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第64話 御座シティ

「ルシファー、ケーキ食べたい」


 ナダブがあまりに打ち解けて言った言葉に、マグディエルは驚いて起き上がった。


「そうだね。マグディエルも来たし、食べてしまおうか」


 ルシファーがそう言って手をひとふりすると、それぞれの前に紙箱が出て来た。


「マグディエルもここへおいで」


 ルシファーがとなりのあいている椅子を引いた。


 そういえばペトロが、チーズケーキがあるって言っていたっけ。

 マグディエルはルシファーが引いてくれた椅子に座る。


 ナダブが、マグディエルを見て言った。


「おまえが出てくるまで、食べるの半分だけにしといたんだからな」


 半分?


 その大きな箱の中身を半分も食べたのか?

 ケーキワンホールぐらい入っていそうだけど?


 マグディエルは、和気藹々(わきあいあい)としたみんなの雰囲気に、思わず聞いた。


「ところで、いつのまに、みんなルシファーとそんなに仲良くなったんです?」


 イエスがあっけらかんと答える。


「わたしは、もともと仲良しですよ?」


 そうなの⁉


「わたしは、もう会うの二度目だもの」


 アズバの言葉に頷く。

 それは、そう。


 ナダブが紙箱を開けながら、当たり前だろみたいに言う。


「おれ、ルシファー好き」


 いつの間に、そんなことに⁉

 スイッチ2とケーキで、そんなに⁉


 いや、あるかもしれない。ナダブは、博多通りもんのときも、食い意地が張っていたし、さっきからスイッチ2を放そうとしないところを見ると、完全に物でつられているような気がする。


 マグディエルはペトロを見た。


 目が合うと、ペトロがこほんとひとつ咳をして、背筋を正した。


「ペトロもなんだかすごく打ち解けていますね」

「まあ、いろいろありましたが、過去のことです。自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさいと主も言われましたし。ね?」


 ペトロがそう言ってイエスを見ると、イエスがニコッとして答えた。


「アーメン」


 ペトロが、マグディエルに向き直って言う。


「マグディエル、そんなことよりもケーキです。奇跡を堪能してください」


 マグディエルは目の前に置かれた紙箱を開けた。

 中にはチーズケーキがワンホール入っている。


「こんなに、食べれますか?」


 全員がいっせいに「食べれます」「食べれる」と答えた。


 マグディエルが中身を取り出すと、ルシファーがさっとケーキに手をかざす。すると、綺麗に六つに切り分けられた。フォークも渡される。


「ありがとうございます」

「どういたしまして」


 マグディエルは、ひとくち食べてみた。


 これは‼


 ——消えた。


 食べたっけ? くらいの速さでケーキがしゅわっと消えてしまう。美味しかったという記憶だけが口の中に残るようだった。


 マグディエルはワンホールを瞬殺する勢いで食べた。

 必死に食べるマグディエルにルシファーが声をかける。


「美味しい?」

「うん」


 ペトロが、うっとりした顔でチーズケーキを食べながら、マグディエルを見て言った。


「りくろーおじさんのチーズケーキ、奇跡みたいにふわふわですよね」



 全員がぺろりとケーキを食べ終えてしまうと、イエスが言った。


「では、日が暮れる前に御座みざゲートに行きましょうか」

「御座ゲート?」

「ええ、ガラスの海の出口に立て看板があったの、見ませんでした?」


 そんなものを見る余裕はなかった。


 アズバがマグディエルを見て言った。


「御座シティの住人以外は、まずは御座ゲートに行く必要があるらしいわ」

「御座シティ?」


 アズバが「ほら、これよ」とチラシをくれる。


 見ると、大きな文字で「御座シティへようこそ! まずは御座ゲートで入座手続きを!」と書かれている。御座ゲートまでの地図が描かれているようだ。


 入座手続きって、入国手続きみたいなことだろうか。


 マグディエルたちは、さっそく御座ゲートへ向かった。


 砂浜を出て、すぐに街が広がっている。街には、かなり古い建物と、最近建てられただろうものが入り混じっていた。古い石造建築のとなりに、現代的な低層階ビルが建つ、といった様子だった。


 砂浜に沿うように、アスファルトの大きな通りがあり、通り沿いには様々な店があった。鳩便はとびんの店もあるし、お土産物のようなものが並んでいる店もある。


 マグディエルは、お土産物の店をのぞいてみた。


 中にいる座天使スローンズが「ゆっくり見ろ」みたいな仕草をした。


 全焼ぜんしょうのいけにえパイ十六個入り、大人気、とポップに書かれて、山積みになっている菓子箱があった。包装紙にさわやかな人間の男性の顔写真が印刷されている。


 かなり美男子。

 誰?


 イエスがとなりで言った。


「それ、イサクの写真ですよ」

「えっ」

 

 たしかに、よく見ると写真の下に小さく『イサク』と書かれている。


 なんだか、ゴリアテ饅頭のセンスと似たものを感じる。座天使のセンスなんだろうか。父親のアブラハムに全焼のいけにえとして焼かれそうになったイサクが、よく全焼のいけにえパイに顔写真を提供したな。


