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第15話 ギョロ目ちゃんのヒミツ

「なあ、おれたち、ほんとにあの山に近づいてる?」

「ナダブ、もうそれ今日十回目だぞ」


 マグディエルたちは、はるか先に見える山を目指して飛んでいた。

 ユダに別れをつげ、ガリラヤの町を出てまだ二日目だった。

 ナダブが言うように、目指す山は飛んでも飛んでも近づいた気配がない。ずっと同じ姿のままで、はるか向こうに鎮座ちんざしている。


「ねえ、何か飛んできてるわ」


 アズバが言った。


「ほんとだ、なんだあ」


 ナダブが手をかざして目を細める。

 マグディエルも、じっと見つめる。


 何か、まるい、輪っか……。


「お、座天使スローンズじゃん~。あの山に行ったことあるか聞いてみようぜ」


 まだ小さく見える座天使を指して、ナダブが言った。

 マグディエルたちは、手をふって「おーい」と叫んだ。


 座天使はこちらに気づいたようで、まっすぐ飛んでくる。

 だんだんと、座天使の姿が大きくなった。


「なんか……、ちょっと大きいわね」


 アズバが言う。

 座天使はどんどん近づいて、どんどん大きくなった。

 ちょっとどころではない。

 距離感が狂うほどの大きさだった。


 ついに、目の前に現れたときには、目玉の大きさだけでもマグディエル三人分くらいはありそうな大きさだ。目玉のまわりにまとう三つの金の輪っかは、マグディエルがその上を歩けそうなほど幅がひろい。


「やあ、こんにちは」


 巨大な座天使は、輪っかをフォンフォンさせるわけでもなく、普通にしゃべった。

 空間に音が満ちるような不思議な声だった。


 マグディエルたちは礼儀正しく挨拶し、名を名乗った。


「わたしの名前はエレデだ。堅苦しい話し方は苦手でね。気楽に話させてもらってもいいかな? あなたたちもどうか楽に話してくれると嬉しい」


 これだけ大きければ、古くからいる座天使なのだろうが、気さくなタイプのようだ。


「ええ、もちろんよ、エレデ。そうしましょう」


 アズバの答えに、マグディエルもナダブもうなずく。


「エレデはどこに行くんだい?」


 マグディエルがたずねる。


「わたしはこれからガリラヤ温泉にゆくよ。小さい目たちに呼ばれてね」


 マグディエルたちが、温泉に行って楽しんできた話をすると、エレデはうれしそうに瞳をきゅっとした。


「そう、嬉しいな。建設はわたしも手伝ったからね。小さい目では手に負えないような仕事は私のような大きい目が手伝うんだよ。今回もなにやら増設したいらしくて、呼ばれたんだ」

「わたしたちは御座みざをさがしているんだけど、知らない?」

「御座か。いいや、わたしは御座の場所は知らないな」

「そうか」


 ナダブが肩を落としたのが見えた。


「だが——」


 エレデが言った。


「だが、大きな町を知っているよ。とても大きな町だ。君たちはガリラヤ温泉に行ったなら、ガリラヤの町には行ったのだろう? あの町よりもはるかに大きい町を知っている。人も天使もたくさんいる」


 エレデは「そこで聞いてみてはどうかな」と勧めてくれた。


「その町には座天使以外の天使もいるの?」


 アズバが訊くと、エレデは目玉をこくりとして頷いた。


「いるよ。とてもたくさんいる」


 マグディエルたちは顔を見合わせた。

 これは、もしかしたら期待できるかもしれない。


 エレデが方角を確認するようにきょろきょろと目玉をうごかしたあと言った。


「そうだな、見える場所まで一緒にいこう。なあに、すぐだよ。わたしの一番内側の金の輪の上に座るといい。わたしはとっても早く飛べるから」


 乗れるんだ……。

 ちょっと乗りたいたいなって、思っていた。


 マグディエルはいそいそと、座天使が座りやすいようにと位置を調整してくれた輪っかに乗る。金色の輪っかは分厚くしっかりとしていて、等間隔に配置されている眼鏡のレンズのようなものは、水晶のように美しい輝きを持っていた。


「こんなに真ん前に乗って、邪魔じゃないの?」


 ナダブが言う。

 三人がどうぞ座ってと言われた位置は、エレデの目玉の真ん前だった。


「大丈夫、座天使の目はまっすぐ前だけが見えるわけではないんだ」


 そう言ってエレデは飛び始めた。

 すごいスピードで。

 下に広がる草地や森や川がすごい速さで後ろに流れていく。

 だが、不思議と風がこない。


 エレデに聞くと、「一番外側の輪っかが風から守ってくれる。そうしないと目がかわく」と答えた。あらためてエレデの目を見ると、水の膜をはったように潤んでいて、たしかに乾燥していない。


