閑話 ある悪魔のちょっとした昔話
短編予定だったけど、少々こっちの方にズレてしまった。
…‥‥何もかも燃え盛り、黒煙が立ち昇っていく。
かつては繁栄し、美しい文化や笑顔の人々もいたはずのこの城下街も、もはや人気すらない。
あるのはただ、憎しみ合う者たちが互いに争い合い、弱者たちが地に伏せ、強者となった者はまた別の喪に討たれ、赤い大地へと変えていく。
「‥‥‥こんな光景にするのが、お前の望みだったか?」
「ああ、そうだ」
その光景を、人々の届かぬ高所から見下ろしながら俺がそう問いかけると、彼はそう答えた。
何処で間違えたのだろうか、彼はこのような事をする者ではなかったはずなのに。
人々の安寧のために働き、尽くし、努力を積み重ね、笑いあえる光景を楽しんでいたはずなのに。
いや、間違えたわけではないか。彼をここまで変えてしまったのは、その周りだ。
俺もできれば何とかしたかったが…‥‥生憎ながら、できるようなことはない。
失ったものを補填する方法などいくらでもあるが、埋めることができないものもある。何もかもできるような奴なんていないからな。
「ああ、そう言えばそろそろか?お前を討伐するための討伐隊が到着するのは」
「ふん、その程度の者どもは、この地獄絵図を見て心が先に折れるだろうよ」
ふと、予想していることを告げてみても、その態度は変わらない。
昔のお前は誰よりも謙虚であり、慈愛の心があり、誰よりも優しかったはずなのに。
今ではもう、誰よりも傲慢であり、慈悲もなく、凍てつく大地のように冷めている。
…‥‥彼を討伐しようと考えている者たちよ。お前たちは理解しているのだろうか?
この惨状を引き起こした彼がここまでやっているのは、お前たち自身が彼を変えたことが元凶だという事を。
信じていたものを裏切り、持っていたモノを奪い去り、誇りを地に貶め、彼は変わったという事を。
まぁ、そんな事を俺が思っても意味がないだろう。もう、遅いのだから。
唯一のものすらお前たちは彼から根こそぎ奪い去り、そして消したのだから。
見れば、赤く燃え、騒乱の大地の彼方から、わざわざ大軍を引き連れて奴らがやってくる。
この惨状の原因でもある奴らだが、そのすべてを彼に対して押し付けてくる。
「‥‥‥もう、俺はここを去らせてもらうよ。お前の友ではあったが、その悲しみをもう見たくないからな」
「そうか。無理もないか、お前は俺なんかよりも優しすぎるがゆえに、心を痛めるだろうからな。精々、妹にこの光景を見て痛めた心を慰めてもらえ、このシスコン野郎」
「…‥‥」
…‥‥この野郎。湿っぽいというか、シリアスっぽい最後の別れの時に、そんな口を利くのかよ。
友との別れに少々しんみりしていた気分であったのに、その一言で台無しにされた感じがするが‥‥‥それと同時に、少しほっとした自分がいたことに気が付いた。
少々悪口というか、自覚をしているが指摘されるとちょっと気にかかる事を言われたが、それだけの事を言えるだけ、まだ彼の心は残っていたのだろう。
憎悪によって変わり果てていても、やはり友は友であった。
「シスコンな部分は否定しないが…‥‥何にしても、変貌しているはずなのに変貌し切っていないその心に、ちょっと安心はしたよ。あの大群ゆえに、やられるまえに介錯でもしてやろうかと思ったが、その必要はないようだな」
「ははは、そうだな。せめてあと3、4つぐらい国を滅ぼした後にでも来ればいい」
まだ滅ぼす気なのかと言いたいが、とやかく言えるようなこともであるまい。
変わり果て、反転し、そして悪へと堕ちた彼ゆえに、そうでもしないと収まらないだろう。
「出来れば、まだ傷が痛むが、重傷を負わせたあの野郎に再戦を挑みたいが…‥‥探してくれないだろうか?」
「じゃ、その宣言しただけ滅ぼしたなら、探してやるよ。何ならこの場で契約でもしようか?」
「しなくても良い。どうなるかもわからないその契約をして、地獄に堕とされたらたまらないからな!」
既に大勢の死傷者を出しておいて、この友はまだ地獄へ落ちないとでも思っているのだろうか。
