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第16話 ヌーディストアイドル、ダビデ!

 マグディエルはそこかしこに広がる店の軒先のきさきをのぞきながら歩いた。

 色んなものが置いてある。


 ダビデの町はとても古い石造りの、大きな町だった。

 石畳の大通りは、馬車やウマがせわしなく行きかっている。


 通り沿いの座天使スローンズがやっている店に大量の茶色い饅頭まんじゅうが積まれている。近寄って見てみると、髭面の男の顔だけという大胆なデザインの饅頭だった。看板に『ゴリアテ饅頭 おいしいよ!』と書かれていて、座天使が『食うか?』みたいな動きをした。


「すごい人に、天使ね」


 アズバが通りに目をやりながら言う。


「ほんとにね。あ、智天使ケルビムだ! はじめて見た!」


 ナダブが興奮気味に言う。


 見ると通りに数体の智天使ケルビムが談笑しながら移動している。

 ひと、しし、うし、わしの四つの顔を持ち、四つの翼を持っている。身体はひとの姿に近い。ひとの顔が笑うと、しし、うし、わしの顔も笑った。


 かっこいい。


 マグディエルは、自分が人の見た目に近い姿をしているからか、座天使スローンズ智天使ケルビムのように人の姿とはことなる容姿を持つ天使に、ちょっと憧れがあった。


「こんなに人や天使がいたんじゃ、だれに聞けばいいのか、ちょっとためらうね」


 マグディエルの言葉にアズバが「そうねえ」と答える。


「とりあえず、城に行ってみよう。エレデが言ってた催しを見てから、誰に聞くか考えればいいよ」


 ナダブの答えには「とにかく催しが見たい」という思いが透けて見えていた。

 マグディエルはアズバと顔を見合わせて笑った。


 ダビデの町は、城壁にある巨大な門から中に入ると、中央の城まで大通りが抜けるような形になっていた。


 マグディエルたちは、散々より道しながら、城へとむかった。



     *



 城の中に入ると、大きな石造りの闘技場のようなものがあった。人も天使もわあわあと楽しそうに話しながら、中に入っていく。マグディエルたちも、ここが楽しい催しの会場だろうと、流れに乗って中へと入った。


 中は円形の広場を囲んで、客席が壁にそって階段状に広がっている。

 どうやらすこし女性客の方が多いかもしれない。男性の姿も十分にあるが、女性の方が目に付く。


 中段ほどの席にすわって、広場を見る。

 格闘技をしているようだ。

 がたいの良い男たちが、半裸で取っ組み合いをしている。


 ナダブとアズバが「いいぞ!」とか「いけ!」とか言いながら、すぐさま楽しみ始める。


 男たちはもつれあったまま、場外にすべり落ちる。

 会場からは拍手と笑いと「よくやったぞー」「次はやってやれー」というような声が飛んだ。


 しばらくすると、次の選手が出てきた。


 瞬間、会場がつんざくような歓声につつまれた。


 すごい。

 割れるような叫び声と拍手の音だった。


 その音を受けているのは、広場に現われた青年だった。

 まだ少年から青年になりたて、といった頃合いの、みずみずしい体つきだ。ひきしまった美しい筋肉をまとっている。ただ、筋肉はあるが、格闘技がすごく強そう、というがたいの良さではない。


 強いんだろうか?

 マグディエルが首をかしげていると、右隣りにいたご婦人方が叫んだ。


「キャーッ! ダビデーッ!」

「ダビデ、こっち向いてーッ!」

「ダビデ様愛してるーッ!」


 ダビデ!

 あれが⁉


 またしても現れた超有名人に、マグディエルも「キャーッ」という気持ちになった。

 ずいぶん若い姿のままなんだな、もしかしたらゴリアテを倒した時くらいの姿なんだろうか。

 そうこう考えている内に、ダビデへの挑戦者が現れる。


 でかい。


 人ってそんなに大きくなれるんだ? 遠近感狂ってないよね?

 と、思えるくらい大きい挑戦者だった。全身が筋肉でがちがちに武装されている。ダビデの身長が低いわけではないが、挑戦者はダビデよりはるかに背が高い。

 こちらの挑戦者へも、大きな応援の声が上がった。


 まるで、ダビデ対ゴリアテを再現したような、年若いダビデと、巨大な筋肉戦士の戦いに会場も、マグディエルも興奮は最高潮だ。


 そして、向き合う、ダビデと筋肉戦士。


 始まるか。


 と、思ったら、ダビデが、脱いだ!


 会場はさらなる興奮でもう「キャーッ」とか「ワーッ」とか「ウオーッ」とか、何を言っているかわからないが、最高潮を超える最高潮の騒ぎだった。


 ダビデは、今や、きわどい下履き一枚である。

 いや、もうほとんど履いていないに近い。

 大事な部分は隠れているが、尻側の布地はほとんどない。


 尻の筋肉も美しかった。


 マグディエルの隣の女性が「無理―ッ!」と叫びながら泣き始め、その隣の女性は過呼吸をおこしたのか、袋に顔をつっこんだまま叫んでいる。


 一体どうなってしまうんだ。


 ダビデと筋肉戦士の戦いは、あれよ、と言う間にダビデが勝利した。

 その後もつぎつぎと、挑戦者が現れるが、ダビデはなんなく倒していく。

 どうやら、相手を場外に落とすか、背を地につけさせるかすると、勝利となるらしい。


 そしてついに挑戦者がつきたのか、司会をしていた天使が会場に向かって言った。


「今日は、なんと特別に会場から飛び入りでの挑戦者も募集します。どなたか、我こそは挑戦する! という方はいませんか」


 あんなに、ぽいぽい次々とやられてしまって挑戦する者なんているんだろうか。

 すると、アズバが隣で言った。


「いいなあ、わたしも挑戦してみたいけどなあ……」

「えっ!」


 マグディエルとナダブの口から同時に声が出る。

 アズバが、ダビデに挑戦?


