木戸綾子さんの祖父が来たんだが?
10分ほどすると着信音がスマートフォンから聞こえてくる。
電話に出ると、
「佐藤です」
「木戸綾子です。今! 到着しました!」
「早ッ」
20分くらいで到着すると聞いていたのに10分少しで到着したんだが……。
シャワーを浴びて髪の毛を乾かしたくらいで電話が掛かってきたので、電話に出つつも着替えを続行。
「すぐに、そちらに向かいますね!」
「いえ。大丈夫です。すぐに家を出ますので」
久しぶりにスーツを着て外出する。
まぁ、久しぶりと言っても数か月ぶりくらいだが。
普段は作業着だからな。
作業着の方が楽だし。
「分かりました」
電話を切って、自宅から出たあと鍵をかける。
そして、アパートの2階から階段を降りていくと、白い少し高級な車が停まっていた。
その助手席に、木戸綾子さんが座っていた。
そんな様子に俺は首を傾げる。
何故に助手席に座っているのか? と。
俺に運転させるつもりでは――、そんなことはないよな?
そんな疑問が一瞬だけ脳裏を駆け巡るが、そんな考えはガチャリといい感じな音が――、車の運転席側のドアが開いたことで霧散する。
「初めまして。私は木戸 茂と言います。いつも、孫娘がお世話になっております」
そう言って頭を下げてきたのは、ガタイのいい老人であった。
それと同時に、孫娘という言葉に老人を見て、
「こちらこそ、いつもお世話になっています。佐藤和也と言います」
俺を足元からてっぺんまで見てくる老人。
そして一度頷いたあと、
「綾子。私は、近くで待っているから移動したいときは連絡を寄越しなさい」
「分かりました」
俺が老人もとい木戸綾子さんの祖父と会話している間に、助手席側のドアから出てきた彼女は祖父の話に頷く。
すると納得したように頷いたあと木戸茂さんは、車を発進させてしまった。
どうやら本当に近くで待っているらしい。
「あの……、木戸さん」
「あ! す、すいません! 祖父が! えっと……、んーっと……、そ、その! 大事な取引先の方を一度見ておきたいと」
「なるほど……。そういうことですか!」
全部、納得した。
要は、主要取引相手が信用できるかどうか実際に見ておきたいという事だろう。
「あ、はい」
「ということは……、木戸茂さんは」
「木戸商事株式会社の会長をしております」
「そうでしたか……」
一度も会ったことがないから初めてみた。
それにしても白のスポーツカーに乗っているとは心は若いなー。
「はい。それにしても、今日はスーツですか?」
「そうですね。自宅に訪ねてきたのが本当に銀行員かどうかは知りませんが、侮られるわけにはいきませんから」
「それはそうですね」
「でも木戸さんには、ご迷惑をかけてしまって申し訳なく思っています。税理士の方でも紹介して頂けるだけでも」
「いえいえ。気にしないでください」
「そうですか? それではお言葉に甘えて」
銀行員と企業側とのやり取りを近くで見てきたと木戸さんは言っていたのだ。
ここは、その経験値に賭けよう。
「それでは、佐藤さんのご自宅内で待機ですね♪」
「いえ、ここで待機です」
「え?」
「――ん?」
「まだ、時間はありますよね?」
「ありますね」
「それでは、ご自宅内で待機ですよね?」
「いえ」
「え?」
「ん?」
「まだ10分くらい……ありますよね?」
「そうですね」
「――なら、「あ、すいません! 興業銀行の千歳です!」――ッ!?」
途中まで何か木戸綾子さんが言いかけたところで、その木戸さんの言葉に被せるようにして、女性の声が聞こえてきた。
声をした方を向けば、20代半ばのフォーマルなスーツを着た女性が立っていた。
「すいません。30分後ってことでしたので10分前に……、来たのですけれど……、なんだかお邪魔でしたか?」
「いえ」
俺は否定する。
木戸さんを待たせることなく銀行員と語る人物と顔を合わせることが出来たのだから、時間的には、完璧と言っていい。
ただ、どうして木戸さんの表情は真顔で、その銀行員を注視しているのか。
少し考えたが――、
「(なるほど、木戸さんは銀行員だった場合を想定して俺と内密な情報のやりとりをしたかった……そういうことか!)」
元・営業マンとしての俺の勘は冴えに冴えまくっている。
つまり、俺の自宅内で、内密な話をして銀行マンを相手にした場合のシミュレーションをしたかったから何度も確認のために話を振ってきたのだろう。
謎は全て解けた。




