第67話 どうせなら水着の美女に囲まれたい
嬉しい。とても。
主よ、感謝いたします。
マグディエルは満ち足りた気持ちで、すてきな景色を眺めた。
*
とんでもない夜を過ごした次の日、どうせならホテルを楽しもうということになった。午前中はプールで、午後からはテニスだ。
マグディエルは、プールに向かいながら、ぼやいた。
「わたしはプールには入れないかもしれない」
ナダブが怪訝な顔で言う。
「なんでだよ」
「いや、だって、このまま男の姿で行ったとするよ」
マグディエルは昨日、自分の身をロトから守るために、必死にアズバにすがって男の姿に戻っていた。
「ナダブかルシファーに近づきすぎたら女の姿になって、あぶない」
「なるほどな」
「女の姿で行ったとしても、アズバに近づいたら男の姿になる。どっちかっていうとそっちが悲惨かもしれない。女ものの水着の状態で男に戻ったら……」
「えぐいな」
「えぐいっていうな。えぐいけど」
前を歩いていたイエスが振り向いて言う。
「どちらかに固定できるようにすればいいんじゃないですか?」
ナダブが牽制するようにすぐ言った。
「じゃあ、アズバが男の姿になればいいんじゃない?」
「えー、わたし、かわいい水着着たい」
アズバのかわいい水着姿……、見たい。
イエスの隣を歩いていたルシファーが、振り向いて言った。
「わたしは女の姿になってもいいよ」
ナダブが驚いたように声をあげた。
「えっ、ルシファーの女の姿……」
「ナダブ、気になるんだ」
「なる」
これは、もしかして、期待できるのでは。
マグディエルは、ナダブがルシファーの女の姿につられている間に、決しようと急いで言った。
「じゃあ、ナダブとルシファーが女の姿になるってことでいい?」
ナダブが、ちょっと悩んだすえ、答えた。
「うーん、まあ、いっか」
やったー!
ホテルには水着も用意されていて、それぞれ好きな水着を選んで更衣室へむかう。
イエスとペトロとマグディエルは、あっという間に着替え終わって、プールサイドで、あとの三人を待った。
プールはかなり広い。屋内に大きなものが一つあり、屋外にも一つあるようだった。ガラスの温室のような作りになっていて、日がさしこんでまぶしい。プールサイドには、くつろげるスペースもたくさんある。
はやく、来ないかな。
マグディエルがそわそわしていると、イエスが言った。
「マグディエル、三人の水着姿がよっぽど楽しみなんですね」
「はい」
ペトロが笑って言った。
「正直すぎますね」
イエスが、更衣室のあるほうを見て言った。
「あ、来ましたよ」
マグディエルはそちらを見て、思わず目を細めた。
うぅっ、なんてまぶしいっ!
ナダブとアズバとルシファーは、ビキニ姿であらわれた。
はじけるような可愛らしさのナダブに、うっとりするような美しさのアズバに、——ルシファーはもう、神々しいほどの大迫力だった。
ああ、御座まで来て良かった。
ハレルヤ。
他に利用客もいないので、じろじろと見られる心配もない。
マグディエルの心はうきうきと、まさに天にものぼるような心地になった。
イエスがぽつりと言った。
「これ、全員中性的な姿になっていれば良かったのでは……」
マグディエルはイエスの腕をぎゅっと握り、睨んで言った。
「イエス、言ってはいけないこともあります」
「あ、ごめんなさい」
マグディエルは、はしゃぎきった心で遊んだ。
ひとしきりプールで遊んだ後、アズバが休むと言ってあがったので、マグディエルもついて行った。
プールサイドに大きなパラソルがあり、その下はふかふかのカーペットにクッションがいくつも置いてある。五人くらいでゆっくりできそうなスペースだった。
アズバと並んで寝ころぶ。
「昨日はよく眠れた?」
「ええ、あなたが寂しがって来るんじゃないかと思ったけど、大丈夫だったみたいね」
「え、じゃあ今日は行ってもいい?」
「いいわよ」
やった。
アズバがマグディエルのあごを、愛でるようにちょんっとつかんで言った。
「ねえ、頑張ったわね。ついに明日は御座よ」
「うん。なんか変な気分なんだ」
「変なってどんな?」
「御座に行きたくないような気持ち」
マグディエルは今になって、御座へ行くのがすこし億劫な気持ちになっていた。
「なあぜ?」
「だって、目的地についちゃったら、終わりな気がして。この旅がとっても……」
楽しいだけじゃないけど、色んなものが見えた旅だった。この旅がとっても……何と言えばいいのかよくわからなかった。楽しかったし、苦しかったし……。
「とっても好きで、終わってほしくなくて」
「あら、終わるのはいいことよ」
「そう?」
「ええ、次がはじまるもの」
アズバの美しい翠の瞳が、明るく輝いて、微笑んでいた。
「そう……そっか」
「また始めればいいわ」
マグディエルはアズバの優しい声に、甘えたい気持ちになった。
「次も、アズバと一緒がいいな」
「もちろんよ」
「ずっと、一緒がいい」
アズバがにっこり笑った。
影が差した。
ナダブが腰に手をあててこちらを見下ろしていた。
「なに、しんみり話してんだ」
「マグディエルが、御座についたら旅が終わるから寂しいって言うのよ」
「意味がわからん。ただ喜べばいいだろ。おまえは考えすぎなんだよ」
ナダブがマグディエルのとなりに来て座って言った。
