仮家がないならモデルルームを移設すればいい
養老渓谷ダンジョンの改札口を出て駐車場に辿り着いたあと、アイテムボックス内から乗用車を取り出す。
「浩二、ちょっと運転席側を頼めるか?」
「別にいいけど、兄貴、何かあるのか?」
「ちょっと大多喜不動産に電話を入れる」
「大多喜不動産? それって、新しく家を建てるところに関わっている不動産の名前か?」
「ああ。そうだ」
「分かった。車は、出すのか? 距離を置いて冒険者協会の連中がこっちを見て来てるけど」
「必要ない。どうせ何もできない」
先ほどの光景を見てまで、こっちに文句を言ってくるような奴なんているわけがない。
人間は自分の身が大事なのだ。
「はい。大多喜不動産です」
「佐藤です」
「数日ぶりです。佐藤様。我妻です。どうかなさいましたか?」
「じつは新築工事は、そのまま進めてもらう方向で別案件がありまして」
「ほう? 別案件とは?」
「たしか茂原市には茂原総合住宅展示場とかやるとか以前に我妻さん言っていましたよね?」
「そうですね。ですが、すでに新築を建てられる佐藤さんには関係の無い話なのでは?」
「本来ならそうなのですが、ちょっと今、住んでいるアパートだと一人暮らし契約なので、一軒家が急遽必要になりまして」
「つまり同居の方が増えると?」
「そんな感じです。そこで俺が購入した土地の宅地エリアに茂原総合住宅展示場に置かれている一軒家を購入して移設したいんですが可能ですか?」
「無理ですね」
「相場の5倍払ってもですか?」
「可能ですが移設方法は――」
「アイテムボックスがあるので、そこに入れて運びます」
「……なんだか家を持ち運びするとか、世界の常識が代わりそうです。分かりました。当社もモデルルームということで茂原総合住宅展示場には一軒家を出しておりますので、それなら可能です」
「それでは、今から伺っても?」
「もちろんです」
電話を切る。
「浩二」
「分かっているって! もうカーナビで大多喜不動産の場所は検索済みだ!」
車のアクセルを踏み込む浩二。
車はゆっくりと走り出す。
そして、茂原市内の大多喜不動産に到着したのは、それから2時間後だった。
我妻さんと共に茂原市住宅展示場に行きモデルハウスを購入。
アイテムボックス内に入れたあと、銀行に寄り購入代金を大多喜不動産に口座に入金した。
価格は1億円ほどしたが、水の女神様が人が多い場所で何かをしたらと思うと正直言って都会では暮らせない。
むしろ1億円の投資金でも安いまである。
養老渓谷に戻り工事作業中の場所に到着後、我妻さんと打ち合わせをして邪魔にならないところで宅地場所にアイテムボックスに入れておいたモデルハウスを取り出し設置する。
「長いこと、不動産業に携わってきましたがモデルハウスを購入して運んで設置する場面を私は初めて見ました」
「俺も!」
浩二が手を上げる。
「仕方ないだろ。これしか方法はないんだから」
「それでライフラインですが……、名義変更などもありますので一週間から2週間は掛かると思ってください」
「分かっています」
電気、水道に関しては、もう魔法で代用するしかない。
幸いスキル【光魔法I】と【水魔法Ⅴ】があるから何とかなるし。
食事に関しては、現在、発展中の養老渓谷ダンジョン近くに道の駅やショップ、コンビニがあるから、そこを利用するとしよう。
「では、細かい手続きは私の方で勧めておきます」
「お願いします」
深く此方の事情を我妻さんは聞いて来なかったが、モデルルームを案内してくれた時に、ミツハを見た途端、顔色を変えたことから、もしかしたら其れが要因なのかも知れない。
「あ、浩二」
「何だ? 兄貴」
「これタクシー代」
俺は、万札を5枚取り出して浩二に渡す。
「まさか……、俺一人で千葉に帰れと?」
「そのまさかだ。理由は言わなくてもお前なら察せられるだろう」
「分かった、分かりましたよ。でも5万だと……」
「仕方ないな」
さらに5万円を財布から取り出して渡す。
「なんだか催促しちゃたみたいで悪いな! 兄貴!」
「ああ、本当だよ」
浩二は、スマートフォンでタクシーを呼んだあと、実家に向かって帰っていった。
そして新築住宅建築中の場所に残されたのは、俺とミツハと作業をしている工事関係者のみ。
工事関係者は、こちらをチラチラ見てくる事はあったが、すぐに視線を逸らして作業を開始した。
「やはり日本人なだけあって自国の神々の神格を拾う事が出来ているようですね」
そう満足そうに頷く水の女神ミツハ。
「そういうものなのか? その割には日本ダンジョン冒険者協会の連中は、ミツハのことを何も言っていなかったような……」
「当たり前です。彼らは、全員、日本人ではありませんでしたから」
あれ? たしか日本ダンジョン冒険者協会は公務員待遇だったはず。
公務員は日本人以外にはなれないはずだが……。
「そうなのか?」
「はい。そのために別の国の神に属しておりましたので期日を設けました」
「それって日本人だったら……」
「バッサリ首を落としていました」
「そうなのか」
「はい。それにしても……、これが旦那様と私との愛の巣ですか!」
移設したモデルルームを見て水の女神ミツハはうっとりとした表情をしていたが、俺は乗用車にミツハを乗せて近くのホームセンターに急いで向かった。




