表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

65/76

第65話 恐怖の裏側

 ナダブは、いくつもの窓を眺めながら、ガラスの海を歩いた。


 ガラスの海に入ってすぐは、深い霧でなにも見えなかったが、そのうち窓が現れるようになった。水晶のようにかがやくガラスの壁に、窓がある。


 窓の向こうには、様々なものが見えた。


 ひとつの窓をのぞくと、なつかしい景色があった。


 ナダブが、座天使スローンズに世話されていた家を出た日の風景だった。おなじ家で育った天使が、家の前に集まって談笑している。新しい生活にわくわくと顔を輝かせている。


 みんな、大人の姿をしていた。

 見た目の年齢に差はあっても、みんな大人だった。


 ナダブ以外は。


 マグディエルの隣で、なにか話している自分の姿が見えた。大人になったマグディエルより、背も小さく、たよりなげな子供のような姿の自分がいる。


 ナダブは、その窓をはなれて先へ進んだ。

 また、窓が現れる。


 窓の先に、自分がいた。今の自分と背丈は変わらなさそうだが、細くてひょろっとしている。


 鍛える前だな。

 ほんと、ちっさいし、ひょろひょろだし、頼りなさそう。


 次の窓をのぞく。


 いつだったか、マグディエルとアズバと地上に行った時の、風景だった。夜の社交場に入ろうとして、止められている自分の姿があった。


 不便なんだよな、この姿。


 お酒とか煙草とか、この姿だと地上で楽しむのに一苦労だ。煙草は吸わないけど。


 次の窓では、マグディエルが泣いていた。

 ずっと泣いているのに、誰もマグディエルの背をなでるものがいない。


 大丈夫かよ……。


 次の窓にもマグディエルがいた。

 サタンの腕に抱かれ、炎につつまれて、ゲヘナに下ってゆく。


 分かった。

 これは恐れだ。


 マグディエルが一人で泣いてるとか、サタンに連れ去られるとかは、最近のはっきりとした心配事だ。それに、むかしの記憶は、自分が成長できないことへの恐れだった。


 なるほどな。

 ガラスの海は恐れを見せるのか。


 そうと理解したとたん、霧がはれた。


 ふん、あらためて見せてくれなくても、わかってるよ。余計なお世話だ。


 ナダブは歩きながら、先に見え始めた出口に向かった。壁にある窓をひとつずつのぞいていく。半分くらいマグディエルだった。


 おれ、どんだけ、マグディエルのこと心配してんだよ。


 ナダブはおかしくなって笑った。


 あいつ、ほんと、心配ばっかりかけるからな。

 しょうがない。


 ガラスの海はあっという間に終わった。


 出口を出ると、すぐそこにイエスがいた。


 ナダブはぎょっとして立ち止まった。

 イエスのとなりにルシファーがいる。


 ナダブは思わず言った。


「びっ……くりしたあ」


 ルシファーがナダブに気付いて、穏やかに微笑み、あいさつをした。


「やあ、ナダブだね、こんにちわ」

「こ、こんにちわ」


 ナダブは挨拶を返してから、息をすいこんだ。

 とんでもなく、いい匂いだな。


 出口からアズバが出てきた。


「あら、ルシファー、こんにちわ」

「やあ、アズバ、こんにちわ」


 アズバとルシファーが、普通のことのように挨拶する。

 なんで?


 ナダブが戸惑っていると、イエスがニコッとして言う。


「ルシファーも一緒に御座みざ観光したいんですって」

「えっ!」


 それって、あり?


 戸惑ったままでいると、出口からペトロが出てきた。


 ペトロはルシファーに気付くと、イエスのもとに走った。走って、イエスをルシファーから隠すように立ち、大きな声で叫んだ。


「サタンよ去れーーーーーッ‼」


 近くを歩いていた人が驚いた顔で立ち止まり、そのあとひそひそ話しながら、去ってゆく。


 ナダブはおそるおそるルシファーを見た。


 気分を害しているかと思ったが、微笑んでいる。何を考えているかは読めない感じの顔だった。ペトロの目の前まで、ルシファーがゆっくりと近づいた。微笑んだまま。


 こわ。


 ペトロは若干、表情はひるみつつも、イエスの前に守るように立ち、動かない。


 イエスがペトロのうしろで嬉しそうに言った。


「もう、ケファったら~。かっこいい♡」


 ペトロとルシファーが至近距離で、見つめ合う。


 どうするつもりだ、と思っていると、ルシファーが姿を変えた。ナダブよりも背の低い天使の姿になる。ペトロの胸ほどの高さしかない。


 あどけない少女の姿だった。

 かわいい。


 アズバが小さい声で「かわいい!」と叫んだ。


 ルシファーは、ペトロの顔を見上げて、目をうるませた。

 いかにも悲しいという顔で言う。


「ペトロは、わたしのことが嫌いなの?」


 あ、これは、きつい。

 嫌いなんて言えるか、これ?


