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Elvish  作者: ざっか
第五章
111/118

鉄と鉛の品定め


 廊下の隠し扉から中へと入り、捩れた階段をコツコツと降りて、現れた門をエリスが片手で開いて見せれば――目的の地下訓練室にたどり着く。

 壁も床も全てが灰色の石造り。大広間と呼ぶにふさわしいほどの空間は、まさに『企んでいる』という言葉にふさわしい、と思う。

 

 空気はやはり湿っぽく、どこか息苦しくもある。地下ゆえ仕方ないのだろうけれど。


「ふぅん……」


 吐息のような小声を漏らして、アンジェはそのまま部屋の中央まで進んだ。草で編まれたサンダルは石床の上でもほとんど音を立てない。

 振り返って、彼女は尋ねる。


「ここはいつから?」

「最初から。さっきは言葉が足りなかったな。ここを作らせたのは私の父なんだ」

「なるほど。ヴァラ殿であればそれくらいは仕込みそうなものですわ」

「……とはいえ、今は大したものがあるわけでもないんだけど」


 ルナリアの返事のとおり、部屋はまさに殺風景の一言に尽きる。鍛錬用と思しき人形や木の棒、魔力訓練用と以前説明があった大きな石、壁に立てかけられた武器がちらほら。それらの道具でさえも部屋の広さからすれば随分と少ないように思う。


「さて、じゃあさっそく」


 ルナリアはそう言うと、奥まで一人歩き出す。止まって手招きをディアへと送り、渡された銃をその手にしっかりと握った。

 部屋の隅には、巨大な土の塊が置いてある。柔らかそうなところを見ると粘土なのかもしれない。

 彼女はこきこきと首を鳴らして、


「で、どうやって弾込めるんだこれ」

「それはですね」


 ディアが傍に付き、一つ一つ手順を説明する。

 銃は中央からぱかりと折れ曲がる作りになっており、そこに弾を込めるらしい。その弾は一つ一つが小さな鉄の筒に押し込まれており、中には必要なだけの破岩灰が入っている、と。

 

 ぐい、と押し込み、折れ曲がった本体をかちりと戻す。右手一本で狙いを定めつつ、再びルナリアは尋ねた。


「発射は?」


 なにしろ引き金が無いのだ。この時点で、ルネッタに扱えるものでは無い、という程度の想像はついた。


「方法は二つ、ありますわ」


 答えたのは、アンジェだ。


「一つは単純。射手が火を生み出し直接破岩灰に当てること。後は熱で爆発して弾が出ます。ただしこれは、目に見えない場所に火を作り出すだけの技量が求められますの。ルナやエーちゃんであれば眉一つ動かさず可能でしょうけれど、並の兵卒にそれを求めるのは酷……どころか、不可能でしょうね」

「ふむ、じゃあ二つ目」


 アンジェがぴっと人差し指を一本立てた。


「握りの部分……即ち元となった銃では引き金があった場所に、小さな金属の棒が突き出ているでしょう。そう、その小指の先ほどの。それは極光石と鉄と石を混ぜて作った代物で、大変良く魔力を伝えます。それに触れたまま魔力を流せば、散ることなく内部へと届き――後は弾の外装に仕込んだ熱石に注がれますわ。となればどうなるか、までは言う必要もありませんわね」

「そりゃわかるさ。わかるけど……熱石かぁ」


 彼女はわずかに顔をしかめる。生まれた疑問を訪ねる間も無く、アンジェはつづけた。


「そう、現状の問題はまさにそれですわ。熱石とは暖石の亜種、あるいは上位種かしら。魔力に応じて熱を生む仕組みは同じなれど、その熱量は圧倒的に上でまさに火の如し。ただしその欠点は……」