いや、地獄どころか冥界に行くのかすらも分からず、その業ゆえに魂が自ら焼き切れて、消滅するかもしれないが…‥‥できることは無いか。
‥‥‥その場を去り、離れた俺が振り返って見れば、そこでは大群が友一人の手によって、瞬時に焼き払われ、さらなる惨状を生み出す光景しかなかった。
どこかの世界で読んだ創作物に似た光景だが、こうして目にすると想像するよりもはるかにとんでもない事だなとよく理解させられる。
あの様子であれば、言った通りにあと3、4つぐらい国を滅ぼすだろうな。‥‥‥契約をしなかったが、一応探してやるか。
そう思い、後は振り返らずに、この場を去る。
かつての友人であり、何事にも慈しみを持ち、全ての人のために尽くしてきた、善なる魔王の友よ。
全てを奪われ、全てを穢され、全ての人々を滅亡へと追いやる、悪へと堕ちた、破壊の魔王となった友よ。
その宣言通り、あと3、4つぐらい国を滅ぼしたのであれば、俺は友として、そして約束を守る悪魔として、その再戦を望む相手を探し出し、連れてきてやろう。
そう思いながらも、それから2つぐらい国が滅亡した知らせの後に、友が討たれたという知らせが入った。
いや、調べて見れば、討たれたのではなく、消滅したそうである。
どうやらその再戦を望む相手から受けていた傷が治り切っていないにもかかわらず、全力の暴走状態であちこちの国を暴れまわり、滅ぼしていたがゆえに、最後に会ったあの時には既に、体中がボロボロだったらしい。
気力だけで動いており、既に体が崩壊していたようだが…‥‥それでも国を滅ぼすとか、かなりの執念がうかがえるだろう。
「元凶もなくし、復讐も終え、残っていた執念も尽きたのだろうな‥‥‥‥」
討たれたという話になっているのは、そうしたほうが周辺諸国にとって都合がいいからであろう。英雄を出し、その英雄を利用して人々の気力を上げ、復興を早めるためにも。
でも、友の名誉も回復せず、そのまま悪へと堕とされたことに対しては納得いくまい。
「人間ってのは、どうしてこうも、身勝手な奴がいるのやら‥‥‥‥」
すべてがそうではないのは、流石に分かっている。
けれども、やるせない気持ちがあり、スッキリしない。
人を貶め、悪へと変え、自分たちを正義だと言って潰すその姿は、はっきり言って悪魔以上に悪魔であり、穢れているものだと俺は思う。
せめてもの友への手向けとしては、また次代のこの世界の魔王が産まれた時に、同じような事にはならないように、気を使うか。
「もういないだろうけれども、友よ。今宵の月明りは、俺たちが初めて飲み交わした時のように美しいものだ。だから、この酒も手向けとして飲んでいけ」
そうつぶやき、グラスに注いだ酒を天へ掲げ、俺はもはや消滅した友に思いを投げつけるのであった…‥‥
…‥‥それからかなりの年月が経過し、新たな魔王が現れた。
それまでに偽物はいくつもあったが、これは本物であり、彼のように善でも悪でもなく、中立であったが、危いのは変わらないだろう。
とはいえ、同じ道へ歩むことがないようにと、それなりに気にかけていたが‥‥‥‥
「‥‥‥友よ、お前昔はツッコミ上手だったよな‥‥‥その力を分けてくれ」
…‥‥悪へ堕ちることは、現状まだ無さそうではある。
だがしかし、今度はその魔王に仕える者の方の無茶苦茶さに、頭を抱えたくなったのであった。
うん、友よ。今度のこの世界の魔王は、まだ大丈夫そうだけど、人望が色々おかしい。増殖するとか、機能を増すとか、挙句の果てにどこかの異界の技術とか‥‥‥悪へ向かう前に盛大に色々としでかしそうで、気が抜けないのだが、どうしてこうなった。
この世界の魔王を選ぶ神へ、今度文句を言うために殴りに向かうから、良い殴り方を教えてくれ‥‥‥‥
‥‥‥誰とは言わないけど、その苦労は多分、周囲の奴らが良く理解しているだろう。
というか、かつての悪の魔王以上とか、どれだけ言われているんだろうか…‥‥
悪ではないが、やらかし具合がとんでもないようで、何処かで胃を痛めている人は多そうである‥‥‥




