1 たぶん魔王復活
この作品は、流血描写が多めです。
また、残酷描写、ブラックな表現、相手に対して敬意の感じられない発言等もあります。
それらに少しでも嫌悪を抱かれる方は、回避をお願いいたします。
かつて、世界を恐怖に陥れた『魔王』。
その魔王が勇者に倒されてから長い年月が経ち――今、世界は再び暗黒に覆われつつあった。
◇◇◇◇
「というわけで、伝説の勇者の子孫、神官ミイナよ。復活した魔王を退治しに行くがよい」
世界の東に位置する『神職者の国セイン』。その城の一室で、王は神官ミイナに命じた。
「王様、そうあっさり言われても……」
ミイナが唇を尖らせて、椅子にどっかりと座っている王を見つめる。
ミイナは背中まである金色に近い明るい茶色の髪と、少し幼い顔立ちが特徴的な十六歳の女の子である。そして、かつて魔王を倒した伝説の勇者の子孫でもあった。
「いいから行くがよい」
王がしっしと手を振る。
「無理です、王様」
「そもそも伝説の勇者がしっかりと倒していなかったから、魔王が復活したのじゃろう? 先祖の尻拭いは子孫の役目じゃ」
「そんな無茶苦茶な……」
ミイナは愛用の杖を握りしめて唸る。別に勇者の子孫に生まれたかったわけでもないし、それで今まで何か得をした覚えも無い。それなのにどうしてこんな時だけ、ご先祖様の話が出てくるのだ。
「兵を退治に向わせるというのはどうでしょうか?」
王が首を横に振る。
「兵は国と余を守るので手一杯、それに平和な時代が続いていたから、はっきり言って驚くほど弱いのじゃ。そんなことはミイナも知っておるじゃろう」
知ってはいるが、だからといって『じゃあ行ってきます』とはミイナも言えない。何故なら――。
「私、回復魔法しか使えないのですが。剣も使えないですし、これでどうやって戦えと……?」
「余など、王であるのに魔法も剣も扱えんぞ。昔と違い、現代では魔法を使える人間なんて、世界中にほんの一握りしかおらん。その中で最上級回復魔法が使えるだけミイナは立派じゃ」
ミイナが「うっ」と言葉に詰まる。
「いや、でも……、それに第一、魔王って本当に復活しているんですか? 誰かが確認したわけでもないですし……」
王は眉を寄せ、窓の外を見た。
「まがまがしい気配を感じるじゃろう?」
「まあ、微かには」
「黒い雲がちらほらあるし、空気も淀んでおる。魔物の活動も活発になっておるから、たぶん復活したのじゃろう」
「たぶんって……」
肩を落とすミイナに、王は視線を戻した。
「しかしまだ、復活したばかりで力は弱い筈じゃ。今のうちにサクッとやってくるがよい」
「サクッとって言われても、だからどうやってですか」
「隣国にも勇者の子孫がおるじゃろ? 世界には他にも勇者の子孫がおる筈じゃ。その中にはきっと強い者もおる。集めて魔王の元に行くがよい」
「『筈』とか『きっと』とか『たぶん』とか、そんなのばかりじゃないですか!」
「余も怒りたい。なんでよりによって余の時代に復活などするのじゃ」
王は椅子から立ち上がると、ドアへと向かった。
「ほらミイナ、こちらに来い」
「もう! 王様!」
廊下に出て行った王を、ミイナは仕方なく追う。王は「こっちじゃ、こっち」と言いながら、城の外へとミイナを連れて行った。そして――。
「ほら、立派じゃろう?」
王が庭に置いてある、一頭立ての幌馬車を指差す。
「この馬車をやろう。着替えなどの荷物も積み込んである。さあ、急がないと魔王が力を取り戻してしまうぞ」
こんなものまでもう用意していたのかと、ミイナが驚く。あくまで王は、ミイナを魔王退治に行かせる気なのか。
「でも王様、やっぱり無理で――」
「皆の者ー! 伝説の勇者の子孫、ミイナが魔王退治の旅に出るぞ! 盛大に見送るがよい!」
突然、王が叫んだ。
「王様! 何するんですか!」
ミイナが慌てて王の口を手で塞いだが、遅かった。近くに居た人々が集まり、騒めき始める。
「魔王退治?」
「ミイナが?」
「おお! 何という勇気! さすが伝説の勇者の子孫!」
焦るミイナをよそに、人々からワッと拍手が起こった。
「頑張れ!」
「頑張れミイナ!」
「応援しているぞ!」
果物屋のおばさんが、果物を持って駆けてくる。
「これ、もって行って食べなさい」
花屋の女の子が花束をミイナに差し出し、門番をしていた神官兵が、ミイナの為に祈りを捧げた。
「……うぅ、いや、違……」
嫌と言えない雰囲気に、ミイナがたじろぐ。その隙をついて王がミイナの手を振り払い、強引に馬車の中へとミイナを押し込んだ。
「王様ぁ」
「行くのじゃミイナ。国民の期待を裏切るでない」
「……私に対して相当悪いことしていますけど、自覚はありますか? 王様」
もう断れそうに無い。ミイナは悔しさを滲ませて王を一度睨むと、御者席に向かう。
「御者くらい用意してくれてもいいのに」
「行け、ミイナよ! そなたなら必ず魔王を退治できると信じておるぞ! 祝福を!」
調子のいい王に溜息が漏れる。
「王様、無駄に煽らないで下さい。はぁ、もう……!」
やけくそ気味に覚悟を決め、ミイナは手綱を強く握った。
「はいはい。行けばいいんでしょ!」
大歓声の中、取り敢えず隣国にいる勇者の子孫に会いに行くことに決め、神官ミイナは馬車を走らせた。