「高いんだよなぁ、これ」

「作るのに暖石の百倍近い手間が掛かりますもの。そもそもまともに仕上げられる職人自体が稀ですわ。かといって品が半端では破岩灰に着火できません」

「しかも脆い。これ、当然一発撃ったら熱石は粉々なんだろ?」

「もちろん」


 ルナリアが大きく息を吐いた。


「先は長いな」

「それはそうですわ。新しいものを作るというのは、そういうものです。とにかく今は手にした進歩を喜ぶべきではなくて?」

「そう、だな。ありがとうアンジェ」


 にこりと微笑む。本当に、その笑顔だけでなんでも押し通せてしまいそうだと思う。

 彼女は正面に向き合って、銃を粘土の塊に真っ直ぐ向けて――光と音が、地下の訓練場に飛び散った。

 ――ひっ

 

 ここは逃げ場のない空間なのだ。思わず体を竦めてしまうほどの轟音となる。

 弾は見事に命中したようで、この距離からでもわかる窪みが、粘土の中央に出来ていた。

 アンジェが言う。


「威力のほどは、ルネッタの物と同じくらいかしら。なにしろその銃は連射性を考慮したもの。仕組みをそのままに高威力を求めると、銃身をはじめとした様々な部分に極光石を埋め込む羽目になりますわ。ただでさえ高価な弾を使うというのに、そこまでは……という感じかしら。もちろん、量産を考慮しない特注品であれば話はかわりますけれど。例えば――あなた達専用とか」

「ま、そういうのは次に考えよう」


 ルナリアが再び銃を二つに折りまげた。打ち終えた弾の筒を引き抜いて、次弾を込めて折りたたむ。

 発射。命中。

 

 要した時間は数秒だ。特別急いだわけでもなく、この速度。凄まじい兵器であることは間違いない、と思う。

 満足気にその様子を見ていたアンジェが、胸の前で腕を組んだ。


「ちなみに、ルナ」

「ん」

「あなたはその銃について、どう考えているのかしら。威力、射程、精度。そこから考えうる有効な活用法。あるいは対処法。可能とする戦術、戦略そのものに与える影響。もたらされた新たな『火』は、我らの何処に座るのか」

「うーん」


 ルナリアは、少々大げさに首をひねる。

 それから空いた左手を動かした。ちょいちょいと、呼ぶかのように。


「エーリスぅー」

「えええぇ……」


 指名された彼女は、げんなりとした表情で、心底嫌そうな返事をした。


「いやわかってますよ。どーせやる羽目になるんだろうなーとか、団長が受ける側だとなんの参考にもならないなーとか、そりゃわかってますけどね」


 ブツブツと辛うじて聞こえる小言を吐き出しながら、エリスは壁際に立て掛けられたままだった剣を手に取った。

 歩き、進み、そして立つ。場所は粘土の正面だ。

 もちろん何をするかの予想くらいは、出来る。

 ルナリアが片手でゆっくりと銃を構えた。


「これは別に今思いついたとかではなく、ルネッタが持っていた銃の時点で考えていたことなんだけど――」

「ちょ、ちょっと!」


 突然声を出したのは、エレディアだった。彼女はぎゅう、と両手を握りしめた姿勢のまま、


「な、何を、するつもり、なの? だって、そんな……危ない、わ。もし何かあったら……」


 訴えるその顔はとてもとても真剣で、もはや泣き出す一歩手前にさえ見えた。

 困ったように頭をかくルナリアと、目を細めるエリス。それでも次の言葉は、エリス自身の口からだった。


「大丈夫ですよ、エレディア候」


 彼女はにこりと微笑んで、


「このくらいで死ぬような私ではありませんので。単なる曲芸の一つとして、穏やかに見ていただければ助かります」

「……ほん、とう? ほんとうね? 約束、よ?」


 しぶしぶ、といった様子で一歩下がるエレディアと、小さなため息をつく二人。なぜこうなったのか、何があったのか、そういえば結局聞けていない。今考えることでは無いのだけれど。