 アズバが小さい声で「かわいそう!」と叫んだ。


 ペトロが苦しそうな顔で声を発した。


「き……、きら……、うぅっ」


 ルシファーが胸元にちいさな手を重ねるようにして言った。


「どうしたら、好きになってくれる?」


 ペトロが苦しそうなうめき声を出した。


 イエスがペトロの肩先から、ルシファーのほうをのぞきこんで言った。


「ごめんなさい、したら仲良くなれるんじゃないですか? ペトロはいまだに、私がはりつけにされたのがトラウマなんです」


 ルシファーは眉をさげて、もうほんのすこしで泣きそうだよ、という顔をして言った。


「ペトロ、ごめんなさい。ゆるしてくれる?」


 それでも答えないペトロに、ルシファーが震える声でとどめをさす。


「だめ?」


 そう言って、美しく輝く右の目から、ひとつポロリと涙をながした。


 ゆるさないとかできるか、これ?

 無理だろ。


 ペトロが頭をかかえて「イヤーッ!」と叫んだあと、疲れ果てた顔で言った。


「ゆるします」

「じゃあ、キスしてくれる?」


 びっくりした。まだ、とどめがあった。


 差し出されたルシファーの頬が、涙でぬれている。

 ペトロがそっと涙をぬぐってから、キスをした。


 これはもう、完全に落ちたな。


 ペトロの顔が離れると、ルシファーが泣いていたのが噓のように満面の笑みで言った。


「チーズケーキを買ってきたんだ。ペトロが気に入ってくれるといいけど」


 ペトロが胸をおさえて「うぅ」と言った。

 可愛いと思ってるな、あれは。


 イエスが急にペトロを横におしのけて叫んだ。


「どこのチーズケーキですか‼」

「りくろーおじさん」

「なんですってー‼ まさか朝から並んでくれたんですか⁉」

「うん。人数分あるよ」


 イエスが、何かよく分からない叫び声を天に向かって叫んだ。


 ルシファーがナダブの目の前にくる。


 ルシファーのほうが背丈が小さい。

 明けの星が輝くひとみが、こちらを見上げて微笑んでいる。


「ナダブとは、はじめて話すね。仲良くしてくれる?」

「お……は、はい」


 あぶない、見た目が小さいから、おう、って言うところだった。


 ルシファーが、すこし首をかしげて言った。


「ねえ、ナダブはもしかして、丁寧に話すの苦手?」

「うん」

「じゃあ、もっと気楽に話してくれるとうれしいな。そうしてくれる?」

「え、いいの?」

「うん」


 もしかして、すごくいいやつかもしれない。


 ルシファーが、アズバのところに行く。


「アズバひさしぶり。今日はゆっくり話せるね」

「ええ、ルシファーその姿とってもかわいいですね!」

「アズバのほうが可愛いよ」

「あら」


 アズバが嬉しそうに微笑んだ。


「これは、アズバに似合いそうだったから、特別に」


 ルシファーのてのひらの上に、美しい細工の何かがあった。

 アズバが受け取る。


「わあ、かわいい手鏡。いいんですか?」

「うん、もらってくれると嬉しいな」


 アズバが嬉しそうに、手鏡をぎゅっとした。


 しばらく雑談していると、ペトロが、ガラスの海の門を眺めながら言った。


「マグディエル出てきませんね」


 イエスがニコッとして言う。


「イエスノー占いしてみましょうか。マグディエルが出てくるまで、どのくらい時間かかると思います?」


 ルシファーが「三時間」と答えた。


 おそ。


 イエスがコインをかまえて言った。


「よーし、では、マグディエルは三時間以内に出てくる! イエスなのかい! ノーなのかい! どっちなんだいッ‼」


 コインが飛ぶ。


「でてくーーーーー」


 裏だった。


「ない‼ え! 三時間以上かかりますか。大変ですね、マグディエル」


 その後、イエスは一時間ごとに刻んで占った。

 結果は、五時間以内には出てこない、六時間以内には出てくる、だった。


 アズバが不安そうな声を出した。


「五時間も出てこないの、マグディエル」


 ルシファーがなぐさめるように、アズバの手を握った。アズバが「かわいい」と言って、ルシファーを抱きしめる。


 ナダブはため息をついて言った。


「え~、めちゃくちゃ暇じゃん」


 マグディエル、あいつは、どこまで不器用なんだ。

 ほんとに、無事に出てくるんだろうな。


 ルシファーがアズバの腕の中から言った。


「ナダブ、ゲーム好き?」

「ゲーム、好き」

「スイッチ2買ってきたから、一緒にしよう」

「スイッチ2⁉」


 発売したばっかりの⁉


 神じゃん。


 ルシファーのおかげで、退屈せずにすんだし、チーズケーキは今まで食べたことがないほど美味しかった。特にペトロがチーズケーキを気に入りすぎて、ルシファーが「また買ってくるね」というと、ルシファーの頬に感謝のキスをするほどだった。


 そろそろ五時間たつ、という頃に、じゃんけんで負けて、ペトロがガラスの海の門でマグディエルを待つことになった。


 しばらくして、ルシファーが元の姿に戻って言った。


「心配だから、わたしも見にいってくるよ」


 ルシファーはマリオカート一位の座を、明け渡して門へ行った。


 ルシファー、やっぱり、いいやつじゃん。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