第32話 こたえは、イエス♡
イエスのハレルヤ連発ののち、しばらくすると、座天使たちも、アズバとナダブも起き上がった。全員、ふらふらしている。マグディエルも、まだグロッキーだったが、なんとか持ち直した。
「ところで、あなたたち、何しにきたんです?」
イエスが聞いた。
「彼らは、黙示録のラッパ吹きだ。御座を目指しているらしいので連れて来た」
ミカエルが答える。
「へえ、御座に!」
イエスは、笑顔だった。
マグディエルたちは礼儀正しく、それぞれ挨拶した。
「はじめまして、イエスです。こちらは弟子のヨハネです」
イエスも優しい笑顔で礼儀正しく答えた。
「御座に行きたいのであれば案内しますよ。ただ……」
イエスがちらと家を振り返る。
「じつは今、ヨハネの家を修理中で、一週間ほど待ってもらっても? あ、それか、ヨハネも一緒に行きますか?」
「先生の愛する弟子は、疲れるのは嫌なので家で待ちます」
「そっかぁ、それじゃあしょうがないですね」
イエスが残念そうな顔をして言った。
「森の奥にひとつ使っていない家がありますから、出発までそこでお待ちいただけますか?」
イエスの提案に、マグディエルたちは顔を見合わせた後、頷いた。
「そろそろお昼の時間ですし、みなで一緒に昼食をどうです? ミカエルも」
イエスがそう言ったが、ミカエルは首を振った。
「わたしは帰るよ。明日から仕事だしね」
「そう、残念ですね」
イエスがまた残念そうな顔をした。
ミカエルが座天使たちに「おまえたち、帰るぞ」と言ったが、まだ座天使たちはぼーっとしているようだった。ミカエルがそこいらに散らばった金の輪っかを集めて、マグディエルたちが乗ってきた籠に入れた。
マグディエルも手伝う。
アズバとナダブも手伝おうとしたが、座天使たちと同じようにぼーっとしている様子だった。ヨハネが二人の手を引いて、家の前のテーブルとイスのある場所に連れて行って座らせる。
ミカエルが、座天使の目玉をつかんで籠にほうり入れた。
触って大丈夫なんだ、目玉。
マグディエルも近くをふらふらと低空飛行している目玉をつかまえる。湿っていると思ったのに、白目の部分は乾いてつるりとしていた。籠にほうりこむ。
「ミカエル、ここまで連れてきて下さってありがとうございました」
「ああ」
「あの、感謝のキスをしても?」
ミカエルはじっとマグディエルを見つめた後、マグディエルの顔の前に頬をさしだした。
「親切なあなたに、いつも癒しがありますよう」
マグディエルは真心をこめてキスをおくった。
ミカエルが祝福のキスを返した。
ミカエルから祈りがたちのぼるようなやさしい香りがする。
ミカエルはマグディエルの頭を軽くなでると、籠のはしを掴んで羽をひとふりした。光とともにミカエルと座天使たちの姿がかき消える。マグディエルは、もう姿も見えないが、空を見てミカエルのために祈った。どうか、寂しい香りが彼のもとから立ち去りますように。
「マグディエル~、お茶だよ~」
家の方からヨハネの声が届いた。
「はい」
マグディエルは返事をして、テーブルがあるほうへと移動した。
アズバとナダブが疲れた様子でお茶を飲んでいる。
「はい、マグディエルも、これ。ハーブティーだよ。ちょっと気持ち悪いのましになるかも」
「ありがとうございます」
ヨハネからカップを受け取る。口もとにもってくると、さわやかな香りがして、胸がすっとした。
「さあ、お昼ごはんにしますか!」
イエスが明るくそう言うと、ヨハネが唇をとがらせて言った。
「先生~、まだ無理ですよ。ほら、こんなにハレルヤ酔いしちゃってるじゃないですか」
「そっか~。ごめんね、楽しくなってやりすぎちゃった」
イエスがしゅんとして言った。
「酔いが収まるまで、ゆっくりお茶でも飲みましょ~。はい、先生にもお茶」
「わー、愛する弟子よ、ありがとう」
「どういたしまして~」
すごく仲がよさそうだ。
「あの、ヨハネに聞きたいことがあるのですが」
マグディエルはすすめられたイスに座って、ヨハネに話しかけた。
「どうぞどうぞ~」
ヨハネがアズバのカップにおかわりのお茶をそそぎながら答える。
「黙示録の内容について——」
「あ~、だめ~」
「えっ」
ヨハネが頬をふくらませて、口元に人差し指をやり、むーっと言った。
「黙示録の内容をぼくに聞かれてもわからないからね。ぼくが考えたんじゃないから」
「でも、ヨハネが書いたのですよね?」
「そうだよ」
「見たものを、書いたのですよね?」
「ちがうよ~。見てたらあんな意味不明な内容になんないでしょ」
「では、一体どうやって?」
「こう、スラスラ~って」
「す、スラスラ~?」
「そう、スラスラ~って、ただ湧き上がってきたものをそのまま書いただけだよ」
