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29  オーナーとお友達

「綺麗……。こんな部屋に泊まれるなんて夢みたい」


 カジノの最上階にある部屋で、ミイナは夜景を見ながらうっとりと呟いた。

 ミイナの後ろに居たボスの側近が、黒い目を細めて微笑む。

「本来なら、ボスの私室に誰かを入れるなどあり得ないことなのですが、特別ですよ」

「『特別』っていい響き……!」

 ミイナが胸の前で手を組んで目を輝かせたその時、ドアが開いてガインとシータが部屋に入ってきた。

「おーいミイナぁ、持ってきたよぅ」

 ミイナ達は今夜、カジノの上にあるこの部屋に宿泊させてもらうことになった。ガインとシータは、宿屋に荷物を取りに行っていたのだ。

 荷物を床の上に置きながら、ガインが周りを見回す。

「ボスは居ないのか?」

 その言葉で、ミイナも気づいた。

「あ、そういえばいつの間にか居ないじゃない。どこ行ったの、側近さん?」

 訊かれた側近が苦笑する。

「私はブラインと申します。ボスはカジノの様子を見に行きました」

「カジノ?」

「はい。ボスはカジノのオーナーでもあるので――」

「え!?」

 ミイナは目を見開き、ブラインの胸ぐらを掴む。衝撃で、ブラインの少し長めの黒髪が揺れた。


「オーナー!?」


 ガインとシータも驚く。

「オーナーだったのか」

「お金持ちぃ」

 と、その時、再びドアが開いてボスが部屋に入ってきた。

「……何をしている、お嬢ちゃん」

 ミイナはブラインから手を離し、ボスを杖で指す。


「オーナー! 私達お友達よね!?」


「……何を言っている? それよりソファに座れ。今後について話し合うぞ」

 まだ何か言っているミイナを軽く無視してボスがソファに座り、ブラインがその後ろに立つ。ガインとシータ、それに文句を言いつつミイナもソファに座った。

 皆が座ったのを確認し、ガインが口を開く。

「そういえば自己紹介がまだだったな。俺はウォル国の戦士、ガイン。こっちがセイン国の神官、ミイナ。隣室のベッドの上で倒れているのがマジンタ国の魔法使い、レイ。そしてホーダイ国の大食いチャンピオン、シータだ」

 ボスが眉を寄せてシータを見た。

「大食いチャンピオン?」

「おいら、チャンピオンだよう」

 人懐っこい笑顔を見せるシータから、ボスは視線をガインに戻す。

「……話を続けろ」

 どうやら『大食いチャンピオン』については、聞かなかったことにでもするつもりらしい。ガインが頷いて話を続ける。

「ああ。我々はシータが所有していた『魔王攻略日記上巻』を頼りに、魔王退治の重要アイテムらしい、『聖なる存在の欠片』を三つ手に入れた」

「上巻だと? 下巻もあるのか?」

「おそらくあるのだろうが、我々は持っていない。まだ手に入れていない欠片の在り処は、下巻に記されていると思うのだが……」

「聖なる存在とは?」

「人では無い者、らしい。攻略日記には、魔王の城は険しい山と『膜』に囲まれていて容易には入れないから、聖なる存在の力を借りる為に聖なる欠片を集めることにした、と書かれていた」

「…………」

 顎に手を当てて黙り込んだボスに、シータが荷物の中から取り出した欠片を見せる。

「これだよぅ」

「……なんだ、これは。割れた茶碗の欠片か?」

「これが聖なる存在の欠片だよぅ。たぶん」

 欠片を受け取ったボスは、いろいろな角度からそれを見つめた。

「それから俺達は、腕のいい装備品職人を捜していた。バッチは勇者の装備品を作った者の子孫らしいが……」

「ああ、そうだ」

 小さく唸って欠片をシータに返すボスに、ミイナが訊く。

「ねえ、オーナーの掴んでいる情報を教えてよ」

「まず、その『オーナー』というのをやめろ。――惨殺の短剣、これは祖父の代に少々厄介事が起きて、密かに他の勇者の子孫に預けられたと聞いている。魔王復活後に捜し始めたのだが、どこの勇者の子孫に預けたのか記録が無く、見つからなかった」

