貸し一つらしい。
須佐之男命と別れたあと、俺はすぐに電話をかける。
「佐藤さん!? 佐藤さんですか?」
「佐藤です」
電話向こうから、木戸綾子さんの切羽詰まった声が聞こえてくる。
「今、どちらにいますか?」
「ヨットクラブから少し稲毛海岸駅に向かって歩いているところですね」
「それって、波止場沿いの大通りの?」
「そうですね」
「分かりました。すぐに向かいます」
電話が切れる。
数分後に俺がアイテムボックスから出した乗用車を運転した木戸さんと合流した。
「佐藤さん!」
何故か少し躊躇したかと思うと、木戸さんが俺に抱き着いてきた。
「ど、どうかしましたか?」
「さ、さっき――、武士の方が消えて……」
ああー、須佐之男命が俺の限定召喚を解除した時に、まとめて宮本武蔵の召喚まで解除したのか。
それで心細くなって現実が見えてきて心細さから抱き着いてきたと。
まぁ、普通の人が暗殺者に命を狙われて正気とか普通はありえないからな。
そう考えると、俺って少しは図太いのかも知れない。
これもダンジョンの効果なのかもな。
「それで……」
「ああ。もう大丈夫ですよ。何とか対処は出来ましたので」
「そうなんですか……あっ! ご、ごめんなさい」
慌てて俺から離れた木戸綾子さんが顔を真っ赤にしているが、まぁ人間、不安から解放されたら、誰かに抱き着くようなものだからな。
たぶん……。
「――いや、今回は俺の問題に巻き込んだようなものだから」
「そうなんですか? あっ! そういえば、先ほど、そんなことを言っていましたね。どうして私が拉致されて傷物にされたのか、その理由を教えて頂けるのですよね?」
「約束しましたから」
助手席に乗りこみ説明していく。
日本ダンジョン冒険者協会の担当から横柄な態度を取られたこと。
召喚した水の女神の逆鱗に触れた日本ダンジョン冒険者協会担当の国外追放が為されたこと。
それに不満を持った3親等内の親族たちが、神殺しをするために暗殺者を差し向けてきたこと。
そして、それらを撃退したこと。
それらをまとめて説明していく。
よくよく考えれば、非常に濃い数日を過ごしているよな。
あとでキュウリ食べてリフレッシュしておこう。
「そうだったのですか……。それにしても、佐藤さんがダンジョンに潜るようになったのって、やっぱり木戸商事が問題だったりしますか?」
「――いえ、まったく」
どっちかと言えば菊池母と、うちの弟の魔法実験のせいだから木戸商事は完全に、とばっちりもいいところだ。
「そうですか……」
ホッとした表情を見せた木戸綾子さんに俺はアイテムボックスから万札の入ったカバンを取り出す。
「本当に申し訳なかった。今後は、このようなことがないようにきちんと対処しておくから。それと、これは迷惑料だ」
「迷惑料?」
「中に1億円入っている。せめてもの謝罪の気持ちということで受け取ってもらいたい」
「……いえ、必要ありません」
「――え?」
「代わりに何かあった時に、私に力を貸してくれますか? 木戸商事も、今は農林水産省と熊本水産業組合との利権問題でゴタゴタしていますので」
「あー、それは難しい」
「どうしてですか?」
「冒険者の力は、無暗に振るうと冒険者の資格を失うからだ」
「そうなのですか?」
「ああ。今回は神々からのクエストと言う事で対応する事は出来たが、それ以外に勝手に冒険者としての力を振るうのはダンジョンへ入る資格と冒険者としての力も失うことになる。だから、俺をボディーガードのように使いたいなどと考えているなら無理だ」
「そうですか……。神々のダンジョンに、そんな規制が……、完全に盲点でした」
「詳しくは日本ダンジョン冒険者協会のホームページを見てくれればいいと思う」
「分かりました」
「なので、迷惑料として受け取っていてくれ」
俺の差し出したボストンバックをしばらく見つめていた木戸綾子さんは、頭を左右にゆっくり振る。
「それでは貸し一つということで」
「それは怖いな……」
「冒険者の資格を失うようなお願いはしませんから、安心してください」
それは安心できないというのだが……。
こちらは迷惑をかけた側なので俺は頷くことしかできない。
それから彼女を木戸商事株式会社本社まで送ろうとしたが、ジャージ姿だったので、自宅まで送った。