「さて」


 まさに気を取り直すための一言を添えて、再びルナリアが銃を構えた。もちろん、銃口は真っ直ぐエリスへと向けられている。


「色々視点はあろうだろうけれど、まずは防ぎ方からだろうと。そこを考えてこそ有効な使い方が見えてくるかな、と」

「ふむ、一理ありますわね」


 アンジェの返事にルナリアは頷いて。


「じゃ、いくぞー。まず一つ目」

「どうぞー」


 軽い掛け声、軽い返事。そして放たれる金属の塊。

 爆音、光。確かな発射の証拠と共に、エリスの背後にあった粘土の塊に、新たな穴が穿たれた。銃は確かに彼女を真っ直ぐ捉えていたはずだというのに。

 ルナリアは銃を肩に掲げて、体をこちらに向けた。


「速度はすばらしい。弾が小さいのも合わさって視認もまぁまぁ困難だ。ただその小ささ故か、軌道が簡単に逸れるみたいだな。受け止めたり弾いたり、となると中々に難しいが、このように風で通り道を作ってやるだけで勝手に外れてしまう」

「ふむ、風壁、ね。確かにもっともわかりやすい対策ですわ」


 ルネッタの目には当然見えなかったが、どうやらエリスが魔術で己の周囲に風を作ったらしい。正面から受け止めるのではなく、体から横へと流れるように。

 ルナリアが続けた。


「ただこれは、いつ撃たれるのかがわかっていないと相当厳しいな。最悪張り続けてれば良いわけだけど、それじゃあ戦いに支障をきたすほどに消耗する。結局立派に役に立つ、というわけだ。」

「傍に誰かいる場合は、上か下に逸らすのかしら」

「理想はね。ただそう上手くいくかはわからんし、腕次第でもある。余りに大人数なら風壁も強くなるから逆に簡単だが、半端な人数だと難しいだろうな」


 銃を折り曲げ次を込め、そして再び銃を構える。応えるように、今度はエリスも剣を構えた。


「二つ目ー」

「はーい」


 発射のまさにその瞬間、エリスの体が恐ろしい速度でぶれた。爆風爆音、そして閃光。さらに今度は金属がぶつかり合ったような激しい音が混ざっていた。

 静かになった室内の中に、ルナリアの声が響く。


「こんな感じで、普通に得物で防ぐ。ただしうちでこれが出来そうなのはジョシュア、ラクシャまでだ。ガラムは完全に発射の瞬間を読めないと無理だろうと。それを考えると、一般的な対策にはならんだろうな」


 ようするに、剣で弾き落とした、らしい。思い返せば黒爪樹の一人にあっさり拳銃を防がれたのだから、エリスが出来て当たり前、ではあるのだろうけれど。


「相手がよほどの精鋭でないかぎり、戦で考慮する必要はなさそうね。武器の質が悪ければ受けても砕けてしまいますし。個対個となればまた少々話は変わってきますけれど」

「そもそもサシでちゃんと狙えるのかが怪しいな。近づけば相手の風壁も消せるので、もちろん当たる確率は増えるが……そこまで近いなら殴ったほうが早そうだ」


 銃を折り曲げ、弾を込める。これで三度目になる。

 そしてルナリアは先ほどまでと同じ姿勢をとった。


「じゃ三つ目。いくぞー」

「あ、ほんとにやるんですね……」

「がんばれー」

「ええ、ええ、がんばりますよ、がんばりますとも」


 そんな捨て鉢に聞こえる言葉と共に、エリスは剣をぽいっと投げ捨てた。

 ――え?

 即座に放たれる銃弾、響く轟音。そして再び高速で動くエリスの体と、高い異音。

 

 右腕を振りぬいたままの姿勢でエリスはしばし止まり――二秒後に動き出した。左手で右手の甲をさすり、ぴょんぴょんと小さく跳ねる、跳ねる。


「いぃいーたいっ、いたいっ、痛い……さすがに、痛い……」


 ルネッタはぽかんと口を開け、アンジェは頬を引くつかせ、エレディアは涙を浮かべつつも手で口元を覆った。


「無茶をしますわね……」


 アンジェですらも驚いたのか、声音が安定していない。

 何が起きたのかは、分かる。魔力を込めた右手の甲で、迫る銃弾を弾き飛ばしたのだ。まさに無茶の一言だと思う。


「まぁこれが出来るのはうちでも私とエリスだけ。国中探しても百は居ないんじゃないかな? あんまり意味無いとも言えるし、銃持って寝込み襲うくらいじゃ古老なんかは殺せない、とも言える」


