20 小芝居終了
「というわけで、氷点下の塔に駆け落ちする二人の護衛をすることになったの」
宿屋に戻ったミイナとガインは、これまでの経緯を仲間に説明した。
「なんでも、駆け落ちには軍の護衛を付けてはいけないという決まりがあるのだが、最近魔物が強くなっているので姫様達だけでは心配なのだそうだ」
パン屋のデニッシュと姫の逢い引きを見学中に、偶然会った王様からの頼みとは、無事に二人を駆け落ちさせてほしいというものであった。
レイが顎に手を当てる。
「公認で駆け落ちか。不思議な慣習だね」
「うん。でもほら見て」
ミイナがガインに合図する。するとガインは、持っていた大きな袋を開けて中身を床の上に並べた。
「あー! 防寒具だぁ」
シータが歓声を上げ、ガインが頷く。
「王様から頂いた。これで塔攻略が楽になる筈だ」
レイがホッと息を吐いた。
「良かった。正直、毛皮を売っても防寒具が買えるほどのお金にはならないと思っていたんだ。しかもシータが着られるサイズまである。これはありがたいね」
「おいらの服は基本的に特注だからねぇ」
シータも同意して頷く。
ミイナが皆にその防寒具を配りつつ、明日の予定を告げた。
「駆け落ちは早朝、日の出と共に出発。ということで、今日はもう休もう」
「分かった」
「おやすみ」
「おやすみぃ」
勇者の子孫達はベッドに潜りこみ、明日に備えて早々に眠った。
そして夜明け前――。
防寒具に身を包んだ勇者の子孫達が、馬車に乗って城へと向かう。城には既に駆け落ちを見学しようと、国中の者達が集まっていた。
「凄い見物人の数だね」
圧倒される、というよりも若干引きつつレイが呟く。
城門の前で馬車を降りて待っていると、そこにデニッシュと姫が現れた。
「あ、ねえ、明けてきたよ」
朝日が昇り始める。デニッシュが跪いた。
「姫、私と駆け落ちしてください」
デニッシュが姫に向かって言うと、姫はその手をデニッシュに向けて差し出した。
「はい。喜んで」
二人が手を取り合い、用意してあった質素な馬車に乗って、北へと愛の逃避行を始める。ワアッと歓声が上がり、勇者の子孫達も馬車に乗り込んだ。
「行くよぅ」
御者は寒さに強いシータ。駆け落ちする二人の馬車から離れないよう気を付けながら追いかける。国から出て、さっそく近づいてきた魔物をレイの魔法で追い払いつつ、氷点下の塔へと進んだ。
出掛けに宿屋のおかみさんから貰った焼石を懐に抱えながら、ますます厳しくなる寒さに身を縮ませてミイナはシータに声を掛けた。
「うー、防寒具があっても寒い! シータ大丈夫!?」
御者席からのんびりとした声が返ってくる。
「おいらは平気ぃ。少し汗ばむくらいだよぅ」
「……さすがシータ、肉の鎧」
ちょっとだけ羨ましい、と呟いて、ミイナは顔色が悪くなってきたレイに回復魔法を掛け、ついでに毛布も掛ける。レイが少しだけ笑って礼を言った。
「ありがとう」
「しっかりしてね。寝ちゃだめだよ。あと、ガインは外を見ないでね」
ガインは魔物を見ると馬車から飛び出して行ってしまうので、外を見ることを禁止にした。そうしなければ、戦っている間に姫とデニッシュが乗った馬車とはぐれてしまう可能性があるからだ。いつもと違い今回は、魔物を追い払うことさえできれば良いのだ。
勇者の子孫達はレイの魔法で魔物を蹴散らし、レイの体調の悪さを回復魔法で何とか誤魔化しつつ、昼頃になって漸く氷点下の塔に着いた。
「さ、寒い……! ヒヒリーヌ大丈夫?」
馬車から降りたミイナが声を掛けると、ヒヒリーヌが力なく答える。
「ヒヒー……」
「頑張ってここで待っててね、ヒヒリーヌ。――姫様とデニッシュも大丈夫です?」
同じく、前方に停めてあった馬車から降りてきた姫とデニッシュにミイナは訊いた。デニッシュが元気よく答える。
「はい。体は寒くても心は愛で暖かいです!」
「心が暖かくても体が寒かったら駄目じゃないの?」
首を傾げながらミイナは、ガインと共にレイを馬車から降ろした。
「レイは大丈夫?」
「……ああ、大丈夫だよ。姫様たちが塔の中に入るようだ。僕達も中へ入ろう」
まったく大丈夫ではない顔色で、それでもレイは歩き出す。勇者の子孫達は、氷点下の塔に入った。
「ひえ! 塔の中の方が寒い!」