 そうして、そこらをのぞき回りながら、一行は御座ゲートに到着した。古い建物だった。石造りの教会のようにも見える。


 中に入ると、入座手続きこちらの看板があり、それに従っていくと、カウンターがあって、そのむこうに人がいた。


 けっこう広いカウンターなのに、一人だけ、ぽつんと人間の女性が座って、お茶を飲んでいる。目の前にタブレットを置いて、何か見ているようだった。


 女性はこちらを見て、驚いた顔をして言った。


「うそでしょ、まさか、入座手続にゅうざてつづきですか?」

「はい」


 マグディエルが答えると、女性はタブレットを手に持った。


「え、できるかな、わたしこのシステム導入されてから手続きしたことないんですよね。いや、誰もしたことないか。あ、すみません、みなさん、順番にお名前お願いします」


 そう言って、女性はタブレットに書き込めるよう、ペンをかまえた。


「マグディエルです」

「はい」


「アズバです」

「はい」


「ナダブ」

「はい」


「シモン・ペトロです」

「えっ? ……はい」


「ナザレのイエスです」

「えッ⁉ ……は、い」


「ルシファー」

「……」


 女性はそのまま五秒ほど、宇宙でも彷徨っているのかなというくらい遠い目をした。その後、はっとして言った。


「……すみません私には荷が重すぎるので、少々お待ちください」


 女性は奥に消えていった。


 しばらくすると、奥からひとりの人間の男性があらわれた。年のころは四十を過ぎたころだろうか。びっくりするほど、セクシーな感じのする大人の男性だった。若い頃は壮絶な美人だったろうな、と思わせる顔をしている。俳優さんでもしていたのかな。


「お待たせしました」


 目の前に来て、にっこりとしてそう言った男性の声まで、壮絶にセクシーな声だった。


 ちょっと、耳元で名前とか呼んでもらいたい。


 イエスが嬉しそうな声で挨拶した。


「やあ、ロト、久しぶりですね!」

「イエス、お久しぶりです。お元気でしたか」


 ロトはカウンターから出てくると、イエスと抱き合った。ふたりは、お互いの頬にキスをおくりあう。


 ロトってまさか、あのロトだろうか。


 イエスが、マグディエルたちに向かってロトを紹介した。


「ロトです」


 シンプル過ぎる紹介に戸惑っていると、ロトがくすくすと笑って言った。


「アブラハムの甥のロトです。みなさん、御座シティへようこそ、歓迎します」


 有名人! キャー!


 マグディエルたちは順に挨拶をした。

 最後にルシファーがにっこり微笑んで「ルシファーだ」と言うと、ロトはすこし驚いた顔はしたもののすぐに「これはこれは、ずいぶん大物ぞろいですね」と言って、笑いながら、ルシファーと握手をした。


 ロトこそ大物かもしれない。


 彼は、さっき女性が持っていたタブレットに全員の名前を書き込んだ後、言った。


「みなさん、スマホはお持ちですか?」


 全員うなずく。


 ロトがタブレット画面をこちらに見せた。QRコードが表示されている。


「では、この御座公式ラインをお友だち登録おねがいします」


 御座……公式……ライン?


 マグディエルは思わず聞いた。


「ここではスマホが使えるのですか?」

「ええ、使えますよ。ネットも使い放題です。御座Wi-Fiがありますから、使ってください」


 そうなんだ、天国では電気とか電波とかとは無縁だと思っていた。


 ふと、地上では見慣れていても、天国ではあまり見慣れなかったものに気付いて、マグディエルは言った。


「そういえば、灯りがすべて電気ですね」


 イエスがにっこりして言った。


「ここには、発電施設も電波塔もありますからね」

「えっ、そうなんですか」

「あなたも、もう見ましたよ」


 そんなものあっただろうか。


「ほら、街の上に輝いていたでしょう」


 まさか。


「あの緑玉の虹のことですか⁉」

「そうです」


 光っているなとは思ったが、まさかあの虹の輝きが、電気だったなんて。


 ロトが微笑んで言った。


「あれがあるおかげで、御座シティでは電気も電波も使い放題なんです」

「最高ですね」


 つい真顔で言ってしまう。


「みなさん、しばらく滞在されますか? あ、それとも住まれます?」

「あ、しばらく滞在で……、どのくらいかは、未定ですけど」


 言いつつマグディエルはみんなの顔を見た。みんな、うんうんと頷いている。

 イエスが言った。


「マグディエルが満足するまでいていいんですよ」


 ロトも頷いて言う。


「ええ、好きなだけいてくださいね。なんなら住民登録してください。今のところ、ここに住んでいるのはアブラハムと世代の近い一族と、御座を管理するためにもともといた御使いばっかりですから、ニューフェイスは大歓迎ですよ」


 ロトがタブレットをカウンターに置いて、言った。


「さあ、みなさんシオン山越えからの、ガラスの海わたりで、お疲れでしょう。ホテルに案内しますから、ゆっくりして、そのあと夕食を一緒にどうです?」


 イエスが「いいですね」と言った。


「ホテルがあるのですか?」


 マグディエルの問いに、ロトが満面の笑みで答えた。


「ええ、御座ホテルズ&リゾーツです」





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 おまけ ☆聖書豆知識☆

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全焼ぜんしょうのいけにえ】

旧約聖書でおなじみ、神にささげるいけにえ。

主に家畜や鳥が全焼のいけにえとされました。

いけにえからは、なだめのかおりが立ちのぼるそうです。

最初にささげたのはノアでした。


【アブラハム】

旧約聖書で、ノアの箱舟、バベルの塔の話のあとに出てくるアダムの子孫。

神をよく信じたため、信仰の父と呼ばれる。

神に求められれば、ひとり息子のイサクさえほふろうとするほどの信仰心の持ち主。


【イサク】

アブラハムの息子。

神がアブラハムの信仰心をためすため、全焼のいけにえとしてささげるよう求められた子。

アブラハムがイサクを屠る直前に、ちゃんと神が「ちょっと待ったー!」しました。


【ロト】

アブラハムの甥。

ソドムとゴモラという都市が、神によって滅ぼされるとき、御使いの助言を受けてふたりの娘と脱出した人。

ふたりの娘に酒を飲まされ、襲われた話が有名。

「さあ、お父さんに酒を飲ませ、いっしょに寝て、お父さんによって子孫を残しましょう」

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