#322 しみじみとしつつもデス
SIDEポチ
‥‥‥ウォォォォォンっと遠吠えを上げれば、月夜の灯りの元で旅立つ我が子たちも続けて遠吠えを上げる。
子育てをし、親としてできる限りのことをした後は、もう何もすることはないだろう。
【‥‥‥遠くへ駆け抜け、果たしてどうなる事か】
【あら?心配なのかしらねぇ?】
駆け抜けて行き、姿が見えなくなるころにそうつぶやけば、ポチの妻であるロイヤルがそう言葉を返す。
【少なくとも、あんたよりもあの子たちは立派だからね。きちんと立派な神獣となって、色々成しとげてくるはずだ】
【うっ…‥‥】
そしてついでに、寂しくなる巣に関して、気を紛らわせる言葉も投げかけるが、それはポチの心にサクッと刺さった。
フェンリル一家、子フェンリルたちの巣立ち。
大きくなり、もはやあの子たちは子供の領域を出て、大人になろうとしている。
実力自体もメキメキと上がって…‥‥
【シャゲシャゲェ…‥‥シャゲェ】
【おいおい、あんたがあたしたちよりも泣いてどうするんだよ】
【無理もないだろう。子供たちを一番よく見てくれていた奴だからな…‥‥】
目がないのにどこからか物凄い涙をあふれさせる植物、ドーラに対して、ロイヤルは適当な木の皮を剥いで拭くものとして手渡し、ポチも少々呆れたようにしつつも感謝はしている。
‥‥‥正直言って、このドーラのせいで子フェンリルたちの実力は底上げされてしまったと言っても、過言は無いだろう。
戦闘訓練では相手を務め、トリッキーな戦法や正面から堂々とした戦法、その他罠を仕掛けた場合なども様々な経験を子フェンリルたちへ積ませ、臨機応変に対応できるようにしてくれた。
その結果が、今宵の卒業までに行われた‥‥‥
【‥‥‥ところで、そろそろ掘り出してくれないか?あいつら、掘り出すのを忘れて勢いそのままで出て行かれたんだが】
【ああ、無理だね。深くはまっているようだし、一匹じゃ無理だねぇ】
【おおい!?】
‥‥‥卒業前の、模擬戦闘。
一人前のフェンリルとして外部に出ても大丈夫なのかという事で、ロイヤル、ポチ、ドーラの3体がかりで行ったが、結果は合格。
ポチだけ何故か戦闘終了後に埋められてしまったので、首から下は自由が利かず、ちょっとずつ手足の感覚がなくなっているような気がしなくもない。
【いやいやいやいや!放置せずにきちんと戻していけよ我が子たちよ!!このままだと息絶えてしまうんだが!?】
【情けないねぇ。そのぐらい、ちょっと力めば脱出できるじゃないか】
【シャゲシャゲェ】
【脱出できないのだが!?】
‥‥‥何にしても、子フェンリルたちはこのハルディアの森から旅立った。
巣立ち後の神獣は、どこへ向かうのかは、各々の直感次第。
どこかの森へ根付いたり、海を泳いで渡ったり、研鑽を磨くために各地の神獣の住みかへ訪れ、戦闘を挑む事もあるだろう。
あの子フェンリルたちは既に子供ではなく、きちんとした立派な大人たちと化し、もはやその行方はポチたちを知ることはできない。
どこかで伴侶でも得て、紹介してくれるのが一番良いのだが…‥‥それを見る事はそうそうないだろう。
何故ならば、子育てを終えた今、ポチたちもまた、この地から離れることになる。
神獣は、一度巣をつくり、子を育て切った後は、また別の地へ移らなければならない。
神獣そのものが人々の畏怖の対象となる分、愚か者達が狙う対象ともなり、大人よりも弱い子供たちがいる可能性が大きい場所にずっといるわけにもいかないのだ。
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SIDEシアン
「‥‥‥で、引っ越し前のお別れを言うために、わざわざ来たのか」
【ああ、そうだ】
【にしても、なんか物凄く汚れていません?土まみれというか、毛がいくつか抜けてますよ?】
【‥‥】
【いやまあ、引っこ抜くのに手間取ってね。ドーラと共にぐいぐいと力づくでやったんだよ】
…‥‥朝日が昇り、先日の晩餐会での疲れもあって、たまには王城ではなく森の方にある家(城)に帰ってゆっくりしていた朝早く。
珍しくというか、フェンリル一家のロイヤルさんの方から訪ねてきたなと思っていたら、どうも子フェンリルたちが無事に巣立ちを終えたらしい。
しかし引っこ抜くって、何があった?いやまぁ、多分汚れ具合から地面に突き刺さっていたと予想できるけど、何をどうしてそうなったのだろうか。
そのあたりは気になるのだが、今はそんなことを考える意味はない。
今日、ポチたちがここへ訪れたのは‥‥‥どうも別れを言いに来たそうである。
「子フェンリルたちが巣立ったから、自分たちもどこかへ出かけるのか」
