33 勝負は時の運?
「魔物が出ないと暇だねー、レイ」
雷直撃の草原に向かう馬車の中で、ミイナは不満げに唇を尖らせた。
「魔物が出ないのはいいことだよ」
レイが一瞬ミイナを見て、開いていた攻略日記に視線を戻す。
「でもさー、やることがないじゃない?」
「僕はこれの解読をするから――う!」
青い顔をして口を手で抑えたレイに、ミイナが回復魔法を掛ける。
「カンチ」
レイはそのまま倒れるようにして椅子に寝転んだ。どうやら馬車酔いをしてしまったらしい。
ぐったりとしたレイを杖で軽く突き、ミイナは隅で背中を丸めて何かをしているシータに声を掛けた。
「ねえ、暇……あれ? 何してるの、シータ」
杖を支えにして揺れる馬車の中で立ち上がり、ミイナはシータの手元を覗き込んだ。そして「ん?」と首を傾げる。シータが手に持っていたもの、それは、
「これって、ズショにあった本じゃない?」
シータがズショの王に欲しいとねだったが断られた本だった。
「うん。レシピ本読んでるぅ」
悪びれた様子も無く、シータは頷く。
「勝手に持ってきちゃったの?」
「ちゃんと返すよぅ。借りただけ」
シータは『借りパク』の技を覚えた。
「いつ返すのよ……」
レシピ本に夢中のシータを杖で突き、ミイナは椅子に腰を下ろした。
「レイもシータも忙しいね。ガインは御者やってるし、暇を持て余しているのはボスだけか」
ミイナの言葉に、向かいに座っていたボスの眉が小さく動いた。
「暇ではない」
「暇そうじゃない」
ボスの否定の言葉に、ミイナは馬鹿にするように肩を竦める。
「ねえ、何か面白いことやってよ」
ボスに睨まれても、ミイナは平気な顔だ。
「じゃあさ、遊ぼうよ。なんか持ってない?」
「ない」
「えー、暇だよー」
「うるさい小娘」
おお、とミイナが眉を上げた。
「前は『お嬢ちゃん』って呼んでくれたのに、『小娘』になったね」
「…………」
ボスは溜息を吐いて、ポケットから何かを取り出した。
「ほら」
「ん? 何? お金? お小遣いくれるの?」
「カジノコインだ。指で上に弾くから、表か裏か当てろ」
ミイナが鼻を鳴らす。
「子供騙しだね」
「嫌ならやらない」
「ごめん、やる」
ボスがコインを弾き、左手の甲に落ちたコインを右の掌で素早く隠した。
「どちらだ?」
「裏」
「残念、表だ」
ミイナが頬を膨らませる。
「うー、もう一回」
ボスがコインを弾く。
「表」
「裏だ」
ミイナはコインをじっと見つめた。
「いかさま?」
「するわけないだろう」
「もう一回」
コインを弾く。
「表!」
「裏だ」
「…………」
「やめるか?」
コインをポケットに戻そうとしたボスを、ミイナが杖で突く。
「駄目!」
「痛い、小娘」
「そうだ! 何も賭けてないから本気になれないんだよ!」
ボスが片眉を上げる。
「ふん。なるほど。では何を賭ける?」
「えーと……これ! イッテツ国の職人が作った櫛!」
ミイナは足元にあった鞄から櫛を取り出してボスに見せた。
長椅子に身体を横たえていたレイが、頭を微かに持ち上げる。
「それは……僕の……」
「ちょっと借りるね!」
ミイナも『借りパク』の技を覚えた。
「私が勝ったら、パンパンを頂戴」
「いいだろう」
コインが宙を舞う。
「裏」
「表だ」
ミイナはすかさず、鞄の中から本を取り出した。
「魔物全集! 今度はこれを賭ける」
「だから、それは僕の……」
震える指を伸ばしたレイを、ミイナは無視した。
ボスがコインを弾く。
「表!」
「裏だ」
「じゃあ、今度は饅頭で勝負!」
レシピ本を読んでいたシータが驚いて振り向いた。
「オイラのだよぅ」
「一個ちょうだい! ――裏!」
「表だ」
「…………」
「才能がないな」
ミイナは足元に転がっていたモノを掴んで突き出した。
「レイの杖! ――裏!」
「表だ」
「髪の毛の薬!」
「それは、……その魔法使いに返してやれ」
憐みを含んだ視線を、ボスはレイに向ける。レイの全身が震えた。
「僕の髪は、まだ大丈夫だよ、ね? ――ゲフッ」
「レイ! 今忙しいから吐血しないで! カンチ」
ボスは溜息を吐いて、髪をかきあげた。
「もうやめだ」
「やだ!」
「もう賭けるものも無いだろう?」
「うー……」
ミイナは歯ぎしりして少し考え、ハッと目を見開いた。
「じゃあ、負けたら頬っぺにチューしてあげる!」
「いらん!」
「なんでよ……!」
何故拒否をする。地団太を踏むミイナに、シータが振り向きもせず言う。
「即答だぁ。女としての魅力に欠けるからねぇ」
「うるさいシータ! ねえ、もう一回――」
と、そこで不意に馬車が止まった。
「魔物だ!」
ガインの叫び声が聞こえる。
ボスがコインをポケットに戻した。
「ほら、魔物だ。ガインに回復魔法を掛けてやれ」
「もう! 仕方ない。じゃあ今回は引き分けってことだね」
「…………」
ミイナは馬車から飛び出して、杖を掲げた。
「カンチ!」
ボスが、やれやれという感じで首を横に振り、呟く。
「じゃじゃ馬だな」
「じゃじゃ馬だねぇ」
ミイナから獲た戦利品を、ボスはそっと持ち主に返した。