 ルナリアは銃を壁に立て掛けると、首を回して息を吐いた。


「わかりやすい対策としてはこんな感じ。逆に撃つ側としてはこれを考慮しないとな。といっても風壁をどうするか、がほとんどだろうけど」

「ふむ。奇襲で一気に、混乱に乗じて? 無策で配置しても効果は薄く、いずれにしても必殺にならず、かしら」

「そうだな。連射性の確保はすばらしい進歩だが、やはり威力が足りない。せめて二流どころの風壁程度は抜いてくれないと困る。それが出来て初めて、しっかりとした立ち位置が出来る」

「……具体的に、どういう兵器と位置付けてますの?」


 少しの間を挟んで、


「第二市民と第三市民の間を埋める代物」

「妥当ね」

「同時に――」


 彼女の顔がわずかに曇った。


「第一とそれ以下を余計に広げる代物、でもある」

「あらそうかしら。むしろそこも薄まるのではなくて?」

「百倍近い数的不利がある状況ならともかく……例えばエリスが真剣に風壁を張りながら飛び跳ねている限りまともに銃弾なんぞ当たらんぞ。もう少し威力が増して、二流の風壁は抜けるとなったら猶更だ。エリス側の銃弾だけは当たるんだからな」

「むぅ……」

「さらに、銃弾で受ける傷の程度も微妙だ。一流どころなら戦闘中に治癒してしまうが、第二以下では明らかな戦力低下に繋がる。耐久力も併せて考えるなら、弱い方が一方的に不利だ。それは多少の数の差を簡単に塗りつぶす」

「それは剣槍でも変わらないでしょう」

「そうかね。私はまだ近くで『もみくちゃ』にするほうがマシなんじゃないかと考えるが、どっちにしても今の銃では特権階級を脅かすだけの脅威になるとは考えづらい」


 ちらり、とルナリアは部屋の隅へと視線を送った。


「アレくらい突き抜けた威力があれば、また別の話なんだけど」

「……? あれはなんですの」


 二人は不思議そうに見る。アンジェは壁際の巨大な石弓を。ルナリアはそんなアンジェの顔を。


「何って……ライール特製の石弓だろ。砕岩灰でばーん、てでっかい矢をどーん。実際に撃ったけどバカみたいな威力だったぞ」

「特製……? 石弓……?」


 アンジェはその石弓まで駆け寄り、そっと触れた。振り返らずに、言う。


「これは……ああ、そういうこと。ルナ、これを実際に撃ったのですね?」

「撃ったよ。何かまずかったのか?」

「高い威力、のわりに小さく纏めて。大した品ではありますけれど、これはあらゆる部分に極光石が埋め込まれておりますの。あなただから良かったものの……そこらの凡兵に撃たせれば、銃身が中から破裂していますわ。強度不足で」

「……そうか」

「使用者のことなどまるで考えていない……兄さまのことですから、今更かもしれませんけれど」

「――そんなものを無言で渡す私の親父のほうが問題な気がするけど」


 ため息。それはあまりに当然だとは、思う。


「ま、いいや。とにかく銃に関してはこんな感じ。偉大な一歩、そして次のための一歩ってところかね。連射可能になったのはすばらしい。後は威力の話かな」

「費用も、ですわ。そこを無視できるなら、簡単に両方解決出来るのですから……ところでルナ」

「ん」


 アンジェは腰に手を当てて、表情は少し意地悪そうに。


「騎士団は未だに活動停止中なんでしょう?」

「そうだよ。もうちょっと早く許してもらえるかと思ったが、甘かったみたいだ……なんとかしてくれるのか?」

「残念ながら、さすがにわたくしの独断ではどうにもなりませんわ。口を出すにも限度というものがありますもの」

「そう、だよなぁ」

「ただし」


 人差し指を立てて、唇をなぞる。妖艶に。


「一人でなければ、話は変わる。そうは思いませんかしら」

「どういう意味かな」

「すぐにわかりますわ。そう、すぐに」


 口が裂けて、瞳が輝き、けたけたと。

 だんだんとこの顔も見慣れてきた。

 だってつまりこれは、アンジェが悪だくみをしているときの顔、なのだから。

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