「ねえ、今、聞こえましたけれど、どなたが挑戦してみたいんですって?」


 隣の涙でぐちゃぐちゃになった顔の女性が声をかけてきた。


 アズバが「わたしよ。でも天使だからだめかしら」と答える。

 さきほどまでの挑戦者はすべて人間だった。


 女性は、アズバの顔を見た後、顔を真っ青にして言った。


「あなた……、あなたみたいな美人が、ダビデ様と取っ組み合いの試合をするの……」


 女性の唇がわなわなと震えている。


「やっぱり、やめておいたほうが——」


 マグディエルがそう言いかけた途端、女性が大声で叫んだ。


「見たい! 見たすぎる! 司会の天使さんーッ! ここです! ここに挑戦者がいますーッ‼」


 司会の天使がすーっと飛んできて、アズバと話す。


「天使じゃ、人より力がつよいかもしれないし、だめかしら」

「うーん、そうですね」


 すると、隣の女性がまたもや叫んだ。


「いいじゃない! 綺麗な女の姿の天使に組み敷かれて苦悶の表情を浮かべるダビデ様を見せてよ! ねっ! あなたたちも見たいわよね!」


 彼女が早口でさけぶと、まわりの人や天使も「見たい! 見たい!」と叫んだ。


 司会の天使は「じゃあ、いいか」と言って、アズバを連れて行った。


 アズバとダビデが広場で向かい合う。


 あ、握手した。

 ダビデがなにやら、にこやかに話しかけている。

 あ、触った。

 ダビデが、アズバの二の腕あたりに触れる。

 なにやら、アズバがうなずき、姿を男に変えた。


 すこし間をおいて、徐々に大きくなるように客席から黄色い声が響いた。


「キャーッ! 天使さんステキーッ!」

「天使様―ッ! 脱いでーッ!」


 姿を変えたアズバに客席から声がとぶ。


「アズバ、脱がないよね」


 マグディエルの問いかけに、ナダブが不安な回答をよこす。


「たぶんな」


「挑戦者は天使のアズバです! よき闘いを!」


 司会の天使がそう叫んだあと手をあげて、試合が開始された。


 アズバはためらいなく、ダビデにむかって走った。

 組み合う。

 互いに抱き合うような形で押し合った。

 ダビデが押されている。


「キャーッ‼」


 隣の女性が恍惚とした表情で叫んだ。


 ダビデは、身をひるがえして、今度はアズバの脚をねらった。

 アズバの脚に抱き着くようにして、持ち上げようとする。

 アズバの身体が、ダビデの上にかぶさる。

 二人は、絡み合うように倒れこんだ。

 まだ、どちらの背も地についてはいない。

 全身に力をこめて掴み合っているのが、遠目にもわかる。

 二人の息が乱れはじめた。


 体勢がかわるたび、ダビデの筋肉がきわどいところまであらわになり、アズバの着衣が乱れていく。ダビデとアズバの首筋に、汗が流れた。


「ダビデ様―ッ‼」

「アズバ様―ッ‼」


 女性陣からの声援が高まる。


 その後も、ふたりは攻めたかと思えば守り、守ったかと思えば攻める、という拮抗した戦いをくりひろげた。

 徐々に、声援は女性からだけでなく、男性からも増し、会場全体が沸いた。


 ふたりは押しつ、押されつ、じわじわと闘いの場を端のほうに移動していく。


 アズバが一瞬身を引いて、ダビデが体勢を崩した。

 その瞬間をねらって、アズバがダビデの腹のあたりに抱き着く形で、場外へ押し出そうとした。

 ダビデが押し戻そうと、身をひねる。

 だが、アズバが押した勢いが勝った。

 二人の姿が場外に傾く。


 マグディエルは息ができない。

 手を握り締める。


 ふたりの身体は場外に倒れこんだ。


 どっちだ。


 審判役もかねる司会の天使が手をあげた。


「アズバの羽が先に着地したため」


 会場から先んじて歓声があがる。


「勝者、ダビデ!」


 割れんばかりの拍手が鳴った。


「キャーッ! ダビデ様やっぱり最高―ッ!」

「アズバよくやったぞー!」


 両者を称える声で満ちた。

 アズバとダビデが、笑顔で互いを助けながら起き上がる。


 アズバの顔に屈託のない笑顔があった。

 口を大きく開けて、くしゃりとあけっぴろげに笑っている。


 はじめて見る表情だった。


「あーあ、楽しそうにしちゃって」


 ナダブが言う。


 マグディエルは、なぜか、心に雲がかかったような気持ちになった。アズバが楽しいのは良いことなのに。


 この試合が最後の試合となった。ダビデとアズバが、広場で客席に向かって手を振る。歓声を十分に受けたあと、ダビデがアズバの手をひいて、広場を出ていった。


 マグディエルは、ダビデに握られたアズバの手から目を離せない。


 司会の天使が飛んできて、アズバは下の控室にいると教えてくれる。

 マグディエルとナダブは教えてもらった場所に行った。


 扉をひらくと、アズバとダビデがいた。

 アズバの姿はすでに、いつもの姿に戻っていた。ダビデも、服を着ている。

 ダビデがアズバの正面に立ち、その両手を握り締めて話しかけている。


 ふたりとも笑顔だった。


 顔が近い。



 なんでだろう、話しかけづらい。


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