【そういうことだ。一旦は温泉都市の方に出向き、癒すつもりだが…‥‥長くは定住しないだろう】
神獣たちには神獣たちなりの都合もあり、そもそも僕らの隣人のような存在であるだけで、共に居るわけでもない。
つまり、ポチ馬車とかも今後は使えなくなるのだが‥‥‥
「んー、ワゼ、気にする問題でもないよね?」
「ええ、そうデス。新しい動力機関などは、現在試作段階へ移行していマス」
一応、ミスティアの夫でもあるので王族としての馬車も使えるが、魔法屋としてもいるので、その仕事のために使う移動手段は必要でもある。
これまではポチ馬車がその移動手段を担っていたが…‥‥今後は、違う移動手段が取れるようだ。
‥‥‥でも、少々不安もあるけどね。前のミサイルモドキはやめてほしい。
【ふみゅ~?ふみゅふみゅ~】
「みー?みーみー」
【あ、こらこら、そこのポチじゃなくてロイヤルさんの毛を引っ張るのはやめなさい】
「痛んじゃうから、離してあげるにょ」
【いや、かまわないよ。我が子たちはもう旅立ったが、この子たちも可愛いと思えるからねぇ。夫のよりも、あたしの方が良いだろう?】
【ふみゅ!】
「みー!」
【‥‥さりげなく、貶されている気がするのだが】
ヒルドとオルトリンデが触るのを、ハクロとロールが注意したが、特に気にしないらしい。
まぁ、この娘たちの方はまだ短い付き合いだし、彼らが去る実感もないのだろう。
とにもかくにも、フェンリル一家はもう間もなく旅立つ。
ロイヤルさんとポチだけの旅をして、何処かへ渡っていくようだ。
「…‥‥まぁ、元々隣人のような関係だったとはいえ、いなくなるのは寂しいな」
【まぁね。こちらとしてはあの夫を色々しつけてくれたりしたら、非常に楽だったんだけどねぇ】
【おい、なんかひどい会話がなされているのは気のせいか?】
気のせいではないだろう。まぁ、それがポチなのだから、仕方がない事だ。
「旅立つのはいいけれども‥‥‥一応、身の回りとかを気を付けてください。前に、悪魔グズゥエルゼの被害に遭った神獣たちもいますからね」
【ああ、その手の類はきちんと神獣全体に伝わっているからね。人間でも同様にやらかす輩がいないという訳でもないし、警戒をするには越したこともないさ。この夫は多分駄目だろうが】
【あー、なんかわかってしまいますね…‥‥そのあたりも考えてあげましょうよ】
【だからなんかひど、】
「【【うるさい】】」
【あ、はい】
何にしても、ポチたちがこの森を去るのは寂しい事だ。
【この森にあった結界も、あたしたちが去れば失せるが…‥‥まぁ、無くても大丈夫だろう?】
「ええ、大丈夫デス。既にデータを分析済みですので、同等、いえ、それ以上の代物を張り巡らせることが可能デス」
いつの間にと言いたいが、そろそろ時間のようだ。
ポチとロイヤルさんがくるりと僕らに背を向け、別れのあいさつを交わす。
【それじゃ、しばらく世話になったねぇ。また何処かで会う事があるだろうし、その時もよろしく頼むよ】
「ああ、その時は、できれば道中の話も聞かせてください」
【できれば武勇伝も作りたいが…】
【ポチには無理ですよ】
【ふみゅ】
「みー」
「無理だと思えるにょ!」
【…‥‥おうぅふ】
ハクロ、ヒルド、オルトリンデ、ロールの言葉に、がっくりとうなだれるポチ。
うん、悪いとは思うけど、僕も同意見である。あ、ワゼたちもうんうんと同意して頷ているな。
がっくりとうなだれるポチを引きずりながらも、ロイヤルさんはその場を去っていく。
去る方向は、森の中の巣ではなく、森の外へ向けて。
もはや、彼らはここに住むこともなく、子フェンリルたちが戻ってきてここに来る可能性もあるが、今はただ、別れがあるだけだ。
「…‥‥寂しくなるな」
【ええ、そうですね】
去っていくその姿を見ながらつぶやくと、ハクロもそう答えてくれる。
何にしても、フェンリル一家とはこれでお別れとなって‥‥‥‥
…‥‥数日後。
「ご主人様、少々お知らせがありマス」
「ん?どうしたの、ワゼ」
「子フェンリルたちの内、一頭がある国で捕えられ、オークションにかけられることが決定したようデス」
「…‥‥はい?」
…‥‥どうやら、面倒ごとが舞い込んできてしまったようなのであった。
子フェンリルたちそれなりに強かったはずなのに、なんでそんな情報が入って来るんだよ…‥‥
‥‥‥去ってしまったフェンリルたち。
その別れの感傷に浸る間もなく、まさかの情報が入って来てしまった。
ポチよりも強いはずなのに、なぜ捕獲されているんだよ!!
次回に続く!!
‥‥‥巣立ったはずが、まさかの捕縛。数年後とかならまだわかるが、数日程度とはどうなっているんだろうか?