湧き上がってきたもの……。マグディエルにも覚えがあるものだ。神の存在をうたがった時、神を知りたいと望んだ時『御座を見たこともなければ、神を感じたこともない』という言葉が浮かんだ。
「ぼくは、その湧き上がってきたものを、ただ受け入れただけ。だから、内容について聞いたって無駄だよ」
ただ受け入れただけ。
ヨハネの素直さが美しかった。
マグディエルは、自分にはない強さのように感じて、羨ましく思った。
黙示録の内容から、ラッパの吹き時に関するヒントがもらえるかもしれないと思っていたが、それは難しいようだ。ヨハネの黙示録の実体は隠されている。そのまま読み取るだけでは、一体何がどのように起こるのか、終末世界がいかにしておとずれるのかは分からない。隠された予言の書は、マグディエルの使命について何も教えてはくれない。
マグディエルはイエスに向き直って言った。
「わたしは、神を疑いました」
「どのようにですか?」
「神は、いないかもしれないと」
「めずらしいタイプですね」
マグディエルは御座を目指している理由をイエスに説明した。
「なるほど、使命のラッパを吹くときを知れるかどうかも、吹くことができるかどうかも分からず、神を感じたこともない……。それで、浮き上がってきたのが『御座を目指して、神を知り、ラッパの取扱説明書を手に入れる』という考えだったのですね」
「はい」
「じゃあ、御座を目指しましょう!」
あれ。
イエスはガッツポーズをして「御座に、いくぞー!」と言い、にこっとした。
もっと、なにか、こう……、お説教されたり、神の存在についてさとされたりするのかと思っていた。
「じゃあ、お昼ご飯を食べましょう!」
イエスが、さっさと話を切り替えるように言った。
「先生~、お腹空いてたんですね~」
「そう、大工仕事してると、お腹すいちゃって」
「アズバとナダブは、もう食べれそう~?」
ヨハネがふたりのほうに顔を向けて言う。
もう、アズバもナダブも、随分顔色は良いようだった。
「ええ、大丈夫です。ありがとうヨハネ」
アズバが言った。
「お茶もう一杯ちょうだい」
ナダブがカップを持ち上げて言った。
ヨハネが「どうぞ~」とすぐにお茶をいれる。
イエスが、机の上にあるこぶりの籠からかけ布をとる。中にはパンがふたつ入っていた。イエスはそれを割いて、みなが十分に食べられるだけのパンに分けた。マグディエルの前には五つものパンが置かれた。しかも、今まさに焼かれたように、ほかほかとしている。
ヨハネが机の上に置かれた水差しの瓶に、水を入れた。
イエスがそれを、みなの杯にそそぐと、それはたちまち葡萄酒になった。
「あ、魚もあったんでした」
そういってヨハネは一度家に入り、出てきたときには、ひとつの皿を持っていた。皿の上には焼かれた魚が二尾乗っている。イエスはその皿を受けとって、みなの前に一皿ずつ置いた。それぞれの前に、焼かれた魚が二尾乗った皿があった。しかも、今まさに焼かれたように、湯気をあげている。
不思議な光景だった。
高位の天使たちが、手を一振りして、目の前に色々なものを出すのとは、また違った不思議さがある。まるで手品みたいだった。目の前で見ているのに、どうやったのか全く分からない。
「さあ、食べましょう」
イエスが言った。
食事がすすんで、すこしリラックスしてきたころ、マグディエルは勇気を出して、イエスに聞いた。
「神はいますか?」
アズバが小さな声で「マグディエルッ!」と叫んだ。ナダブも焦ったような声で「おいっ」と言った。ヨハネは小さい声で「お~」と言って、イエスの方を見た。
イエスは、まっすぐにマグディエルの目を見つめている。
深い知識をたたえたような不思議な輝きが、イエスの瞳にあった。
しばし、間があった。
イエスは、唐突にニコッとして言った。
「イエス!」
おそろしい間がおとずれた。
だれも……、何も言わなかった。
唾を飲み込む。
マグディエルは、もてる最大の勇気をふりしぼって、もう一度訊いた。
「か、神は……いますか?」
ニコッ。
「イエス!」
心底おそろしい間だった。
マグディエルは知った。
世界には、無慈悲な沈黙が存在する。
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おまけ ☆聖書豆知識☆
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【大工仕事】
聖母マリアの夫は大工さんだったので、
イエスも大工の仕事してたよね、という噂。
【パンを割く】
イエスがよくやる奇跡のひとつ。
五千人にでも配れるよ。




