新選組出撃(1)
召喚した新選組隊士の方々をおとりにして、俺はスキル【土魔法Ⅱ】を使い、ヨットクラブ近くまで地下にトンネルを掘って進んでいく。
木戸綾子さんの位置と、此方に危害を加えてきようとする連中の居場所が鮮明に正確に分かるからこそ出来る芸当だ。
――その頃、ヨットクラブ内では。
「朴隊長!」
「どうした?」
「外を見てください!」
「外?」
韓国の降魔真理教本部から直接送り込まれてきた大韓民国軍に籍を置き、大韓民国軍からも、降魔真理教の莫大な資金により最先端の重火器で武装している韓国マフィアとは一線を画す降魔暗殺部隊の男が怪訝な表情をしたまま外を見る。
「何だ? あれは――」
朴の視線の先には、降魔真理教の信者から接収したヨットクラブの建物に近づいてくる団体の姿が見えたのであった。
見えた団体は、誰もが腰に刀を差しており、だんだら模様の薄い藍色と白で色付けされている羽織を着ていた。
「わかりません! 日本刀を差していることから、日本特有のコスプレかと――」
「こんな真夜中に、コスプレをする集団がいるだと……、……ありえん……。だが、ここは日本だ。変態国……可能性はあるのか……くそっ! 本国では、こんな事はカリキュラムにはなかったぞ!?」
暗殺者である100名の男たちは、大韓民国軍に籍を置いたエリートであった。
ただし、エリートであったからこそ致命的な欠点があった。
それは中国語を扱う工作員でもあった彼らは、韓国では自国と周辺国の歴史すら満足に教えられないという致命的な弱点があり、近づいてくる新選組の隊服を理解できる者たちは誰一人存在していなかった。
だからこそ、コスプレをしている一般人の集団だと見誤った。
「木戸綾子を、奥の部屋に隔離しておけ! 流石に、あの距離からでは、我々の姿は一般人には見られただろう。その中に下着姿の女が一人いれば余計な誤解を与えることになる」
「はっ! 朴隊長。おい! こっちにこい! 女!」
中国語を巧みに使い、下着姿の木戸綾子の腕を掴み無理矢理立たせた暗殺者は、女を一人、奥の部屋へと投げ込む。
それにより、床に叩きつけられた木戸綾子は「痛っ!」と、小さく呻くが、その呻きを遮るように暗殺者は荒々しくドアを閉めると外から鍵を閉めた。
一人、部屋に取り残された木戸綾子は、「一体、どうなっているの? それに、あの新選組のコスプレは一体なんなの?」と、完全に混乱していた。
最初は、農林水産省か権益を得ている人間達の利権を奪った見せしめで中国か韓国の裏稼業を雇ったと木戸綾子は考えていたが、ヨットクラブの建物の鍵まで有している集団が、自身に関与してきたことに疑問を感じ始めていた。
「とにかく、ここから逃げ出さないと……。――でも……」
両手を後ろに回されている状態で腕を縛り上げられていること。
両足を揃えられてロープで足首を固定されるように縛り上げられていること。
両手両足が自由に効かない状態で木戸綾子は、逃げようがないと諦めかけたところで、目の前のタイル張りの床が崩れ落ちたことに気がつく。
「大丈夫ですか?」
その声が聞こえた途端に、声を思わずあげそうになった木戸綾子であったが、続いて顔を床下から出した男が唇に人差し指を当てて大声を出さないようにとジェスチャーしたことで小さく言葉を呟いた。
「佐藤さん……」
「助けにきました」
「助けにって――」
「兵士たちが戻ってきたら困ります」
そう言って佐藤が手を翳す。
すると木戸綾子を縛っていたロープが全て消え去る。
アイテムボックスに収容しただけであった。
「こちらへ」
「はい」
静かに音を立てずに部屋から地下へと通じる入口から降りる木戸綾子。
地下を走るトンネル内で、木戸綾子を無事確保した佐藤和也は、スキル【土魔法Ⅱ】を使い、タイルをアイテムボックスから転移させてタイルの下のコンクリートと土までもアイテムボックスから転移させる。
