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第50話 神に向かって、ファイナルアンサーせよ!

 真ん中にいる、いちばん身体のおおきな智天使ケルビムが、興奮気味の声で叫ぶ。


「団体一組様、入りまぁーすッッ‼」


 すると、まわりの智天使たちが答えるように叫んだ。


「いらっしゃいませーぇッッ‼」


 身体の大きな智天使が、こちらを見て言った。


「ここに来たいと最初に言ったお客様は、前へどうぞ!」


 マグディエルは、雰囲気に気おされながら、前へ進み出た。


 智天使が、もっと近くに来い、というように手をこまねく。

 マグディエルは、智天使のすぐ近くまで進んだ。


 すると、智天使がマグディエルの肩を強い力でつかみ、言った。


「君か、よしよし」


 智天使が、まわりに目配せして、怖い声で言う。


「おまえたち、やれ!」


 まわりにいた智天使が、マグディエルの後方にいるイエスたちに飛び掛かる。たちどころに、全員智天使の肩に担ぎあげられてしまう。ナダブもアズバも、まったく抵抗できないようだった。智天使ケルビムは、熾天使セラフィムのつぎに力の強い天使だ。抵抗できるはずもなかった。


 マグディエルは、いちばん身体のおおきい智天使に、引きずられるようにして、部屋の中央へ連れて行かれる。


 イエスたちは、部屋の一方にある、ガラスで区切られたエリアへと押し込められていた。イエスたちが、ガラスの内側で何やら言っているようだが、こちらには声が聞こえない。


 マグディエルが立たされた場所の前には、大きなモニターがあった。小柄な智天使がその横で、マックブックを操作している。


 マグディエルの肩を掴んでいる、身体のおおきな智天使が言った。


「わたしの名は、アヒエゼルだ。アヒさんと呼んでくれ」

「は、はい。アヒさん」

「お名前は?」

「マグディエルです」

「よし、マグディエル、よく来てくれた。死ぬほど暇をしてい……長らく待ち焦がれていた。挑戦者を歓迎するよ」


 アヒさんの、一番手前にあるひとの顔の目がこわい感じになる。しし、うし、わしの顔も、ぎらっとする目でこちらを見た。


「あ、いや、でも、わたしは終末のあがなわれたい民ではないのですが」

「いいじゃないか! そんなことは! ここを通ったが百年目だ! 挑戦していきなさい! ね!」


 四つの顔のぎらつく目が怖くて、マグディエルは思わず頷いてしまう。


「は、はい」


 途端にアヒさんが、突き放すように言う。


「よし、挑戦すると言ったな! ではこちらも本気でのぞませていただく!」

「え」

「三問の問いに答えられれば、この先に通してやる。だが、一問でも間違えれば——」

「間違えれば——?」

「最下層からやり直しだ」


 ガラスのむこうで、イエスたちが一斉いっせいに動きを強めた。

 どうやら非難している。


 イエスたちの声は聞こえないが、こちらの声はあちらに聞こえているようだ。


 アヒさんが、モニターの前に立って言った。


「では、ルールを説明する。これから、わたしが出す三つの問いに君が答える。君は、もし回答内容がわからない場合、あのガラスの向こうにいる一人に、答えを教えてもらうことができる。そして、ここにいないだれか一人にも、答えを教えてもらうことができる。いずれも一回ずつのみだ。つまり、二回、誰かに、助けてもらえるということだ」

「ここにいないだれかには、どうやって聞くのですか?」

「それな……」


 アヒさんが、すんとした顔で答える。


「終末までには電話できるようにしようと思ってるんだけど、今はできないからさ、ま、実質使えないんだよね」

「えっ」

「ちなみに、答えは神に向かって『ファイナルアンサー』を宣言するまでは変更可能だ。宣言したあとは、ひるがえすことはできない」


 マグディエルは、すこし考えて言った。


「やはり、ただ通してもらうわけには、いきませんか」


 アヒさんは、すべての目を、がっとかっぴらいて言った。


「いやだね。挑戦者が何年ぶりに来たかわかる? 千八百年ぶりだよ? 逃がすと思うか? ヨハネの黙示録もくしろくが出てから、ちょっとの間だけ流行って、シオン山に来るやつもいたけど、今は完全に誰も見向きもしないんだから。忘れられた山だよこんなもん。何がシオン山だよ! でけえだけだよ、馬鹿野郎! 終末まで、だれも来やしねえ!」


 マックブックを触っていた小柄な智天使が「アヒさん~、それ以上はまずいっす~」と言った。


 アヒさんが、ひとつ咳払いして、顔を落ち着かせて言った。


「すまない、久しぶり過ぎるお客様に、つい、取り乱してしまった」


 アヒさんが、にっこりした。普通の顔をしていると、高位の天使らしく美しい顔立ちをしている。様子のおかしさが、それを打ち消していた。


 マグディエルは、おそるおそるお願いした。


「簡単めの、問題で、お願いします」

「わかった!」


 アヒさんが、あまりにすぐ了承するので、不安になる。


 アヒさんは、モニター横のマックブックをのぞきこみ、小柄な智天使と何やら、マグディエルに聞こえないような小さな声で相談しはじめた。


 マグディエルは、ガラスのむこうにいるイエスたちを見た。イエスが親指をぐっと立てた。ペトロが心配そうな顔で見ている。アズバがなぜかアヒさんをうっとりした顔で見つめている。ナダブが何か言っているが全然分からない。いや、おじさん、と言った部分だけ分かった。だまれナダブ。


 最下層からやり直しだけは、何としても回避せねば。あの階段をもう一度登ることになんてなったら——。


 無理だ。

 心が折れる。


 マグディエルは目を閉じて、推し結界を発動させた。ヨハネのキスを思い出す。額、右頬、左頬、よし!


