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第26話 救出の裏側

 あいつ、どこ行ったんだ。


 ナダブは城のなかを、うろうろしていた。


 おかしい、昼以降ぜんぜん姿を見ていない。

 マグディエルが行きそうな場所をかたっぱしから見て回るが、どこにもいない。

 一度、部屋に戻ってみるか。


 マグディエルの部屋に向かうと、ちょうどアズバと鉢合はちあわせる。


「おい、マグディエル見なかっ——」

「ねえ、マグディエル見なかっ——」


 ふたりの声が重なった。


「なんだ、アズバも探してたのか」

「ええ、お昼からいちども見ていないのよ。どこ行っちゃったのかしら」

「おれも、昼から見てない」


 ふたりの視線が重なる。


「あの子、どこかで落ち込んだりしてないかしら……」

「してんな、ぜったい」


 アズバが肩を落として「きっとそうよね~、最近日に日に元気がなくなってるもの」となげいた。


 手のかかるやつめ。

 笛が破裂するたびに元気がなくなっていくんだから。

 笛が吹けないことなんて、気にしなくてもいいのに。


 いや、まあ、気にするか。


「もう日も暮れるのに、どこ行ったのかしら」


 アズバが「町にでも出かけたのかしら」と言うのをきいて、ナダブはひとつ思いついた。


「もしかして、地上に行ったとか——」

「地上に? もしかしてマグディエルが通っていたメンタルクリニック?」


 最近のマグディエルの様子なら、ありえなくもない。

 もう城の中の行きそうな場所はあらかた探したし、アズバも探して見つからないなら城にはいないだろう。


 アズバが困った顔で言う。


「でも、メンタルクリニックの場所が分からないわ」

「おれは、知ってる」

「そうなの?」


 アズバが、なぜと問うように首をかしげる。


「ラッパ吹きの丘にいるころ、あいつがこそこそ地上に降りてるから、ついていったことがある」

「そういえば、メンタルクリニックに通ってるって話、あなたから聞いたわね」


 アズバが「心配だったのね」と言うのを無視する。


「見に行くぞ」

「ええ」



     *



 メンタルクリニックをのぞいたが、マグディエルはいないようだった。


「一応、この周辺も探してみましょ。あの子、城でもそこらへんのベンチでよく抜け殻みたいになってるときあるし」

「だな」


 メンタルクリニックのビルを出て、周辺を探す。カフェをのぞいてみたり、バス停のベンチをのぞいてみたり、ビルの下にある座り込めそうな場所と言う場所をのぞく。


「あれ公園じゃない?」


 アズバが指さした先に、緑が見えた。

 アズバと急ぎ足で向かう。

 木々に囲まれた散歩コースのある、なかなか広めの公園だった。中央のひろいグラウンドをかこむ形で、ランニングもできる幅広の道がある。道の両サイドにはベンチがあって、いかにも抜け殻がへたりこみやすそうな環境だった。


 アズバと道の両側をきょろきょろ確認しながら歩く。

 アズバが立ち止まった。


「ねえ、あれ——」


 アズバが指さす先に、マグディエルがベンチに座り込んでいるのが見えた。

 ベンチに座るマグディエルの前に、背の高い男が立っている。

 遠目にも美しい男だった。


 男が、うつむくマグディエルの前に手を差し出す。

 マグディエルがその手を取る。

 すると、とたんにマグディエルの姿が、女の姿に変わった。


 まさか——。


 マグディエルが相手に反応して姿を変えてしまうのは、今のところ、アズバと……、サタンだけだ。


 マグディエルと男がいるほうから、風が吹いた。

 かぐわしい香りがした。高位の天使の香りだ。


 アズバが足を踏み出そうとしたのを、腕をつかんで止める。

 アズバが怪訝な顔でこちらを見た。


「あれは、サタンだ——」


 ナダブの言葉にアズバが眉間の皺を深くして、マグディエルの方へと行こうとする。ナダブは、アズバの腕を強く引いて、引き止めた。


「なぜ、止めるの」

「おれたちが行って、どうにかなる相手じゃない」

「そんなこと言ったって、見捨てられないでしょ」

「天軍がすぐ近くまで来てる。マグディエルたちがどこに行くのか見届けてから、天軍に助けてもらおう」


 アズバは、少しの間ためらったが、頷いた。


 サタンは、マグディエルの肩に手をやって、メンタルクリニックのあるビルにむかった。

 エレベーターに乗って上がっていく。


 ナダブとアズバは、向かいのビルの屋上に飛んだ。

 最上階の廊下を歩くマグディエルが見えた。


 マグディエルが鍵をあけて、部屋に入り、サタンもつづいた。


 サタンが部屋に入る瞬間、こちらをちらと見たような気がした。

 だが一瞬のことで、そのまま気にする様子もなく部屋に入っていった。



     *



 マグディエルが部屋に入ったのを見た後、ナダブとアズバは城に飛んで帰った。

 マトレドをつかまえて事の次第を説明すると、彼女は顔を青くした。


「ナダブとアズバはここに残ってください。天軍は、あなたがたの翼では一日かかるほど先にいます」

「そんな、それじゃあ——」


 アズバが不安な顔をした。


「わたしの翼なら、一時間もかかりません。ミカエル様と翼の強いものなら、ほんの一瞬でここまで到着できます。おそらく、サタンが相手であれば、ミカエル様が直接向かわれるでしょう。わたしよりも先にこちらに到着されるでしょうから、おふたりは、サタンのいる場所を天軍に指し示してください」


