何をする! 離れろ小娘!」
「きゃあ!」
突き飛ばされてよろめいたミイナを、ガインが後ろから支える。ボスはミイナを睨み付けた。過剰ともいえる反応をみせたボスに、皆の疑いが深くなる。
ミイナ達はボスに背を向けて床にしゃがみ込み、顔を寄せあった。
「どうだった?」
「貧乳ではあったよ。身体も硬いし」
「下半身を触らなきゃ駄目だよぅ」
「あ、そうか」
「ミイナ、年頃の女の子がそんなことしちゃ駄目だよ」
こそこそと話すミイナ達に、ボスがますます眉間の皺を深くした。
「何をしている」
ミイナ達は振り向き、なんでもないと言うように手を振る。
「いや」
「なんていうか」
「うん」
「悩みがあったら相談に乗るよぅ」
ボスは小さく首を傾げてミイナ達を順番に見て、最後にレイで視線を止めた。
「意味が分からないな。何を遊んでいる。――それより次は何処に行けばいい?」
次の目的地を訊かれ、レイが慌てて鞄を引き寄せる。
「それが、まだ解読出来ていないんだ。字がだんだん雑になっていて読みにくくて……。少し時間が掛かるかもしれない」
ボスは小さく唸って、それから頷いた。
「そうか、仕方がないな。攻略日記の後編を構成員達に探させているが、そちらもまだ何の手がかりもないようだ」
「今から解読するよ」
攻略日記を取り出そうとしたレイを、ボスが止める。
「いや、少し……ではなくだいぶ顔色が悪い。今日はとりあえず身体を休めた方がいい」
寝ろ、とボスに言われて、レイが素直に頷いてベッドに横になる。
「明日には解読を始めるから……」
無理をしていたのだろう。レイは言いながら目を閉じすと、すぐに眠ってしまった。
「あ、じゃあ私も寝る」
疲れちゃった、と欠伸をしながらミイナもベッドに飛び込む。
シータとガインが立ち上がった。
「おいら、饅頭の食べ比べしてくるぅ」
「では、俺は日雇いの仕事があるか聞いてくる。ボス、レイの看病とミイナのお守りを頼んだ」
「おい、だからなんでオレが――」
シータとガインが部屋を出る。
「…………」
ボスは舌打ちをしてミイナに乱暴に布団を掛けると、布を濡らしてレイの額にのせた。