 そうだったのか、とガインが頷く。

「惨殺の短剣は諸刃の剣、強い呪が掛かっているので使用には相当な勇気がいると伝えられていた」

 強い呪、つまり呪いということか。溜息を吐き、ガインは短剣を握りしめた。

「勇気もなにも、安易に抜いて呪われたのだが……、呪いを解く方法はないのか?」

「知らない。解呪ができるかどうかも分からない」

「…………」

 肩を落とすガインの背中をミイナとシータが叩く。

「頑張って、ガイン。解呪できる人が居る……かもしれないし」

「芋、あげるよぅ」

「……ああ」

 ガインは焼き芋を手に入れた。

 ボスが「話を戻すぞ」、と前髪をかき上げる。

「装備品職人は、カジノで負けて多額の借金をし、その上武器の裏取引をしていたから捕まえた。それだけだ」

 眉を寄せ、ミイナは首を傾げた。

「だから、裏取引って何よ」

「知らない方がいい世界もある」

「何それ? で、ボスが掴んでいる情報はこれだけ? あんまり役に立つものが無いじゃない。ねえ、シータ」

 芋を食べていたシータが「そうだねぇ」と同意し、ボスの眉がピクリと動く。

「……攻略日記を見せてみろ」

 ミイナは肩を竦めて荷物の中から日記を取り出した。

「偉そうだよね」

「そうだねぇ」

 はい、と渡された攻略日記をパラパラと捲り、ボスが「ん?」と首を傾げる。

「これは……古代文字か? お前達はこれが読めるのか?」

「読めるわよ。レイだけ、ね」

「…………」

 ボスは後ろを振り返り、ブラインに日記を見せた。

「ブライン、お前はどう思う?」

 そうですね、とブラインが日記を覗き込む。

「勇者が活躍した時代より更に昔の文字ですね。何故この文字で書かれているのでしょうか? それにこれだけ古い文字となると、読める者など限られています。例えば研究者、それからもしかすると――『ズショ国』の国民」

 ブラインに、ミイナが首を傾げて訊いた。

「ズショ?」

「本の国、ズショ国です。無類の本好きが集まった国で、ここから南東に行った場所にあります」

「へえ……」

「他の勇者の子孫、研究者か研究所、ズショ国、そのいずれかに下巻がある可能性が高いと思います。『膜』とやらが本当に存在するのかは分かりませんが、世界の中心の孤島に船で近づいて帰ってきたものがいないのは確かです」

「そうなんだ。ブラインって結構賢いよね。一緒に旅しない?」

「いえ、私はボスが留守の間、組織を守る役目がありますので……」

「えー、いいじゃない」

 ブラインとミイナの会話を聞きながら少し考えて、ボスが「よし」と決断する。

「ブラインは、他の勇者の子孫と古代文字の研究者を捜せ。オレ達はズショ国に行く」

 え? とミイナがボスに視線を向けた。

「新入りが勝手にリーダーになってる!」

「船で強引に孤島に近づくつもりだったが、他に方法があるのなら試してみてもいい。装備品ができあがるまで、時間もあるしな。出発は明日。それまで皆、体を休めておけ」

 それだけ言うと、ボスは立ち上がって部屋から出て行く。残されたミイナ達は呆然とした。

「うわ、オレ様?」

「オレ様野郎だねぇ」

「ブラインも大変だよね」

 いいえ、とブラインは首を振り、隣の部屋を手で示した。

「シータ様とガイン様は、レイ様と同室でよろしいですか? ミイナ様はこちらへ」

 ブラインに案内されて、レイが眠る部屋とは逆にある部屋に通されたミイナが歓声をあげる。


「きゃあ! こっちの部屋も素敵! ねえちょっと来て、シータ、ガイン!」


 呼ばれたシータが、よいしょと立ち上がった。

「乙女だねぇ。ねぇ、ガイン」

 背中を叩かれたガインが大きく息を吐き、芋を手に持ったまま立ち上がって苦笑する。

「ああ、そうだな」

 ミイナの「早く来て!」という声が聞こえ、ガインとシータはミイナの元へ向かった。



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