 マトレドは、ナダブとアズバに音楽堂のそばの庭園で待つように行って、すぐに飛び立った。


 天軍を待つ間、時間はうんざりするほどゆっくりと進んだ。


「ナダブ、歩き回ったって天軍は早く来ないわよ」

「しょうがないだろ、そわそわするんだから」


 ナダブは音楽堂のそばの庭園でぐるぐると円を描くようにして、歩いていた。


 まだか——。


 そのとき、風が吹いた。


 おそろしく、かぐわしい香りがあたりを包む。

 眩い光とともに六枚の羽を持つ美しい天使が目の前に現れた。うしろには金の甲冑を身につけた、身体の大きな天使たちを従えている。


 ナダブとアズバが、跪こうとすると、美しい天使は手でそれを制して言った。


「サタンの場所を」

「案内いたします」


 アズバが言うと、天使が「いや」と答えた。


「すこし、きみたちの記憶をのぞかせてもらえるかな。その方が早い」


 ナダブとアズバは頷いた。

 天使はふたりに手をかざすようにした。

 しばらくすると、天使は手をさげて、ちらりと空を見る。


「きみたちは、マトレドに水でも用意してやってくれ」


 天使は、後ろの甲冑の天使たちを振り返り、「行くぞ」と声をかけた。

 一瞬で、天軍の姿がかき消える。


 マトレドに水——?


 ナダブが、そう思っていると、空からマトレドが落ちてきた。


「マトレド! 大丈夫⁉」


 走りよると、マトレドは息も絶え絶えの様子だった。


 アズバと二人でマトレドに肩をかし、宿舎へ向かう。

 マトレドは水を一杯飲むと、大きく息を吐いた。


「翼がもげるかと思いました。いままででいちばん早く飛びましたね、わたし、ぜったい」


 マトレドはもう一杯いきおいよく水を飲んでから、話した。


「ミカエル様が向かわれたので、安心してくださいね、ふたりとも」

「やっぱり、さっきの天使がミカエルなのね」


 アズバが納得するように言った。

 ナダブとアズバは様子のおかしくなったマトレドの羽を、なでたり揉んだりした。


「うぅ、ありがとうございます。もうしばらく精鋭部隊と一緒に飛びたくはないですね」


 しばらくすると、マトレドが鼻をひくひくさせて立ち上がった。


「帰ってきたようです」

「え、もう⁉」


 ナダブが驚いていると、マトレドが扉に向かう。


「行きましょう。ミカエル様の匂いがします」


 三人は音楽堂に向かって走った。

 前から、ミカエルが歩いてくるのが見えた。

 腕のなかに女の姿をしたマグディエルがいる。


 近づくと、マグディエルはおびえた様子で、ミカエルの腕におさまっていた。

 声をかけたかったが、すぐにミカエルが連れて行ってしまった。


「ああ、マグディエル、かわいそうに、あんなにおびえて。でも、これで一安心ね」


 アズバが言った。


「そうだな、天軍の最高指揮官がついてるなら、安心だよ。怪我もないらしいし」


 ナダブも頷いて言った。


 やれやれだ。

 まったく、マグディエルのやつ、心配ばかりさせるんだから。


「さすが、ミカエル様、一瞬でサタンから取り返しましたね」


 マトレドが誇らしげに言う。


 マグディエルが無事に帰ってきたら、天軍の精鋭を直接見た興奮が勝った。


「ミカエルと天軍の精鋭かっこよかったな~」


 ナダブの言葉に、マトレドが答える。


「ねー! 本当にかっこいい。ザ・大天使ってかんじ。ミカエル様はもう、ほんと、いつも完璧なんです」


 アズバもうっとりした顔でつづく。


「マグディエルいいなぁ、あんなに素敵な香りの大天使のそばにいて」


 三人の口から同時に「いいなあ~」という声が出た。


「にしても、マグディルなんで急に女の姿なんです?」


 マトレドが訊いた。


 それなあ。


「わからん」


 ナダブのこたえにマトレドが「えぇ?」と反応した。


 マグディエルに起こることはわけがわからないことばっかりだ。


 今晩くらい、大天使のもとで、マグディエルが心安らかに眠れますように。


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