話は続くよ、どこまでも
――木戸邸宅。
夜遅くになったが、木戸綾子さんを送ったところパトカーが10台近く止まっていた。
そして今は、俺は木戸邸宅の応接室に通されており目の前に木戸社長と木戸会長が座っていた。
「君が、今回の件に関わっているということは、薄々、判かってはいた」
そう口を開いてきた木戸会長は、指を組みながら俺を見てきた。
「そ、そうですか……」
「うむ。木戸本社上空に浮かんでいた巫女服の女性。あれは――」
木戸会長が、取り出した拡大コピーした写真。
それは、養老渓谷ダンジョンで俺とミツハが一緒に撮られたモノだった。
「水の女神なのだろう? 君が、神を召喚したという話は我が社が契約している冒険者からも聞いている」
「そうですか……」
「――で、その水の女神は、我が社の前で戦闘をしていたということは、会長である私が確認済みだ。他の冒険者からも、君が召喚した女神が日本ダンジョン冒険者協会とゴタゴタを起こして神罰を与えたと聞いている。よって今回の件は、こちらに火の粉が飛んできたと私は思っているのだが、どうだろうか? 佐藤和也さん」
俺は、心の中で溜息をつく。
下手に嘘をついても問題の先送りどころか、不信感を持たれるだけだと思い、
「その通りです」
「そうか……。――で、綾子を君は助けたと? どうして我が社を助けた? 既に契約は満了であり何もしなければ、こちらに情報が洩れることもなかったというのに……」
――ん? 何だか、変な方向に話が……。
俺が、どうして木戸家を助けたのか理解できないということか?
知り合いや、付き合いのあった人間を助けるのに理由なんていらないだろうに。
そこに理由や意味を見出す意味が逆に俺には分からないんだが……。
「仰っている意味が分かりませんが?」
「……我々を見捨てていれば、このような場で問いただされることも、弱みを握られることもないのにと聞いているのだ」
「あー」
これは互いの見解の相違といったところか。
「なんだね?」
「自分は、一度でも関わり合いのあった人達を、自分の利害によって見捨てるような真似はしたくないので」
「なるほど……。――では、詳しい話を聞かせてくれるかな?」
俺は、ここ数日に起きた出来事を話していく。
「なるほど……。すでに16階層まで踏破済みとは……。その結果、水の女神を召喚し契約したと……。想像以上だな。君の力は」
「それほどでもないです」
「いやいや。降魔真理教は暗殺部隊を有していることは、上級国民であるなら誰しもが知っていた事だ。政財界にも強いコネクションを有しているし、中国政府と韓国政府と両国マフィア、それに警察組織にも根を張っている。議員数も衆議院、参議院を含めて60名近い。この意味が分かるかね?」
「……」
「理解したようだね。上級冒険者であっても太刀打ちできないほどの権力を有している。その権力を投じた武力や組織を一人の冒険者が壊滅させたという意味がどれほどのものか……」
「……」
「正直、私としては、こうして会話をしているだけで、いつ殺されるかも知れないと緊張しているよ」
「そんなことはしませんよ」
「だろうな。だが、世間はそうは見ない。もう少し、君は自分の力を理解して謙虚に行動した方がいい。少なくとも佐藤和也という冒険者は警察庁からは重要人物だとマークされたと思っていい」
「たしか……、警察組織からは目をつけられますよね」
「ああ。だが、艦砲射撃を止めたのは名案だと言える。下手をしたら防衛大臣のクビが飛ぶどころか内閣総辞職まで波及するところだった。そうなれば、今回の事件を引き起こした君の名前が大々的にニュースになっていたところだろう」
「たしかに……」
「今回、佐藤君が己の利害を無視して助けてくれたということ。こちらの被害は自宅のドアのみが破壊されたということを鑑みて君が関与しているということは、伏せる」
「いいのですか?」
「ああ。暗殺者の死体が全て無かったとしても、血痕は残っているのだろう? だったら、佐藤君も我々も何も知らなかった。綾子に関しても何も覚えていなかったということを厳命しよう。おそらくは、これだけで終わるとは思えないからな。おそらく、これから起きることの方が本番になるだろうし」
「どういうことですか?」
俺は木戸会長の言葉に内心、首を傾げる。
「日本の神々は祟るのだよ。それは、普通に」
「つまり、これから起きるかも知れない出来事に関連付けられて、自分や木戸商事にまで問題が波及することを事前に予防するという事ですか」
「そうなる。なので木戸家としては、巻き込まれた事については何も君に求めることはない。ただし、綾子との約束だけは出来るだけ果たしてくれると助かる」
「そ、そうですね……」
「義正」
「どうかしましたか? 父さん」
「警察には、何の事件も起きていなかったと事件性を否定してくれ」
「大丈夫でしょうか?」
「被害者が何も求めないのなら、警察も何もできはしない。それにヨットクラブで血痕が見つかったとしても、決定的な証拠がない限り任意の取り調べがせいぜいだ」
「分かりました。それでは、警備会社にも伝えておきます」
そう言って木戸商事株式会社社長でもある木戸義正は応接室から出ていく。
それと入れ替わりにボーイッシュな洋服に着替えた木戸綾子さんが部屋に入ってくる。
「お話は終わりましたか? お爺様」
「ああ。話は聞いていたな? 綾子」
「はい。私の方からも、警察には何も覚えていない、気がついたら海岸に倒れていたと報告しておきます」
「それでいい。何か言及されたとしても知らぬ存ぜぬで通せばいい」
「はい」
「これでどうですかな? 佐藤君」
「自分からは何も。ですが、助かりました」
「気にする事はない。会社の都合でもあるからな。あと出来れば孫の綾子とは良くしてほしい」
「まぁ、迷惑をかけましたし」
それを言われると俺としても「だが! 断る!」と、言う言葉が言えないんだよな。