「御座に行ったら、そのあと、どうするんだ?」
「何も考えてなかった」
「考えてみればいいだろ、ラッパ吹きの丘にもどるとか、誰かに会いに行くとか。この旅でいっぱい増えただろ、友だち」
マグディエルはなぜか、そのことは思ってもみなくてびっくりした。
「ほんとだ……、友だち、増えたよね」
「めちゃくちゃ増えただろ。ラッパ吹きの丘にいたころなんか、たった七人だったじゃん」
「ミリアムとモーセとアロン、元気にしてるかしら」
そんなに前のことでもないのに、すっかり懐かしい気がした。
マグディエルは、ミリアムのとんでもない行動を思い出しながら笑って言った。
「ミリアムがめちゃくちゃして、アロンとモーセがわあわあしてそう」
三人で想像して笑う。
「ダビデとまた力くらべするのもいいわね。ちょっと動き足りないし最近。——思いっきり誰かを殴りたいわ」
マグディエルはぞっとして、ちょっとアズバから身を引いた。
ナダブがクッションをぎゅっと抱えて言った。
「マトレドに会いたいな~。またどっかで天軍に会えるといいけど」
「ミカエルにも会いたいな。なんだか心配だから」
マグディエルがそう言うと、ナダブが怪訝な顔をして言った。
「ミカエルが心配?」
そんなことあるか? という顔だった。
あるんだって。
アズバが、ふふと笑って言った。
「なら、ユダとヨハネにも会わなくちゃ。それに、アヒさんとネフィリムも。大変、御座のあとの予定が急につまったわ」
マグディエルとナダブも「ほんとだ」と笑った。
「やあ、楽しそうだね」
ルシファーがにっこりと微笑んで、目の前に立っていた。
マグディエルの前に座って言う。
「何のはなしを——」
「ちょっと待ったーッ‼」
マグディエルの唐突な叫びに、ルシファーがぽかんとした顔をした。
「ねえ、この四人で写真とってもいい? 宝物にするから」
どうしても、この水着姿のすてきな三人との思い出を形に残したかった。マグディエルは必死だった。
ナダブがあきれた声を出す。
「おまえな……」
「あ、でもどうやって撮ろう」
「はい」
ルシファーが手をひとふりすると、自撮り棒がそこにあった。
マグディエルは、しっかりと自撮り棒を受けとり言った。
「囲んでもらって、いいですか」
ナダブが疲れたような声で言った。
「おまえ、欲望が正直に出すぎだろ」
マグディエルはナダブにスマホを取り上げられるまで、可能な限り何枚も撮った。
マグディエルが撮れた写真をほくほくした気持ちで確認していると、ナダブが言った。
「ねえ、ルシファーって、今は悪いことしないの?」
マグディエルは思わず突っ込んだ。
「ナダブ、聞き方……」
「するよ」
「えッ‼」
「いっぱいする」
「えぇッ‼」
ナダブが興味津々と言った様子でさらに聞く。
「なんでするの?」
「楽しいから」
ナダブが笑って「悪魔~」と言った。
アズバも興味深そうに聞く。
「どんなことするんですか?」
「このまえマグディエルをからかったときは——」
「ウワーッ‼」
マグディエルは目の前にいたルシファーを勢いよく抱きしめるように引き寄せて、口を手でふさいだ。全力で。
途端に、ナダブとアズバに責められる。
「おい、マグディエル、乱暴なことするなよ」
「そうよ、かわいそうじゃない」
かわいそうなのは、わたしです。
ナダブが、無邪気な顔で言った。
「なあ、ルシファー」
「うん?」
「胸に顔うずめてみてもいい?」
……ナダブ?
そのお願いはすごすぎないか?
「いいよ。おいで」
「おわー大きい。さわってもいい?」
「いいよ」
ナダブが遠慮なくルシファーの胸に頬をあてて、ひっついた挙げ句、両手でルシファーの胸を触った。
ナダブ……、わたしは今、あなたを心から尊敬します。
「やわらかくて、大きい、ふわふわする」
うぅっ。なんか、胸にひびくっ。
アズバも、無邪気な顔で続いた。
「いいな、わたしもしたい」
「おいで、アズバ」
「わ~、きもちいい」
……。
きもちいい?
マグディエルは、はっとした。
ルシファーの左右から、ナダブとアズバが、ルシファーの胸に顔をうずめるようにして、ひっついている。三人とも女の姿で。ビキニ姿で。
マグディエルは叫んだ。
「写真撮らせてください! お願いします! どうしても撮りたいんです!」
ナダブが許してくれなかった。
マグディエルは目に焼き付けた。
焼き付けたあと、おそるおそる言った。
「ルシファー、わたしも……」
ナダブとアズバみたいに無邪気にお願いできない。なんで、こんなに罪深いことを言うような気持ちになるんだろうか。わたしだけ姿が男だから? それはあるかもしれない、女の姿なら、もっとすんなり言えた、……かな。
ルシファーがニヤニヤ笑って言った。
「えっちな妄想しない?」
ナダブが大きな声で叫ぶ。
「えっちな妄想‼」
また、アズバが痛々しいものを見る目をした。
「映画の観すぎよ」
「しませ……」
いや……、ちょっと不安になってきた。
ナダブがあきれ果てた、といった声で言う。
「おまえな、そこはしませんだろ」
ルシファーが笑う。
「おいで、マグディエル」
あらがい難い誘惑があった。
やわらかくて、大きくて、ふわふわで、気持ちよかった。
ああ、天の御国はここにあります。
アーメン。