建物の中なのだから多少は温かいだろうという淡い期待は、一瞬で打ち砕かれる。ガタガタと震えながら、ミイナはハッと思い付いた。
「そうだレイ、火を出して。特大のやつ」
分かった、とレイが杖を掲げる。
「カエンチュウ! ごほ!」
炎の柱が出て、しかしそれはすぐに消えた。
「え、駄目? カンチ!」
レイが口元の血を拭いながら首を振る。
「残念だけど、寒すぎるよ。枯れ木とか、何か燃やすものが大量になければ駄目そうだね」
「うーん、そっか。持って来れば良かった。ところでデニッシュ、これからどうするの?」
前にいたデニッシュが振り向いて上を指さした。
「この塔の最上部で、指輪の交換をするんです」
「最上部……?」
勇者の子孫達は、デニッシュの指につられるように、一斉に上を向く。塔の壁に沿って螺旋階段が続いているが、目的の最上階は見えない。
「……めちゃくちゃ高そうなんですけど」
ミイナが大きな溜息を吐き、ガインがレイに背を向けてしゃがんだ。
「山登りの後は塔のぼりか。レイ、背中に」
「ごめん、ガイン」
レイが申し訳なさそうに謝りながらガインの背に体を預け、ガインはレイの体をしっかりと自分の体に紐で括り付ける。
「あ、おいらは留守番でぇ」
「駄目!」
逃げようとしたシータの肩をミイナが杖で叩く。シータが悲鳴を上げた。
「『のぼり系』はもう嫌だよぅ」
「仕方がないでしょう! 帰りは『腹スベリ』でおりれば?」
「それも絶対嫌だよぅ」
「ほら、みんな行っちゃうよ」
べったりと引っ付いて歩くデニッシュと姫のすぐ後を、レイを背負ったガインが歩く。ミイナはシータの袖を引っ張って、ガインの斜め後ろに付いた。
「うー、本当に寒い。デニッシュと姫様は元気だね」
螺旋階段を歩きながらミイナが呟く。
「ヒィ……おいらもう駄目」
「シータ! まだ数段のぼっただけでしょ!? ほら歩く――ん?」
シータの腹の贅肉をグッと掴んで引っ張ろうとしたミイナは、あることに気づいた。
「うわ! シータの贅肉と贅肉の間が凄く温かい!」
「ミイナ、歩きにくいよぅ」
「ちょっとガインもここに手を入れてみて!」
シータの苦情を無視して、ミイナは前方のガインを呼ぶ。そして振り向いたガインの手を、シータの贅肉の間に導いた。
「ふむ、これは温かいな」
「でしょ?」
「二人とも、おいらで暖をとらないでよぅ」
と、その時、姫の悲鳴が聞こえ、ガインの背中のレイが叫ぶ。
「みんな、魔物だ! あれは『レイトウコン』だ!」
ガインが短剣を抜いて、カチカチに凍った魂型魔物に向かっていく。短剣を突き立てられた魔物は、細かく砕けてはじけ飛んだ。
「凍ってる魔物って、返り血が無くていいね。カンチ」
「そうだな」
そう話しながら先に進むと、また魔物が現れる。シータが「あ!」と声を上げた。
「トウモロコシだよぅ!」
「あれは『レイトウコーン』という魔物なんだ、シータ」
トウモロコシそっくりの魔物も、ガインが短剣で刺す。すると魔物の粒が弾け飛んだ。
「あぁ、それ拾ってぇ、スープにするからぁ」
ミイナが「はいはい」と言いながら、トウモロコシっぽい魔物の粒を拾ってシータに渡す。
シータはトウモロコシっぽい魔物の粒を手に入れた。
「やったぁ! ところでそろそろ休憩――」
シータの言葉をミイナが遮る。
「駄目だよ。愛の暴走が止まらない二人が先に先に進むから」
ミイナが杖で示す先を見ると、デニッシュと姫が手を取り合って、階段を力強くのぼっていた。
「おーい、もっとゆっくり行こうよぅ!」
シータの呼びかけに、デニッシュが答える。
「早く結婚したいんです。急いでください」
「あぁ、更に早足になったぁ」
ガインがシータの肩を励ますように叩いて、デニッシュ達を追いかけた。
「ほら、シータ頑張って」
「ヒーィぃ!」
魔物と戦い、挫けそうなシータを励ましたり脅したりしながら、一行は塔を登っていく。
ハヒーハヒー、と苦しそうな呼吸を繰り返すシータに、ガインが振り向いて声を掛けた。
「シータ、もうすぐ着きそうだ」
果てしなく続いていると思われた階段も、あと少しで終わる。ついに、最上階がすぐそこまできていた。
「頑張れ頑張れ、カンチ!」
ミイナがシータに回復魔法を掛けると、ガインの背中に居るレイがか細い声を上げる。