 アヒさんの声が聞こえて、目をあける。


「よし、では、はじめるとするか」


 部屋の照明が暗くなり、モニターに効果的な映像が流れ始める。アヒさんと、マグディエルにライトがあてられた。


 アヒさんが大きな声で言った。


「第一問‼」


 いったい、どんな難しい問題が来るんだ。

 いや、でも一問目はさすがに分かるだろうか。


 アヒさんが問題文を読み上げると同時に、モニターに問題文が映し出される。


「アダム、その子孫ノア、その子孫アブラハムは——」


 アヒさんが、じらすように、マグディエルの顔を見つめる。


 かっと目を見開いて言った。


「それぞれ何歳まで生きたか!」

「くっ」


 最初から暗記系だった。


 いや、でもこれは、よくよく思い出せばいけるはず。


 ちょっと、あやしい。

 あやしいけれど、この問題で、誰かに聞けばあとがない。


 マグディエルは必死で思い出した。

 思い出せ、わたしの脳!

 がんばれ!


 マグディエルは、ゆっくりと答えた。


「アダム、たぶん……九百三十歳。ノアは……たしか……九百五十歳、アブラハムは、百……百……うぅ」

「お?」


 アヒさんが嬉しそうな顔をした。


 アブラハムは、今の人間の寿命により近づいていたはずだ。人間は神の心からはなれて、すこしずつ寿命を縮めていったのだから。いや、でも、アブラハムのころはまだ、けっこう生きたはず……。


 マグディエルは、ひねりだすように言った。


「ひ……、百七十五歳!」


 アヒさんが、マグディエルの目の前に来て、妙にかっこいい声で言う。


「ファイナルアンサー?」


 神に向かってファイナルアンサーを宣言すると言っていたが、マグディエルには神がどこにいるのか分からない。そうだ、神の子がいるから、そちらに向いて言えばいいか、とガラスの方を見る。


 すると、ガラスのむこうで、イエスたちが全員腕をあげて、マルの形を作っていた。


 アヒさんが、それを見て「あ……」と声を漏らした。

 マグディエルは、イエスをひたと見つめて叫んだ。


「ファイナルアンサー‼」


 緊張感のある効果音が部屋に大音量で流れる。

 マグディエルとアヒさんの視線が、じり、と交わる。


 緊張の瞬間。


 アヒさんが、マグディエルに顔を限界まで、ゆっくりと、近づけ、叫んだ。


「……正解ッ‼」


 ガラスのむこうでイエスたちがとびあがって喜ぶ。

 マグディエルの口から、大きな安堵の息がもれた。


 アヒさんがイエスたちを見てから、部屋のすみに待機している智天使たちに言った。


「おまえたち、あいつらが余計なことできないように、押さえつけておくんだ! 神の子だとて容赦するな!」


 智天使たちが叫ぶ。


「はい、よろこんでーーぇッッ‼」


 智天使たちが、ぞろぞろとガラスの向こう側へ行き、イエスたちを拘束する。


 アズバが、やってきた智天使と、何やら楽しそうにお喋りをしているように見える。あれは、拘束……じゃなくて、抱きしめられているようにしか見えないけど……。智天使も笑顔で、何やら答えている。


 マグディエルの心に、なにやらメラメラと燃えるものがあった。


「では、第二問だ」


 マグディエルは燃える心で、アヒさんを見た。


 アヒさんが、にやーっと笑った。


「イエスが一番好きなのは、タピオカミルクティー、マックシェイクチョコレート味、ヨハネが入れたお茶、どーれだ♡」





*******************************

 おまけ ☆聖書豆知識☆

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【アダム】

神が天地創造したときに、最初につくられた人。

食べるなと言われていた実を食べて、楽園を追放される。

この罪から、人は死を持つようになった。


【ノア】

アダムの子孫。

大洪水のときに、神に言われて箱舟をつくり

あらゆる動物をつがいでのせて、生き延びた人。


【アブラハム】

アダムの子孫。

信仰の父、と呼ばれる。

神をよく信じたため、神は彼の子孫を星のごとく増やすと約束した。


【アダムの系譜】

旧約聖書はすべてアダムの子孫の物語。

有名な人物はたくさんいますが、一部をご紹介します。

・アダム

・ノア

・アブラハム

・モーセ

・サムソン

・ダビデ

・ソロモン

・ヨセフ(イエス・キリストの養父であり、聖母マリアの夫)



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