「これで、相手からは木戸さんが逃げ出したという事実と逃走経路は分からないはずです」
佐藤は、アイテムボックスから男物の靴を取り出してトンネル内の地面に置く。
「とりあえず、これでも着て靴を履いてください」
アイテムボックスから追加で取り出した黒の男物のジャージを木戸綾子に佐藤が渡す。
まだ事態がまったく呑み込めておらず流れのままジャージを着て、かなり大きめの靴を履いた木戸綾子は、歩き出した佐藤和也の後を追うようにして、土魔法で作られたトンネルの中を歩く。
トンネルの中を1分ほど歩くと、ようやく思考が動きだしたのか木戸綾子は口を開いた。
「あの佐藤さん」
「なんですか?」
「どうして、私が男たちに拉致されたって分かったんですか? どうして、すぐに助けにこれたんですか?」
その問いにトンネルの中を照らしていたスキル【光魔法Ⅰ】の光球が一瞬明滅する。
そこでようやく、木戸綾子が自分の置かれている現状が本来はあり得ないという事を理解する。
「もしかして……、これって――、佐藤さん関係の事件ですか?」
「まぁ、そうですね。本当に申し訳ない」
「――で、でも! 佐藤さんが、こんな変な暴漢達に目をつけられるような事なんて――」
「あるんですよね。それが――」
木戸綾子の言葉に佐藤和也が苦笑いする。
そうして会話をしている間に、佐藤和也が作ったトンネルから二人は外に出ることが出来た。
「さてと――、木戸さん」
「は、はい」
「車を一台渡しますので車の中で待っていてください」
「え? 車を渡すって――」
周囲を木戸綾子は見渡すが、波止場近くに停まっている車は、黒塗りのワンボックスカーがあるだけで、他に乗用車と見える車を見つけることが出来ずにいた。
そんな中で、佐藤和也がアイテムボックスからフルスモークの乗用車を一台取り出す。
「そういえば、佐藤さんはアイテムボックス持ちでしたよね……」
あまりにもあまりな事が連続で起きたことに思考が停止しかけていた木戸綾子は、自身の迂闊さに溜息をつく。
「あとで、全部、説明してくれるんですよね?」
「はい。おそらくは木戸さんの実家も色々と家財とか自宅とか被害受けていると思うので」
「分かりました。今は、それでいいです」
「ありがとうございます。此方が鍵になります」
佐藤和也が空中で手を振るう。
すると一人の男が姿を現した。
「某を召喚するとは――、すでに小次郎は召喚済みのようだな。――ならば、拙者は」
「こちらの女性の警護を頼む」
「警護? この宮本武蔵を?」
「頼む」
「仕方あるまい。須佐之男命の頼みだからな」
二人の会話を聞いていた木戸綾子は、佐藤和也から車の鍵を預かりながらも『宮本武蔵』や『須佐之男命』と言った超有名な神名が出てきたことに混乱する。
「あ、あの……、佐藤さん?」
「大したことはないので、木戸さんは、しばらく車で移動したあとに待機していてください」
「たいしたことないって――」
「木戸殿、参ろうか」
有無を言わさずに車の運転席に乗せられた木戸綾子。
そして助手席に乗り込んできた威圧感半端ない武士である宮本武蔵の視線に、脳が完全に「もう無理! 情報処理が追い付かないよ!」という状態に置かれながらも、車を発進させて駅の方へと向かった。
木戸綾子が運転する車。
その車が遠ざかる光景を見送った俺は、ヨットクラブからも見える高さまでスキル【火魔法Ⅰ】で作り出した火球を打ち上げて、
「爆散!」
上空で爆発させる。
それは、まさしく夜空を彩る花火であり、新選組隊士達には人質は解放という合図。
――同時刻。
空で爆ぜた火の玉を見た新選組隊士を束ねる土方歳三は、ヨットクラブ周囲を囲んでいた隊士達に聞こえるような声で怒鳴る。
「一番隊から十番隊まで全員抜刀! 朝廷に楯突く逆賊を一掃しろ!」
土方歳三の命令と同時に、一番隊沖田総司が、笑みを浮かべると同時に、電光石火の如く暗闇の中を駆け抜け近代兵器で武装した兵士であり暗殺者の喉元を斬り裂いた。