「う、ずっとグルグルのぼってきたから吐き気が……」
「カンチダ!」
そして――。
「着いた!」
ミイナが歓声を上げ、ガインが身構えて短剣を抜く。
「ああ。だが、魔物だ」
「いきなり? ちょっとは休憩させてよ」
最上階には、大きな三角の耳と鋭い牙の生えた尖った口、薄い茶褐色の体毛に覆われた魔物が居た。レイが杖を掲げる。
「『レイトウキツネ』だ。姫様達は後ろに下がってください」
レイトウキツネは、一行に向かって一歩踏み出し――咳き込んだ。
「コーンコンコン! コ……ゲホ! ゲホゲホ! オエ!」
ミイナが眉を寄せる。
「え? 何この魔物、具合悪そう。ほら、震えてるよ。実は寒いのが苦手とか?」
魔物に向かっていきながら、ガインが叫んだ。
「見ろ! 魔物の後ろに宝箱がある」
ミイナが目を見開き、レイに命じる。
「あ! 本当だ! レイ、やっちゃって!」
レイは魔法を唱えた。
「トップウ!」
強い風が吹き、レイトウキツネが体勢を崩す。
「あ、こけた」
倒れたレイトウキツネは床をツルツルと滑り、螺旋階段から下へとあっさり落ちていった。
「…………」
「…………」
「……やっぱり具合が悪かったんだ」
レイみたいだね、と言いながら、短剣を振り上げたまま固まっているガインを押しのけ、ミイナは宝箱の側に行く。
「姫様、これ開けていいですか?」
「ええ、どうぞ」
「やった!」
許可を得て宝箱を開けると、中には……。
「……何これ?」
木で出来たブローチや刺繍、人形などがぎっしり入っていた。
姫とデニッシュが、ミイナの横に立つ。
「それは『駆け落ち記念品』です。駆け落ちした際、この宝箱に二人の初めての共同作業の品を入れると幸せになると言い伝えられています」
「……宝物じゃないの?」
「宝物ですよ、駆け落ちする者にとっては」
デニッシュが姫の指に『駆け落ちの指輪』をはめ、姫もデニッシュの指に指輪をはめる。それから二人は、紙に何かを書きつけて宝箱に入れた。どうやらそれが二人の共同作業の品らしい。
「では皆さん、下までお願いしますわ」
「…………」
姫が言うが、ミイナは呆然としたまままだ宝箱を見つめていた。そんなミイナの後ろから、ガインが宝箱の中を覗き込む。
「聖なる欠片はないのか?」
「あ……、忘れてた」
宝箱の中を探ると、底に近い場所から、それらしきものが見つかった。
「あった、これだよね。あれ? でも形が変なんだけど……」
ミイナが首を傾げ、欠片をレイに渡す。今までは割れた茶碗の欠片のようだったが、この欠片は、少し細長い形をしていた。レイが唸る。
「うーん、素材が同じみたいだから合っていると思うよ。いろんな形があるのかな?」
「そっか、じゃあこれでいいよね」
良かった良かった、と良く考えもせず、ミイナはポケットに欠片をしまった。
「帰ろう」
「うん」
一行は踵を返し――ミイナが「あ……」と呟く。床の上で、シータが倒れていた。
「シータ、いつの間に行き倒れてたの? カンチ!」
シータが呻きながら、顔を上げる。
「おいらさぁ、特に役に立ったわけでもないし、わざわざのぼってくる必要あったかなぁ?」
「まあ、いいじゃないの。おりるよ」
「ヒー……ぃ」
掠れた悲鳴を上げるシータの体を起こし、姫達を守りながら勇者の子孫達は螺旋階段を下っていく。そして下に辿り着くと、そこには王とその家来たちが待っていた。
王が両手を姫に差し出す。
「姫、余が悪かった。結婚を認めるから帰って来ておくれ!」
「まあ! 本当ですか、お父様?」
「本当だとも、余の可愛い小鳥よ!」
「まあ嬉しい!」
ミイナがフゥ……吐息を吐いた。
「小芝居は終わったみたいだね」
「そのようだな」
ガインが背中のレイをおろす。王様が勇者の子孫達の方を振り向いた。
「勇者の子孫達よ、ご苦労であった。この後催される宴に是非参加してくれ」
その言葉に、息も絶え絶えだったシータが反応する。
「宴ぇ! ご馳走ぅ!」
「うわ、急に元気になった。王様ありがとうございます」
王と姫達が塔から出て、勇者の子孫達も外へと出た。
「よし、我々も帰ろう」
「塔の中が寒すぎたせいか、外が少し暖かく感じるね。レイ、大丈夫?」
「ああ、ありがとう」
「ご馳走ぅ!」
勇者の子孫達は馬車に乗り込み、ラブリン国へと帰った。