「ねえ、もし飛ぶのに邪魔じゃなければ、いくつか訊きたいことがあるのだけれど」


 マグディエルがそう言うと、エレデはマグディエルに瞳を向けて答えた。


「もちろん邪魔じゃない。お喋りは大好きだ。さあ、話して」

「なぜ、座天使たちはスーパー銭湯や地上ショップを運営しているんだい? きみたちの使命とは違う働きなんじゃないかと思って」


 すると、エレデは不思議な声で笑った。


「マグディエル、きみも使命を持っていると思うが。その使命はずっと行うようなものかい? それとも時がくれば行うようなもの?」

「時がくれば行うものだ」


 その時が分かれば話だけど、とマグディエルの心に一瞬影が差す。


「ふむ、ならば、こう思ったことはないかい? 『ああ、使命のときまで、ひまだな』ってね」


 エレデの心当たりがありすぎる言葉に、ナダブが吹き出した。


「きみたちが見た座天使たちは、だいだいがこの『時がくれば』タイプの使命を持つものたちだ。暇なんだよ」


 エレデは「わたしもふくめてね」と言って、目をやれやれと言うように動かした。


「地上ショップや、スーパー銭湯を運営することは、われわれの暇つぶしであり、慈善活動のようなものだ。座天使は、力が強いから、いろいろなものを運べるし、この眼は様々な仕組みを見極める力を持っている」


 そう言ってエレデは真ん中の輪っかを動かして、マグディエルたちの正面にひとつのレンズが見えるようにした。そのレンズには、なにかグラフのようなものが映し出されている。


「きみたち座天使にたのんでお金を用意してもらったことはある?」


 もちろんあった。

 マグディエルが病院に行くときのお金はすべて座天使からもらったものだ。

 一度たのむと十分な金額をくれるので、一度しか頼んだことがない。


「そのお金はわたしたち座天使がこの仕組みを見極める眼をつかって株をやっているから、たくさんお金があるんだ」

「えっ!」


 マグディエルとアズバとナダブの口から同時に声が出た。


 エレデは「このレンズに映っているのは株価チャートだよ」と言った。

 たしかに、お金どこから用意してるんだろうとは思っていたが、まさか地上の株でつくっていたのか。

 エレデは続けた。


「それに、偽造IDなんかもそうだな、地上でシステムと連携されているものも、座天使が得意とするところだ。この眼はいろんな仕組みを見通せるから。小さい目はそこまでできない者も多いがね。大きい目ほど見通す力が強くなるんだ」


 マグディエルは仕組みと聞いて、ふと思い出した。


「そういえば、ガリラヤの町の隣にある湖は、座天使たちはその上を飛べるけれど、わたしたちは飛べないんだ。その仕組みはわかるかい?」

「ふむ、見てみよう」


 エレデはそう言うと、左の方に目をやった。

 ガリラヤの町の方だ。


 真ん中の輪っかと、外側の輪っかを動かして、大きなレンズがふたつ重なるようにして、そこを覗いているようだった。


「なるほど」


 エレデは次にマグディエルたちを一人ずつじっくり見た。


「なるほど、なるほど」


 目を上のほうに向けて、何か考えるようにしている。


「なるほど、なるほど、なるほど」


 エレデはようやく「わかった」と言って、マグディエルの方を向いた。


「きみたちが湖の上を飛べないのは、きみたちがその権限を持っていないからだ」

「権限?」

「そうだ、あの湖に設定されているセキュリティレベルが、君たちの階級にアクセスを許可していない、と言ってもいい。つまり、君たちはあの上を飛ぶことを禁止されているんだな。理由は分からないけれどね」


 天使によって行ける場所と行けない場所があるとは知らなかった。


 エレデは「あの湖の上を飛びたければ座天使に頼むといいよ。座天使は禁止されていないからね。それに、我々はなにかを頼まれるのが好きなんだ」


 そう話している内に、エレデが速度をゆるめた。


「さあ、見えたよ。あれがそうだ」


 マグディエルは、エレデの目が向く先を見た。


 眼下に広がる草原の先に、白く輝く城壁が見える。

 まだずいぶん遠くにあるが、左右に大きく横たわっているのを見ると、ずいぶん大きな城壁かもしれない。


「中央には城があって、毎日たのしい催しをしているから、見に行ってみるといい」


 マグディエルは、エレデの目の方を振り向いて訊いた。


「町の名前は?」


「正式な名ではないがね、みんなあの町のことをこう呼んでいる」


 エレデがこちらを向いた。


「ダビデの町」


 エレデが完全にとまる。


 城壁の方から、あたたかな風がふいた。


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― 新着の感想 ―
世界観も、キャラクターも全部ツボです! 味わいながら、楽しみながら読んでいます。 ギョロ目ちゃん……資産形成までしていたとは……! そうそう、完結おめでとうございます! このお話が終わっちゃうのは、…
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